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第10回 正確なkineticsを得るために、アナライト濃度をどう決めるか?— BLIとSPRを学ぶシリーズ —

皆さま、こんにちは。
今回は「BLIとSPRを学ぶシリーズ」の第10回目です。

前回は、「Bufferの選択は重要なのか?」というテーマで、正確なkineticsやaffinityを測定するためには、分子の性質に合わせて適切なassay bufferを設計することが重要であることを学びました。

では、bufferを決めたら、次に何を考えればよいのでしょうか。
その一つが、アナライト濃度の設定です。

kinetics解析では、単に「結合シグナルが得られたから測定成功」というわけではありません。濃度が高すぎても低すぎても、正確な速度定数や解離定数 $${K_D}$$ を求めることが難しくなります。

今回は、Sartoriusの「Octet Systems Applications Guide」のSection 4.7の4.7.1と4.7.2を参考に、
・$${K_D}$$ が分からない場合、最初のアナライト濃度をどう設定するのか
・kineticsを評価するうえで、なぜセンサグラムの「曲率」が重要なのか
・$${K_D}$$ がある程度分かった後、どのような濃度系列を設定するのか
・アナライト濃度が高すぎる、あるいは低すぎると何が起こるのか
について学んでいきます。
なお、上記のApplication Guideのリンクは文末に記してあります。


Bufferを決めたら、次はアナライト濃度を最適化する

assay bufferを最適化した後は、正確なkineticsとaffinityを求めるために、アナライト濃度を最適化する必要があります。
bufferの最適化段階では、一般的に予想される $${K_D}$$ の10〜20倍程度のアナライト濃度を使用します。
しかし、本格的なkinetics解析では一つの濃度だけを見るのではなく、適切なアナライト濃度系列を設定して測定することが重要になります。

Applications Guideでは、主としてMulti-Cycle Kinetics(MCK)を用いた測定を前提として説明されています。
なお、Octet SF3のOneStepでは、MCKのように複数のアナライト濃度を個別に測定するのではなく、1回のinjection中にアナライト濃度を変化させてkineticsを解析します。このとき、MCKで最適化した濃度系列の最高濃度をOneStep測定のアナライト濃度として使用できます。


そもそもAssociation stepでは何を見ているのか?

Association stepでは、センサー表面に固定化されたリガンドと、溶液中のアナライトとの結合反応を測定しています。
スクリーニングや定性的な解析であれば、一つのアナライト濃度についてbinding curveを測定するだけでも十分な場合があります。しかし、単一濃度の測定からkineticsを推定しようとする場合には重要な条件があります。
それが、センサグラムに適切な「curvature(曲率)」が存在することです。


「Kinetics is Curvature」――kineticsを見るには曲率が必要

Applications GuideのFigure 31には、非常に印象的なタイトルが付けられています。
“Kinetics is Curvature” kineticsを考えるうえで、重要なのは単なるresponseの大きさではなく、responseが時間とともにどのように変化しているかです。
Figure 31には、条件の異なる3本のセンサグラムが示されています。

青緑色のcurveでは大きなresponseが得られています。しかし、associationから早い段階でほぼ一定のresponseとなっており、associationやequilibrium付近の曲率が十分ではありません。このようなデータからkineticsを正確に推定することは難しくなります。

一方、マゼンタのcurveではresponseそのものが小さく、曲率も十分に得られていません。これもkineticsを評価するには適切ではありません。

これに対して黒色のcurveでは、association phaseに十分な曲率があり、その後equilibriumへと近づいていく様子も観察できます。このようなcurveであれば、単一濃度の測定からでもkineticsやaffinityのおおよその見積もりが可能になります。

つまり、「大きなシグナルが得られた=kinetics解析に適したデータ」ではないということです。
どの程度の速度でresponseが増加し、どのようにequilibriumへ近づいていくのか。その時間変化、すなわちcurveの形そのものにkineticsの情報が含まれています。

Figure 31



KDが分からなければ、まずscoutingする

実際の実験では、測定しようとしている相互作用の $${K_D}$$ が最初から分かっているとは限りません。
文献値や過去の実験結果がなければ、「そもそも何nMくらいのアナライトを使えばよいのか?」というところから考える必要があります。

このような場合には、まずinitial analyte scoutingを行うことが推奨されています。
scoutingでは、アナライト濃度を広い範囲に設定し、濃度間を10倍程度にした希釈系列を用いて測定します。
ここでは最初から正確な $${K_D}$$ を決定することが目的ではありません。

広い濃度範囲を測定することによって、
・十分なresponseが得られるのはどの濃度か
・適切なcurvatureが現れるのはどの濃度か
・どのあたりでequilibriumへ近づくのか
を確認します。

そこから、おおよその $${K_D}$$ を推定します。
そして、推定された $${K_D}$$ を基準として、今度はより細かな濃度系列を設定し、full characterizationへ進みます。

つまり、$${K_D}$$ が分からないから濃度を決められないのではなく、まず粗い濃度系列で $${K_D}$$ の位置を探し、その後に本測定用の濃度系列を設計するわけです。


KDが分かったら、その上下を測定する

では、おおよその $${K_D}$$ が分かったら、どのような濃度系列を組めばよいのでしょうか。
信頼できるkinetic constantsを求める場合、Applications Guideでは少なくとも5濃度のアナライトを測定することが推奨されています。

理想的には、
・予想される $${K_D}$$ より低い濃度を少なくとも2点
・予想される $${K_D}$$ より高い濃度を少なくとも2点
含めます。

そして全体としては、予想される $${K_D}$$ のおよそ$${0.1 × K_D ~ 10 × K_D}$$をカバーするように濃度系列を設計します。
各濃度間は2倍または3倍程度の希釈系列とします。
例えば、予想される  $${K_D}$$ が100 nMの場合、12.3 → 37.0 → 111 → 333 → 1,000 nMという3倍希釈系列を設定することができます。

これによって  $${K_D}$$ の上下を含む広い濃度範囲からbinding dataを取得できます。


なぜ KDの周辺を測定する必要があるのか?

ここで、そもそも $${K_D}$$ とは何を意味しているのかを考えてみます。
1:1結合モデルを仮定すると、$${K_D}$$ は平衡状態で利用可能な結合部位の50%が占有されるアナライト濃度と解釈できます。
したがって、アナライト濃度が $${K_D}$$ と等しいとき、

$${R_{eq} \approx 0.5R_{\max}}$$

となります。

Figure 32では、アナライト濃度とequilibrium responseとの関係が分かりやすく示されています。

十分にequilibriumまで測定した場合、
・100 × $${K_D}$$:ほぼsaturation、$${R_{\max}}$$
・10 × $${K_D}$$:約90% $${R_{\max}}$$
・1 × $${K_D}$$:約50% $${R_{\max}}$$
・0.1 × $${K_D}$$:低いresponse
となります。

つまり、$${K_D}$$ を中心としてその上下に濃度を振ることで、低いresponseからsaturationに近いresponseまで、幅広いbinding responseを観察することができます。

Figure 32


アナライト濃度は高ければよいわけではない

「低濃度ではシグナルが小さいのであれば、アナライト濃度を高くすればよいのでは?」と思うかもしれません。
しかし、そう単純ではありません。

Figure 33では、アナライト濃度系列の選び方によって、得られるbinding responseがどのように変化するのかが示されています。

適切な濃度範囲:Figure 33A
Figure 33Aでは、binding signalがassayのdynamic rangeを広くカバーしています。
低濃度では小さなresponse、高濃度ではsaturationに近いresponseが得られ、各濃度のcurveも適度に分離しています。
また、最も高い濃度でもligandが完全には飽和していません。
このような濃度系列が、kinetics解析には理想的です。

濃度が高すぎる:Figure 33B
アナライト濃度が高すぎると、binding siteが飽和してしまいます。
すると各濃度のcurveが互いに近づき、濃度を変えているにもかかわらずresponseの差が小さくなってしまいます。
さらに、高濃度になると、非特異的結合やアナライトの凝集などの影響が現れやすくなり、得られるデータの品質を低下させる可能性があります。
したがって、responseを大きくするためにアナライト濃度をむやみに高くすることは、必ずしも良い測定にはつながりません。

濃度が低すぎる:Figure 33C
逆に、アナライト濃度が低すぎればbinding signalが弱くなります。
さらに低濃度ではシグナルが弱くなるだけでなく、観察される結合速度が拡散速度の影響を受けやすくなり、正確なkinetics評価が難しくなる場合があります。

つまり、アナライト濃度は高すぎても低すぎても問題があり、測定系のdynamic rangeを有効に使える濃度系列を設定することが重要なのです。

Figure 33


アナライト濃度は「とりあえず決める」のではない

今回学んだ内容を整理すると、kinetics測定におけるアナライト濃度の設定には明確な考え方があります。
$${K_D}$$ が分からなければ、まず10倍程度の広い希釈系列を用いてscoutingを行います。
そこでresponseの大きさだけでなく、センサグラムのcurvatureを確認し、おおよその $${K_D}$$ を推定します。
$${K_D}$$ が推定できたら、その周辺により細かな濃度系列を設定します。目安としては少なくとも5濃度を用い、$${K_D}$$ の上下にそれぞれ少なくとも2点を配置し、全体として0.1〜10 × $${K_D}$$ 程度をカバーします。

重要なのは、単に大きなresponseを得ることではありません。
低濃度からsaturation直前まで測定系のdynamic rangeを広く使い、濃度によるbinding curveの変化を十分に観察できる条件を作ることが重要です。

前回は、分子の性質を考えて「どのようなbufferで測定するか」を設計しました。
今回はさらに一歩進んで、「どの濃度で測定するか」についても、予想される $${K_D}$$ とセンサグラムの形を見ながら設計する必要があることを学びました。

正確な $${K_D}$$ は、解析ソフトにデータを入れて初めて決まるものではありません。
どの濃度を選び、どのようなセンサグラムを取得するかという実験設計の段階から、すでにkinetics解析は始まっていると言えそうです。

今回は以上です。
本シリーズで参照しているApplicatin Guideは以下のリンクから入手可能です。

本シリーズの過去の記事は以下のリンクからお読みいただけます。

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