和樂備神社 得る
セリです。
ご覧になって頂き、ありがとうございます。
※龍神様→人についていない
りゅうちゃん→私と暮らしている龍神様
今日は、「和樂備神社 得る」です。
助けて龍神様🐲
まったくもって初めての地。
地図を見ていますが、微妙に何かが違う。
こうなったら、地元の龍神様を呼んで案内してもらうことに🐲
無口な龍神様ですが、確実に案内して下さりましたよ。
地図に載っている道と、実際に目の前にある道が微妙に本数が違うとかあるんですもの(;^ω^)
人一人やっと通れる道が、地図だと車も通れる道になってたり。
龍神様を呼んでから、まともな道を進めて安心🐲
正面目指したけど
何故だか、妙なところに案内されました。
正面の鳥居を目指していたのですが、どうしても違うところから私を招きたいようです。
目の前には、封鎖された鳥居。
目の前は、神社の敷地。
近くに入り口を見つけたのですが、龍神様は通せんぼ🐲
うちの子は、スイスイ違う道を進む。
ついて行くしかない。

よくわからないまま、公園に入る私。
そして、気が付くと神池に居ました。
この日は、櫛名田姫さまと一緒です。
櫛「少し、ここで癒されていきましょうか。」
と言って、池へと歩まれて行きます。
櫛「私はね、急がなくていいと思うんです。
皆、真っすぐに進もうと焦り過ぎているように見受けられます。
目的さえはっきりしていれば、ひたすら真っすぐでなくても良いと。」
少し寂しそうなお顔をされています。
私「進む過程で、何かを得ることが出来るから?」
櫛「それもあります。
私は、楽しんで欲しいのです。
今回の様に、少し違うところから進んだことによって得たものが
ありますよね?」
私「神池で、エネルギーを得て癒されたとか?」
櫛「そうです。
すぐ横に、目的の場所は存在します。
ですが、そこだけが全てではないのです。
ここも(神池)も立派な目的の一つ。
これを、ついでという風にとって欲しくはないのです。」

確かに、正面からお伺いしたら鴨さんに気が付かなかったかもしれません。
りゅうちゃんが、嬉しそうに池に近づいて行きます🐉🎵


良く見ると、亀さんがいた🐢
やはり、うちの子の中に亀さんハンターがいるwww
実は、私の横にも先程と違う鳥居があるのですが、龍神様が通せんぼしています🐲
つまり、私の入り口はここではないと。

落ち葉のところに、お魚さんもいますよ。
池にいるお魚さんに気が付けたのも、このタイミングだったから。
私の背後では、神様方の「氣」が一斉に膨らむのを感じます。
櫛「今、神々の『氣』が膨らむのを感じましたね?
真っすぐ辿り着いたら、全体を捉えることは容易ではなかった。」
私「ここ、八幡だけじゃない・・・。」
櫛「そうです。
内からのみだと、混ざり合った『氣』しか分かりません。
外からだから、混ざる前の『氣』も解ったんです。」
つまり、櫛名田姫さまは一心不乱に目標に到達するのではなく、
もっと周りを見て「得て」欲しいというのです。
「得た」ものは、やがて更なる目標の糧となる。
「得た」ものは、貴方の努力を労ってくれる。
「得た」ものは、貴方の世界を広げてくれる。
だから、遠回りに感じても焦らないで欲しい。
目標を見失うことがなければ、それは無駄にはならないと。
人は、「得て」成長すると。


答えだけでは

人は、答えを直ぐに欲します。
途中の「経過」を無視して。
だから、直ぐに現れる「結果」を欲しがるのです。
最短での結果を。
占いジプシーとかが、まさにそうです。
最短の「結果」を、「何もしないで」欲したから。
「経過」を「行動」で体験しようとしていないから。
その結果、最短で出る「結果」に当たるまでずっと占いに依存する。
今日受けて、明日に結果が出るのはどこ?ってな感じで。
櫛名田姫さまは、そうならないようにして欲しいと言っているだけ。
真っ直ぐしか進めなくなると、本来貴方が得るはずのものを取りこぼしてしまうと。
答えだけではなく、そこに辿り着くまでに「得る」ことが大切と。
私が、「真を見極めて」ということをたまに書くと思います。
これは、いきなり答えに辿りつくと見落とすんです。
これを「得る」ためには、「過程」を「経験」して「得る」ことが必要なんです。

正面突破だけが、正解じゃない。
目的がはっきりしていれば、通る道は人と違うこともある。
その道で何を「得る」かによって、目的に辿り着いたときの「成長」具合が変わる。
答えだけが、全てじゃない。

ようやく鳥居の前にやって来ました。
まだ、ご挨拶もしていない状態です。
さて、ご挨拶に向かいますか。
本日はここまで
貴方の人生が輝きますように
