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第7回 Taylor dispersion theoryを利用したSPR測定法— BLIとSPRを学ぶシリーズ —

前回はSPR測定の王道であるMulti-Cycle Kinetics(MCK)とSingle-Cycle Kinetics(SCK)を学びました。
これらの方法では、複数種類のAnalyte濃度のサンプルを調製し、それぞれを順番にインジェクションすることで、
結合速度定数($${k_a}$$)や解離速度定数($${k_d}$$)を求めます。

例えば、1 nM、3 nM、10 nM、30 nMのような濃度系列を準備し、それぞれについてAssociationとDissociationの速度を測定します。
この方法は非常に信頼性が高く、現在でもSPR/BLI測定の標準です。

しかし、Taylor dispersion theory(テイラー分散理論) と呼ばれる流体力学の理論を利用すると、もっとシンプルにSPR測定を行うことができます。

通常のMCKやSCKでは複数濃度のAnalyteを準備する必要がありますが、この理論を利用した OneStep Injection法では、たった1種類のAnalyte濃度を調製してインジェクションするだけで、正確に結合速度定数($${k_a}$$)、解離速度定数($${k_d}$$)、そして親和性定数($${K_D}$$)を求めることができます。

原理の鍵は「層流」

ここで重要なのが、層流(laminar flow)です。
SPR装置の流路内では、流体は非常に小さな空間を流れています。
このようなマイクロ流路では、流れは乱流にならず、ほぼ必ず層流になります。

層流とは、流体が何層もの薄い層となって整然と流れる状態です。
このとき重要なのは、流速が場所によって異なり、そしてその流速を理論的に推測できることです。

流路中心部では速く、壁際では遅く流れます。
円管内の層流では、この速度分布は放物線状になります。

$${v(r)=v_{\max}\left(1-\frac{r^2}{R^2}\right)}$$

つまり、中心のAnalyte分子は速く進み、壁際のAnalyte分子は遅く進む。
その結果、最初は流路内に局所的に存在していた高濃度のAnalyte領域が、前後方向に引き伸ばされます。

そこに分子拡散が加わる

しかし、これだけでは単に引き伸ばされただけです。ここにさらに、分子拡散が加わります。
速い中心部と遅い壁際の間で、Analyte分子が横方向に移動します。
すると濃度差が徐々に均一化されます。
この層流による速度差 × 分子拡散の組み合わせによって、鋭い濃度ピークが、なめらかな濃度勾配へ変換されます。
これがTaylor dispersionです。

濃度勾配はどう見えるのか?

通常のMCKでは濃度は
1 → 3 → 10 → 30 nM
のように階段的に調製します。

Taylor dispersionでは違います。
時間とともに0 → 徐々に上昇 → 最大濃度 → 徐々に低下という連続的な濃度変化になります。
つまり濃度は$${C}$$ではなく$${C(t)}$$になります。
この時間変化が重要です。

なぜこれで速度解析できるのか?

SPRの基本式は

$$
\frac{dR}{dt}
=
k_a C(t)(R_{\max}-R)-k_dR
$$

です。

通常のMCKでは、$${C}$$ は固定値です。
しかしTaylor dispersionでは、$${C}$$ が時間とともに連続的に変化します。
この既知の濃度履歴 $${C(t)}$$ を使ってフィッティングすることで、たった1回のインジェクションから

$${k_a, k_d}$$を測定でき、$${K_D=\frac{k_d}{k_a}}$$ を推定できます。

MCK・SCKとの違い

以下のように整理できます。
MCK
・複数濃度を準備
・各濃度ごとにRegeneration
・最も標準的

SCK
・複数濃度を準備
・Regeneration不要
・最後に1回だけ解離測定

OneStep Injection法
・1濃度だけ準備
・Regeneration不要
・装置内で濃度勾配を自動生成

つまりOneStep Injection法は、最もシンプルなサンプル調製で、最も多くの情報を得る方法と言えます。

実務上のメリット

この方法には大きな利点があります。
1. サンプル消費量が少ない:特に抗体探索初期では、サンプル量が限られることが多いです。そのとき非常に有利です。
2. 希釈ミスがない:濃度系列調製は意外とミスが多い工程です。この方法ではヒューマンエラーを減らせます。
3. ハイスループット化しやすい:多数クローンを短時間で評価できます。これは抗体スクリーニングで強い武器になります。

ただし万能ではない

理論が綺麗な分、前提条件に強く依存します。
特に重要なのは、OneStep Injection法では濃度が一定値ではなく、$${C=C(t)}$$として時間とともに変化することです。

しかも厳密には、Taylor dispersionによって形成される濃度は、$${C=C(x,t)}$$、
つまり、空間的位置 $${x}$$ と時間 $${t}$$ の両方に依存します。

通常のMCKでは、あらかじめ調製した濃度をそのまま測定しているため、「作った濃度」を信じればよい。
一方OneStep Injection法では、装置内で形成される濃度勾配を理論的に計算し、その濃度履歴を使って解析します。

つまり、「計算した濃度」を信じる測定法です。

そのため、
・流速が安定していること
・流路形状が一定であること
・センサー位置が正確であること
・Taylor dispersionモデルが正しく成立すること
・Mass transport limitationが少ないこと
といった条件が重要になります。

例えば、流速がわずかに変化するだけでも、Analyteがセンサー位置に到達するタイミングが変わり、
$${C(t)}$$の形そのものが変化します。
また、センサー位置が変われば、測定される濃度履歴も変わります。
これらが崩れると、理論上想定した濃度プロファイルと実際の濃度プロファイルがずれ、解析精度が低下する可能性があります。

便利で強力な方法ですが、その分、装置の精密な制御と理論モデルへの依存度が高い。これがOneStep Injection法の強みでもあり、弱みでもあります。

まとめ

Taylor dispersionを利用したSPR法(OneStep Injection法)の本質は、濃度系列を人間が作るのではなく、流体物理そのものに作らせることです。普通ならノイズとして扱われる拡散現象を情報に変える、非常に洗練された発想です。

今回は以上です。本シリーズの過去の記事は以下のリンクからお読み頂けます。

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