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牛嶋神社 感じるままに感じる

セリです。

ご覧になって頂き、ありがとうございます。
※龍神様→人についていない
 りゅうちゃん→私と暮らしている龍神様

今日は、「牛嶋神社 感じるままに感じる」です。


牛🐄

私、「牛嶋神社」をいう文字を見て、真っ黒な牛が浮かびました。
牛と言ったら、天神さまですが、この牛は天神さまの牛ではない!
そんな確信の元、神社に向かいます。

相変わらす、地図で案内されている道を通らず突き進みます。
龍神様が迎えに来てくれたので、この時点で迷子になる事は無いんですがね🐲 
うちの子達は、スカイツリーの周りを飛んだり、浅草で何やらやってましたね🐉


あの方が

公園の一角にある神社。
緑がとても映えます。

この日、大人しくしていると宣言していた方からのお誘いです。
この方の「大人しく」とは、一体・・・。
大国主さま「珍しい。
      拝殿で大人しく待っているなんて。」
いつもなら、直ぐに私の所に来ちゃうか、境内で存在感出しまくりで騒いでるんですがね(;^ω^)

あぁ、鳥居をくぐったらやっぱり存在感が凄い。

私「いいですよ、喋って。
  我慢しているのがひしひしと伝わってますから、須佐之男さま。」



牛嶋神社

澄み切った空。
ここまで澄み切りまくると、自分が地上にいることを忘れちゃいます。

須「待っていたぞ。
  心を休ませるのも、また勤め。
  この後(参拝後)、公園を散策せよ。」

大国主さま「では、我と散策しよう、セリ🎵」
須「え?」
大「貴方様は、今日は大人しくしているとセリに宣言されたのでは?」
須「ここは」
私「大国主さまと散策してきますね。」

(´。_。`) しゅ~ん
須佐之男さまは、お出かけが好きなんですよね。

手水舎と神楽殿



総桧観現造り

とても珍しい、鳥居です。
三輪鳥居ですよ。

牛嶋神社
御祭神
須佐之男命さま
天之穂日命さま
貞辰親王命さま

ご挨拶をしてから、境内を散策させてもらいました。

狛牛

古くから牛にまつわる信仰がありました。
なので、狛犬の他に「狛牛」(神牛)が奉納されています。

凛々しいでしょう?



撫で牛

居た、居た。
私、この牛さんをビジョンで視たみたいです。
「撫で牛」です。
自分の体の悪い所を撫でると治るとされています。

鳥居の横の木が、気になりました。

神楽殿の彫刻



澄んだ心で

この鳥居、好きです⛩️

天之穂日さま「感じたままに、感じることです。」
たった一言ですが、とても大切なことを伝えて下さりました。

「こうであるべき」と、思い込んでいることはありませんか?
例えば、有名な画家の絵を見たとしましょう。
有名なのだから、「素晴らしい」ものだと思い込もうとしていませんか?
有名でも、貴方が「わけわからん」と思ってもそう思ってはいけないと。

天之穂日さまは、それは「感じていない」というのです。
「感じる」とは、誰かの基準の上に成り立っているものではないと。
「感じる」とは、貴方が貴方だけのために一番最初に受け取った感情だというのです。
「こうあるべき」という思い込みは、「感じる」ことは出来ていない。

澄んだ心でというのは、「感じたままに、感じる」ということ。
模範解答のような感情でなくても、いいと言います。
澄み切った心とは、貴方が貴方の為に「一番最初に純粋に感じた心」だと。

私が、三輪鳥居を見た瞬間に心を奪われたのは珍しいからではないんです。
純粋に、「美しく、光輝いていた」からなんです。
強力な結界とエネルギーがあるからではないんです。
そこは、二の次、三の次です。
歴史だのは、完全に無視した状態で魅かれた。

そんな、「感じるままに、感じる」ことを素直に受け取って欲しいとのこと。
それは、貴方の本当の心を現しているいます。
本当の自分を受け取って欲しいとのこと。

せめて、神社に来た時くらいは「澄んだ心で」過ごして欲しいとのことです。

合わないと感じたのなら、それでいいそうです。
それが、その時点で貴方にとっては大切な感情なのだからと。
自分を責める必要はないと。

ここに来て、心の迷いが一気に晴れました。

素敵と思うことが、出来ること。
綺麗と思うことが、出来ること。
晴れやかな気持ちになったと思うことが、出来ること。
風が吹き、空気が流れていることを感じることが、出来ること。

そう感じた自分に気が付いたことが、何だか誇らしく思えたこと。

感謝しかありません。

本殿

貴方は最近、「感じるままに、感じた」と思える出来事はありましたか?

本日はここまで

貴方の人生が輝きますように


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