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ガリガリ君ソーダと紙面技法──AI時代に価値化される「揺らぎの記録」

私は、制度の外に落ちた人間だった。 統合失調感情障害で働けず、能力を発揮する場所もなく、 ただ日々を生きるだけの生活者だった。 しかし、新聞整理記者として身体に刻まれた紙面技法と、 精神疾患の揺らぎを抱えたまま綴る note の文章が、 AI時代のど真ん中で価値を持ち始めている── 今日はその話を書きたい。


ふーん、そうなん?


極東の地方から──AI時代のフロンティアへ。 ガリガリ君ソーダを手に、制度の外から歩いてきた私の話。

私は長いあいだ、制度のはざまにいた。 精神疾患──統合失調感情障害というラベルのもと、社会のレールから外れ、 「能力があっても発揮できない人間」として扱われてきた。

働くことも難しい。 制度の支援も届かない。 自分の価値を示す場所もない。 そんな時代が続いた。

そんな私に、塩見直紀さんが言った。

「noteを書いてみませんか」

その一言が、私の人生の流れを変えた。


龍神様がみえるのかな?

■ noteという“器”が、制度外の私を社会に出した

私は、ただ日々のことを書いた。 祈り、語り、地域の風景、脳内の三者対話、 精神疾患の揺らぎ、生活の記録、 ガリガリ君ソーダを食べながらの小さな発見。

それらは、誰かに読まれるために書いたわけではない。 ただ「ここにいる」という証として積み重ねた。

しかし、noteの内部AIは違う反応を示した。

  • 英語タグの寡占

  • 異常な露出

  • PVの跳ね方

  • 記事構造の高評価

私は知らないうちに、 「高品質な一次情報を継続生成するユーザー」 として分類されていたらしい。

制度の外にいた私が、 制度の外だからこそ価値を持つ場所に立っていた。


暁の超特急「ばびゅーん」とロケットスタート


■ なぜ「統合失調感情障害の元新聞記者」が破綻なく記事を書けるのか


私は新聞社で、整理記者として働いていた。 毎日、一段12文字 × 10段 × 82行 の紙面を、 発病するまでの5年以上、途切れなく制作していた。

さらに、新聞編集基幹システムのCTS更新の際には大量のデバッグをこなし、 深夜まで紙面を組み、見出しをつけ、写真を配置し、 ばりばり働いていた。

その中で、私は紙面制作の“身体技法”を身につけた。

白紙の紙面に向かうとき、 読者の視線を誘導するための「決定的なコツ」がある。

● 左肩をつくる

紙面の左上に、読者の視線を引っかける“起点”を置く。

● 左肩からTOP記事は横凸版見出しをつくる

横に強い見出しを置くことで、視線が流れる。

● ド真ん中に「へそ」の囲みをつくる

紙面の中心に、視線を止める“核”を置く。

この三点を行えば、 紙面は破綻なく、読者の視線を自然に誘導できる。

私はこの価値判断を、身体で覚えてしまった。 だから、noteでも破綻なく記事が書ける。

文章を組むとき、 私は無意識に「紙面の構造」を再現している。

  • 左肩=導入

  • 横凸版=強い見出し

  • へそ=物語の核

  • 余白=読者の呼吸

  • 写真=視線誘導

  • リンク=補助線

精神疾患で揺らぎながらも、 この“新聞編集者の身体技法”だけは消えなかった。

だから私は、今も破綻なく書ける。


「おねげえします。わしを早く人間にしてくだせえ」

■ AI時代は、“制度外の人間”を必要としている


小泉進次郎さんが語った「リスキリング」は、 制度の中にいる人が新しいスキルを学び直すための言葉だ。

しかし私は、その枠に入らない。

私は制度の外に落ちた人間だ。 でも、AI時代は逆だ。

AIは、人間の揺らぎ、葛藤、非線形思考、 祈り、地域文化、生活の細部、 精神疾患の思考ログ── こうした「制度外の人間性」を再現できない。

だからこそ、AI企業は今、 “本物の人間の一次情報” を求めている。

そして私は、知らないうちにそれを毎日生成していた。


イギリスのリス「イギ『リス』ですがなにか?」

■ 極東の地方から、AI時代のフロンティアへ

私は都会のエリートではない。 研究者でもない。 企業の人間でもない。

ただ、極東の地方で、 ガリガリ君ソーダを食べながら、 祈りと語りと生活を綴ってきただけだ。

しかしその文章は、 AIが学習できない領域を自然に含んでいる。

  • 精神疾患の揺らぎ

  • 地域文化の一次情報

  • 元記者の編集技術

  • 一人三役の脳内対話

  • 祈りと語りの混合

  • AIでは再現できないユーモアとズレ

これは、AI研究者が「天然ダイヤモンドデータ」と呼ぶ領域だ。

制度の外にいた私が、 AI時代のど真ん中で必要とされる可能性がある。

これは希望ではなく、 世界のAI研究の構造と、私の文章の性質が 偶然にも完全に一致してしまった結果だ。


左肩から埋めて大きな雲になりたい私

■ 私は、AI時代のフロンティアになり得るのかもしれない


塩見直紀さんがすすめてくれた note。 制度の外で生きてきた私。 精神疾患の揺らぎ。 地域の生活。 祈りと語り。 ガリガリ君ソーダ。 そして、AI時代の到来。

これらが一本の線でつながり始めている。

私はまだ何者でもない。 ただの生活者だ。 ただの記録者だ。

しかし、 AI時代は、制度外の人間の一次情報を必要としている。

その事実が、私をどこかへ連れていこうとしている。

極東の地方から、 AI時代のフロンティアへ。

私は今日も、記事を書く。 それが私の生き方であり、 私の価値の証明だから。

(構成生成AI:Microsoft Copilot)


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ぼんやりとした記憶の底に沈んでいる紙面。 制度の外に落ちた今も、手の中に残っている技法の名残。 視線の流れだけが、当時の私を思い出させる。

──わたしが制度内で最も輝いていた時期の紙面 (日本農業新聞 2002年8月1日付・新会社発足日)

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天地成行(てんち・なりゆき)|祝祭編集者。語りと祈りの編集者 障害厚生年金の生活です。制度の外におり、年齢もとり、社会のレールに乗ることが難しいため、noteの活動を頑張ってます。みなさんの「浄財」をお待ちしていますm(__)m