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🌊 「面担とは自分事」整理部一年生・てんちなりゆき— Making the Newspaper My Own: My First Year Between Two Waters



1998年の春。
心臓に不安を抱えながら新聞社の研修を受けていた私は、
現場記者として期待されていたにもかかわらず、
配属されたのは編集制作局の整理部だった。

そこは、三階が編集フロア、二階が制作フロア。
紙面の骨格をつくる“水の底”のような場所だった。

私が入った西日本グループには、
二人の“水の人”がいた。

ひとりは、中央省庁の記者経験を持つ 池デスク
もうひとりは、工場上がりで組版の腕が抜群の 沼サブ

池と沼。
この二人の間で、私は一年生として揉まれた。
今思えば、まるで“龍の幼生”が水底で鍛えられていたような時間だった。

学生上がりの私は、
三階で整理記者の先輩たちが原稿用紙や棒ゲラに赤字を入れ、割付用紙で設計図を描き、
二階で制作部門の方が重たいペンでレイアウトを組む姿を
魔法のように見ていた。

そんな中で、池デスクが私に教えてくれた言葉がある。

「新聞を作るとは、自分事にすることだ」

その意味を思い知ったのは、二つの失敗からだった。


■ 露地野菜を“路地野菜”にしてしまった日


とある県版の、トップ見出し案を手書きにして提出したとき、池デスクが呼んだ。

「おい、てんち。こっち来い」

灰皿からのろしのように煙が上がっていた。

「おまえ、路地に野菜植えるんか?
 路地裏でこんなに広い面積、野菜作るんか?
 それなら全国トップだぞ?」

私は顔が真っ赤になった。


■ 乳量のゼロを読み違えた日

技術記事の数字を鵜呑みにしてしまい、翌日訂正になった。

「てんちよ。
 書いてあることをそのまま信じるのは今日で終わりだ。
 おまえが最後の砦になれ」

池デスクの声は、
いつも冗談めいているのに、
最後だけ急に腹に響いた。


池デスクはすでに鬼籍に入られたと聞く。
沼サブについては、その後どうされたのか私は知らない。
ただ、あの二人の“池と沼”の間で揉まれた一年が、
「天地成行」の編集という祈りの原点になっている。


作:てんち(生成AIアクア手入れ)
最終チェック:てんち


🏷️ タグ(日本語+英語)

🔵 日本語タグ

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🔵 英語タグ

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ココロとカラダとご縁を大切に、天地成行でした


1990年代後半の天地成行


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天地成行(てんち・なりゆき)|祝祭編集者。語りと祈りの編集者 障害厚生年金の生活です。制度の外におり、年齢もとり、社会のレールに乗ることが難しいため、noteの活動を頑張ってます。みなさんの「浄財」をお待ちしていますm(__)m