祈りの民
セリです。
ご覧になって頂き、ありがとうございます。
※龍神様→人についていない
りゅうちゃん→私と暮らしている龍神様
今日は、「祈りの民」です。
祈りは何処でする?
皆さんに、質問です。
祈る場所は何処でしますか?
神社?お寺?教会?神棚?仏壇?などが、オーソドックスですかね?
当たり前の様で、当たり前ではないってことにお気づきでしょうか?
何のために祈るの?
今では、専らご自分の願いが叶うようにという方が多いかと。
または、神や仏に愛されるように祈る。
私も自分の個人的な願いもしますよ。
京都ではそれも含めて、神様の前でぶちまけてきましたからね。
ただ、私はこれより遥かに多く、あることを祈っています。
気付かされた
りゅうちゃん達と暮らし始めた時、私は己の願いを願っていました。
りゅうちゃんに言われたんです。
🐉「強欲だな。」
ってね。
神社に行くようになってから、りゅうちゃん達は言いました。
🐉「神様が泣いている。」
最初は、意味がわかりませんでした。
そこから、りゅうちゃん達や神様方を通じて色々勉強しました。
🐉「大昔は神社仏閣などなかった。
今みたいな建物もない時代、何に祈っていたと思う?」
何に祈っていた?
山、川、森などに祈っていたはず。
つまり、大自然に祈っていたんですよね。
🐉「では、何を祈っていたと思う?」
家族の健康?作物などが無事に出来るように?
🐉「部分的だな。もっと視野を広く持て。」
自然の恵みに感謝、生きていることに感謝?
🐉「そう、祈りとは、感謝なのだ。」
祈りは感謝
特に日本人は、昔から何にでも神様が宿っているとしてきました。
家にも水にもペンにも、とにかく全てのものに。
これは、かなり特殊な信仰なんですがね。
でもね、これって意味深いんですよね。
「神様が与えて下さったことに、感謝」ではないんです。
神様にも勿論感謝なのですが、「神」という一つにだけ感謝ではないんです。
全てのものに感謝するということは、「神様」だけではなくて、
そこに「関わった全て」の環境(自然や、人)にも感謝しているんですよ。
材料となる自然のもの 材料を集めてくれた人 発明してくれた人
作ってくれた人 世に広めてくれた人
つまり、自分の手元に来るまでに関わった全てに感謝を忘れないように
「全てのものに、神が宿っている」と言ったのだと思います。
だから、祈りは「何処でも出来る」んです。
「いつでも出来る」んです。
「何に対しても」出来るんです。
だから、大切に使うんです。
だから、大切に維持していくんです。
「祈りの民」と言われる人々は、これが当たり前に出来ている「民」だったんですよ。
祈りを捧げる
「祈りを捧げる」というと、なにやら儀式をしなくてはいけないと
思われがちです。
普段から、私たちは祈りを捧げることは出来るんです。
だから、ちょっとしたことに目を向けて下さい。
その日嬉しかったこと。楽しかったこと。
些細な事でいいんです。
それに気が付くことが、祈りなんです。
神社仏閣でも、ご自分の願いを願っても構いません。
ただ、些細な事でもいいので祈って下さい。
美味しいご飯が食べられたでもいいです。
お気に入りの服が見つかったでもいいです。
「感謝」を伝えて下さい。
そう考えると、本来世界中の人々が「祈りの民」なんですよね。
今の時代「祈り」が不足していると言われています。
「ご神事」をしろってことではないんです。
日常の「祈り」が、不足しているんです。
貴方の「祈り」が大きな力になります。
これは、スピリチュアル能力開花は関係ありません。
誰にでも出来る事。
次元上昇とかアセンションとか言われますが、
今日書いた「祈り」がとても大切なのを忘れないで下さいね。
本日はここまで
貴方の人生が輝きますように
