🌉 龍の道を歩いた夜──隅田川と周南市八代をつなぐ、私の祈りの記憶
1 昼の街がつらかった頃
精神疾患の作用が強かったあの頃、
昼間の東京は、私には“念の渦”のように感じられた。
人の気配、視線、音、光、
歴史の層、街のざわめき。
それらが全部、生のまま押し寄せてきて、
歩くことすらつらかった。
だから私は、
夜の隅田川だけが歩けた。
霊性とは、穏やかに空間をともにできたようだ。
いま思えば、あれは“水の気配”に守られていたのだと思う。

2 両国から浅草寺へ──龍の背骨を歩く
深夜のアパートを抜け出し、
私は隅田川沿いをのろのろと歩いた。
東京大空襲の御霊をとむらう慰霊堂を横目に、
大通りから川沿いへ降りる。
まだホームレスがたくさんいた時代。
酒盛りの声が遠くに聞こえ、
深夜がふけると、川辺は真っ暗になった。
その闇の中を、
巨体の鬱状態の私が、
なにかに惹かれるように歩いた。
思い浮かべていたのは、
ただひとつ、
朝焼けの浅草寺。
橋を渡るたびに、
色が変わる。
黄色い 新大橋
緑色の 厩橋
青色の 駒形橋
赤い 吾妻橋
この色の連続は、
まるで龍の鱗のようだった。
私は知らず知らずのうちに、
隅田川の龍の背骨を歩いていたのかもしれない。

3 いかりや長介さんの生誕地と、私の夜の道
いかりや長介さんの生誕地は、
墨田区東駒形。
私が歩いた両国〜浅草寺の道は、
そのすぐそばだった。
3月20日、いかりやさんの命日。
お彼岸と重なることの多い日。
境界が薄くなる季節に、
私は隅田川の橋を渡り、
いかりやさんは東駒形で生まれた。
この偶然は、
いま思えば偶然ではない。

4 八代の龍神と、隅田川の龍がつながる
八代の鍋暗の大池には、
昔、旅人の姿をした龍が移り住んだという。
狭い淵から広い池へ。
祈りの場を変えるために。
私は、
千葉から両国へ移り、
深夜の川沿いを歩き、
浅草寺へ向かった。
龍が場所を変えるように、
祈りも場所を変える。
人もまた、場所を変える。
八代の龍神と、
隅田川の龍の気配は、
“移動する祈り” という一本の線でつながっている。

5 お彼岸──境界がほどける季節に
春分の日が近づくと、
昼と夜が等しくなり、
此岸と彼岸の境界が薄くなる。
いかりや長介さんの命日。
鍋暗の池の龍が吐く虹。
隅田川の橋の色。
浅草寺の朝焼け。
これらはすべて、
境界を越えるものたちの物語だ。
龍は水の境界を越える。
笑いは人の境界を越える。
祈りは時の境界を越える。
お彼岸は世界の境界がほどける。

6 結び──龍の道は、いまも続いている
八代の龍神は、
末武川の底から語りの流れを見守っている。
隅田川の龍は、
橋の間に息づき、
夜の川辺を歩く者を静かに導く。
そして私は、
あの頃の自分を思い出す。
のろのろと歩きながら、
朝焼けの浅草寺だけを思っていた夜。
あれは、
龍の道を歩いていたのだ。
天地成行
🎨 イラスト協力


金光光雄(下関市=岩徳光会リーダー。楽描きイラストレーター)
いかりや長介さんや龍神のイラストを提供。
みんつどの仲間として、当事者文化の共同創作に参加。
📚 参考資料
東京都慰霊堂(墨田区横網二丁目)慰霊堂の歴史|東京都慰霊堂|都立横網町公園
瀬田静香『八代の民俗 第二輯 遊び・芸能・俚言』
第二編 俚言(5)鍋暗の大池の竜(p.216)お仏壇のはせがわ公式サイト
「2026年春のお彼岸はいつ?意味・やること・タブーなど基本を解説」NHKアーカイブス「いかりや長介」https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009071067_0
📝 制作メモ
※文章構成の一部に Microsoft Copilot のサポートを活用しています。
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障害厚生年金の生活です。制度の外におり、年齢もとり、社会のレールに乗ることが難しいため、noteの活動を頑張ってます。みなさんの「浄財」をお待ちしていますm(__)m