怪談:【臍がらみ】第10話 「ホンモノ」【創作大賞2024参加作品】
カフェに入ると岸辺はすでに席をとっており、入り口近くから手を振るとこちらに気づいて小さく手を振りかえした。
久しぶりに顔を見た岸辺はあまり顔色が良くないようだった。無理もない、今度は自分が怪談に巻き込まれてしまったかもしれないから当然だ。
「まず、ノートに書かれていた話は俺の学生時代のバイト先での出来事が元になっていると見て間違いないだろう」
注文を通してすぐ岸辺は口を開いた。
「実際に俺のバイト先には電話してきては業務に関係のない質問をしてくるボケた爺さんがいた。海尾なんて珍しい苗字だからな、間違いない」
「じゃあ話に出てくる山本という奴は?」
「俺の1個下の後輩だ。だがあいつは怪異に巻き込まれたわけじゃない、バイトに来る途中に交通事故で死んだんだ。」
そこまで話して彼は急に押し黙ってしまった。俺は彼がこの後何を言うつもりか大体察しているつもりだった。
「坂上、分かっているとは思うがもうこの件からはもう手を引いた方がいい、妹さんの高校でもあれから事件も起きてないし彼女も元気になったんだろ?もういいじゃないか」
確かに、妹は大分気を持ち直したし、高校でもあれから更なる行方不明者が出たりはしていない。でも……
「岸辺、お前はいいかもしれない。お前はテレビって本職があるからな、でも俺は違う。会社じゃやっていけなかったしフリーになってもこれじゃ大して大物になれそうにない、俺には本物のネタが必要なんだ、分かってくれ」
テーブルの下で拳を握る俺に岸辺は真剣な面持ちで語りかける。
「気持ちは痛いほどわかる、だがこれは普通じゃない。一つの怪談の謎を追っていたと思ったら更に別の怪談が現れ、それを追うとまた別の怪談が現れる……しまいには自分たちすら怪談の一部に取り込まれちまってるじゃないか」
「そうだ、これは普通じゃない、本物なんだ。イエティも八尺様もデタラメだ、クネクネもSCPもこの世には存在しない。だがこの怪談を産み続ける何者かは、“うみお”は確かにいる!俺たちに語りかけているんだ!」
思わず声を荒げてしまう、でも仕方のないことだ。そうだ、もうすぐ辿り着ける気がする。俺が今まで夢中になっていたオカルトとかインチキじゃない。実在する怪異だ。こいつは怪談をあえて人の目につくところに公開している。もたもたしていたら他の奴に先を越されてしまうかもしれない、それは絶対にダメだ、こいつの正体を暴くのは俺でありたいんだ。
「落ち着くんだ、冷静になれ。じゃあお前はこいつが本物だったらどうする?俺は思うんだ、俺たちはこいつについて調査をして自分たちで手掛かりを見つけて前に進んでいるように錯覚しているが実際は丁寧に置かれた餌を拾ってあいつの喉元に誘い込まれているんじゃないか?坂上、お前に和室の写真を見せてもらった時に気づいたんだが古田理沙のアイコンと同じじゃないかあれは。俺たちは初めから誘い込まれている。畳の裏にあったっていうノートだってそうだ。事件の起こった部屋の畳なんて一度全部剥がして掃除しているに決まってる、そこに被害者の女のノートがずっと挟まれていたわけがないんだよ」
次第に岸辺の声が震えていくのが分かった。それでも俺は……
「俺はやはり調査を続けたい」
彼はぎゅっと目を瞑りしばらく考え込んだ。そしておもむろにバッグの中から見覚えのある水色のファイルを取り出した。
「覚えてるよな、『都市伝説調査団』。俺たちがサークルで刊行していたアマチュア誌だ」
「もちろん、結構人気だったよな、それで俺は文才があると勘違いしたんだ」
「勘違いじゃない、お前の書いた原稿は全部面白かった。でもどうして『都市伝説調査団』を出すのをやめたか覚えてるか?」
「え?」
「傘おばさんだよ」
その単語を聞いた瞬間、頭の中の引き出しにしまっていた記憶が蘇る。
「俺たちは常に本物を求めていた、だが実際に本物に触れかけた時、俺たちは逃げ出した。だが逃げ切れてはいなかったと言うことだ」
岸辺はそう言いながらファイルの中から原稿用紙と白い紙を取り出した。内容を見なくてもわかる。あれは俺の書いた取材記事の原稿と、情報提供者からの手紙だ。
「これらをもう一度読み直してお前が考え直すことを祈るよ」
岸辺はそう言ってタバコに火をつけた。
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