第6回 SPR/BLIにおける速度論と親和性解析の基礎— BLIとSPRを学ぶシリーズ —
みなさま、こんにちは。
本シリーズでは、BLIとSPRを学びます。
BLIは Bio-Layer Interferometry(バイオレイヤー干渉法)、SPRは Surface Plasmon Resonance(表面プラズモン共鳴) の略であり、いずれも分子間相互作用をラベルフリーかつリアルタイムで解析するための代表的な手法です。テキストとしては、”A Compendium for Successful BLI and SPR Assays”、和訳すると「BLIおよびSPRアッセイを成功させるための総合ガイド」になりますが、こちらを使います。
下記のリンクから入手可能です。
今日は3.4 Overview of Kinetics and Affinityを学びます。
原文は非常にシンプルな解説になっていますので、補足を加えています。
SPR/BLIにおける速度論と親和性解析の基礎
なぜ「Kinetics」と「Affinity」を分けて考えるのか?
SPRやBLIでは、分子間相互作用を評価するときに、
・どれくらい強く結合するのか?(Affinity)
・どれくらい速く結合するのか?(Association rate)
・どれくらい速く離れるのか?(Dissociation rate)
という3つの側面を評価します。
例えば同じKD = 1 nMの抗体でも、
・非常に速く結合して速く離れる抗体
・ゆっくり結合するがほとんど離れない抗体
では実際の薬効が異なる場合があります。
そのためSPR/BLIでは、
1. Kinetic Assay(速度解析)
2. Equilibrium Assay(平衡解析)
という2種類の解析法が使われます。
まずは結合反応式を理解する
最も基本的な1:1結合モデルは
$${L + A \rightleftharpoons LA}$$
です。
ここで
・L = Ligand(固定化された分子)
・A = Analyte(注入する分子)
・LA = 複合体
です。
例えば抗体-抗原測定なら、
(1)センサーに抗原を固定して抗体を流す、
(2)センサーに抗体を固定して抗原を流す、
のどちらでも可能ですが、実務上は
・安定な方
・分子量が小さい方
・固定化しても活性が落ちにくい方
をセンサーに固定します(注1)。
Kinetics解析で求めたいもの
速度論では結合速度定数$${k_a}$$、解離速度定数$${k_d}$$を求めます。
そして$${K_D=\frac{k_d}{k_a}}$$から親和性を計算します。
つまり、AffinityはKineticsから導出できるという考え方です。
Multi-Cycle Kinetics(MCK)とは何か?
もっとも古典的な速度解析法です。
例えば

のように測定します。
各サイクルで
Step 1:抗体を注入
↓
Step 2:Association測定
↓
Step 3:Dissociation測定
↓
Step 4:Regeneration
↓
Step 5:次濃度へ
を繰り返します。
Regenerationとは何か?
ここが初心者には非常に分かりにくい部分です。
Regenerationとはセンサー表面に残ったAnalyteを強制的に剥がす操作です。
例えば
・Glycine-HCl pH2
・NaOH
・MgCl₂
などを短時間流します。
目的は $${LA \rightarrow L + A}$$ を強制的に起こして次の濃度測定時にすべてのLigandが空いている状態に戻すことです。
つまり、再生しているのはセンサーチップではなく結合面です。
なぜ複数濃度が必要なのか?
1 nMだけ測定しても速度定数は正しく求まりません。
Association速度は
$${\frac{dR}{dt}=k_a C(R_{max}-R)-k_dR}$$
で表されます。
ここで$${C}$$はAnalyte濃度です。
したがって複数濃度のデータを同時にフィッティングして初めて
・$${ka}$$
・$${kd}$$
・$${Rmax}$$
を正確に分離できます。
なぜ解離は5%以上必要なのか?
本文にresponse decrease >5%とあります。
これは解離がほとんど見えないと$${kd}$$を計算できないからです。
例えば
100 RU
↓
99.8 RU
しか下がらない場合、
ノイズとの区別が難しくなります。
逆に
100 RU
↓
90 RU
まで下がれば
解離速度をかなり正確に計算できます。
Single-Cycle Kinetics(SCK)とは?
MCKの欠点は毎回Regenerationが必要なことです。そこで考えられたのがSCKです。
MCK
1 nM測定
↓
再生
↓
3 nM測定
↓
再生
↓
10 nM測定
SCK
1 nM
↓
3 nM
↓
10 nM
↓
30 nM
↓
最後に1回だけ解離
です。
なぜ最後に1回だけ解離を測定するのか?
ここは非常に重要です。
解離速度は$${\frac{dR}{dt}=-k_dR}$$で表されます。
注目すべき点はAnalyte濃度$${C}$$が式から消えていることです。
つまり解離速度は濃度に依存しません。
だから十分なシグナルが得られた最後の状態で1回だけ解離を測定しても$${kd}$$を推定できます。
これがSCKが成立する理由です。
Steady State Affinityとは何か?
今度は速度を考えません。「平衡状態だけを見る」方法です。
結合が非常に速い場合、SPRやBLIの装置では
AssociationとDissociationを追い切れないことがあります。
例えば
・$${ka}$$が極端に大きい
・$${kd}$$も極端に大きい
場合です。
このときは平衡状態の応答値だけを使います。
$${R_{eq}=\frac{R_{max}C}{K_D+C}}$$
ここで
・$${Req }$$= 平衡時の応答
・$${C }$$= Analyte濃度
です。
なぜ50%飽和点がKDになるのか?
式を見ると$${C=K_D}$$のとき$${R_{eq}=\frac{R_{max}}{2}}$$になります。
つまり$${K_D}$$とは結合部位の半分が埋まる濃度です。
この考え方がSteady-State Affinity解析の本質です。
Kinetics解析とSteady-State解析の使い分け

まとめ
SPR/BLIの解析法は大きく2つに分かれます。
Multi-Cycle Kinetics / Single-Cycle Kinetics
・$${ka}$$を求める
・$${kd}$$を求める
・$${K_D}$$を計算する
Steady-State Affinity
・平衡応答のみ利用
・$${K_D}$$を直接求める
実際の抗体評価では、まず速度解析(MCKまたはSCK)を試み、それが困難な場合にSteady-State解析へ切り替えるケースが多く見られます。
この2つの解析法の違いを理解すると、SPRやBLIのセンサグラムを見たときに「なぜこの測定条件が選ばれたのか」が非常に理解しやすくなります。
注1:抗体を流す場合のアビディティ効果に注意
SPRやBLIでは、「一般に分子量の小さい方を固定する」と説明されることがあります。これは、大きい分子をAnalyteとして流した方が大きなシグナルが得られるためです。
しかし、抗体のようなIgG分子をAnalyteとして流す場合には注意が必要です。IgGは2つの抗原結合部位(Fab)を持つため、センサー表面に高密度で固定された複数の抗原へ同時に結合できる場合があります。この現象はアビディティ(Avidity)と呼ばれます。
アビディティが生じると、抗体がセンサー表面から離れにくくなり、解離速度定数($${k_d}$$)が実際よりも小さく見積もられることがあります。その結果、親和性($${K_D}$$)が実際よりも強く評価される可能性があります。
そのため、抗体-抗原相互作用の速度解析では、単純に「小さい分子を固定する」のではなく、アビディティの影響を避けて1:1結合モデルが成立しやすい配置を選ぶことが重要です。実際には、抗体をセンサー上に固定し、抗原をAnalyteとして注入する方法が採用されることも少なくありません。シグナル強度よりも、正しい結合様式で測定できることが優先されます。
今日は以上です。本シリーズの過去の記事は以下のリンクからお読みいただけます。
