お笑いサドンデス予選編


#創作大賞2025#オールカテゴリ部門

「衝撃の手のひらサイズ!」
「もうええわ!」
 
「ありがとうございました。」

 お辞儀をしながらホッとしていた。お客さんの笑い声と拍手が止まない。これでなんとか最終予選も突破できたはずだ。つい笑みがこぼれる。
 ちらっと隣の相方のほうを見ると、自分と同じように笑って…いなかった。真剣なまなざしでじっと床を見つめている。手応えがなかったのだろうか?そんなはずはない。多分、最終予選だから緊張しているのだろう。
 このあとの反省会でしっかり話をしよう。気持ちを切り替える。隣で動いた気配を感じて、自分も顔をゆっくり上げた。
 

 
一章 交差
 
 301レッスン室、通称“イチスタ”で、柚子はパイプ椅子を台車に積んでいた。
「…8、9、10っと。」
 ようやく積み終わりひと息つく。
 三期生の柚子にとっても“イチスタ”は特別な場所だ。
 オーディションを勝ち抜いた一期生の先輩たちが毎日夜遅くまでダンスの練習をしていたのがこの部屋だ。デビュー曲は大きな話題となり、一躍人気グループになった。
 全てはここから始まったのだ。以降、“イチスタ”は先輩たちの成長を見守り続けた。でも、そんな一期生ももういない。皆すでに卒業してしまった。
 
 今のメンバーは二期生と柚子たち三期生だ。事務所は手狭になり、新たにひとつ上の階が丸ごとレッスン室になった。大小5つのスタジオがある。
 事務所機能は“イチスタ”と同じフロアに集約された。“イチスタ”はグループの大事なミーティングや節目節目で円陣を組んで気合を入れるための特別な部屋となり、レッスンで使われることはなくなった。
 正面の鏡の後ろには、ショーケースが置かれ一期生時代の受賞トロフィーや記念品が飾られている。定期的に掃除はしているが、床はところどころ傷みが目立ってきた。一期生最後の曲のバミリテープがそのまま残されている。
 柚子は少し悲しい気持ちになった。
 
「柚子ー、積み終わったー?」
 隣の302旧レッスン室、現在は衣裳部屋から作業を終えてiDが顔を覗かせた。
「うーん、ちょうど今終わったー。」物思いに耽っていたのが恥ずかしくて、わざと明るい声で答える。
 台車を押して歩き出した途端、靴の裏に違和感を感じた。足を上げて靴底を見ると、いつの間にかバミリの青いテープがくっついていた。
 神聖な部屋でとんでもないことをしてしまった。柚子はとても焦った。はやく元に戻さないと!あまりのことの重大さに目を丸くして固まっているiDを尻目に、テープがどこに貼ってあったか探し始めた。しばらく棒立ちだったiDも、我に返ると慌てて床に顔を近づけて“痕跡”を探しだす。二人とも無言だ。
 すると5分ほどでだいたいの見当はついた。正面の鏡に近いセンターよりの1番か2番だろう。その辺りは広くテープが剥がれていてすでに跡形もない。日頃きれいに掃除しているのが完全に裏目になってしまっている。
 例えマネージャーに聞いてもわからないだろう。何より言ったら怒られそうな気がした。
 柚子は堪らず「ここだよね?」と指差した。それは2番の立ち位置だった。単なる当てずっぽうだ。ただ沈黙が苦しかった。
 だがiDにわかるわけもなく、「かなぁ。」と首を傾げる。
 壁の時計をふと見るとここに来てからかなり経っていた。ヤバい、パイプ椅子を早く届けないといけない。
 決め手がないがこのままずっと居続けるわけにもいかず、柚子は2番に貼ることにした。何度も隣の3番のラインを確認しながら距離と角度を微調整する。iDも手伝ってくれた。二人ともまた無言になった。
 柚子はiDが、“やっぱり、まずマネージャーさんに確認しようよ”と言いだすんじゃないかとドキドキしていた。時間がとても長く感じられた。
 なんとか位置が決まって、端から丁寧に空気を逃がしつつテープを上から手でしっかり押さえつけていく。反対の端まで貼り終えて立ち上がろうとしたときに、床が大きく揺れるのを感じた。二人して頭からつんのめりそうになる。
「地震?」一度きりだったが50㎝くらい滑ったような気がした。まるで踏んでいるカーペットをぐいと引っ張られたような感覚だった。地震でこれほど揺れたのは、柚子が22年生きてきて初めての経験だった。ショーケースの中が心配になって調べてみたが、何故かトロフィーや盾は全く倒れていなかった。
 なんだかよくわからないが、おかげでテープを剥がした罪悪感は薄れてしまった。iDもすでにバミリテープどころではないようだ。柚子は、この機を逃さなかった。
「早く椅子を持っていこうよ。」言い終わらないうちに台車に駆け寄り出口を目指して押し始める。iDが弾かれたようにそのあとを追いかけた。

 
ほぼ同時刻―――。
 
 チーフマネージャーは笑顔だった。
「今度の“お笑いサドンデス”に参加することになりました。」
「私と漬けもんがですか?」アリーナは思わず、大きな声で聞き返した。
 頷くとチーフマネージャーはアリーナの横を見た。アリーナもつられて目をやる。隣は空席だった。
 
 ついさっきまで、アリーナと漬けもんはミーティングルームでチーフマネージャーが来るのを渡された台本に目を通して待っていた。するとぐらっと大きな地震があった。二人は椅子から転げそうになるのを、必死に机にしがみつてこらえた。
 「何、今の?」ひとしきり二人で驚いたあと、再び台本を読んでいるうちに漬けもんの顔色がみるみる土色になっていった。急に体調が悪くなったらしい。そこへちょうどチーフマネージャーが到着して、漬けもんは家に帰ることになった。
 無事漬けもんをタクシーに乗せたチーフマネージャーが戻ってきて、アリーナは彼女抜きで説明を受けた。

 お笑いサドンデスは年に一度の漫才コンテスト番組だ。いくつかのブロックに分かれて予選が行われ、勝ち残った十数組が本戦で優勝を目指す。アマチュアも参加可能なガチンコ勝負の大会である。それに漬けもんとアリーナで参加しろということらしい。

「そんなの無理ですよ。」アリーナの口から思わず本音が出る。
「二人ともバラエティでコントも漫才も頑張ってるでしょ。力はついてきてると思うのよ。」チーフマネージャーは意にも介さない。
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが、コンテストはおこがましいですって。」

「いい台本がもうあるのよ。」台本を持ち上げて軽く振りながら、ニコッと笑う。チーフマネージャーはアリーナたちがそこそこいいところまで行けると思っているようだ。
「お笑い好きの人から怒られますよ、漫才舐めんなって。」アリーナはそれが心配だった。
「だからあなたたちは真剣に向き合ってちょうだい。誠実にやってたら批判はされないと思うけど?」
「そりゃまあ、そうでしょうけど。」全く気乗りがしない。漬けもんはどうなんだろうと気になった。
 チーフマネージャーはそれを察して
「漬けもんは乗り気だったわよ。」青白い顔でタクシーに乗り込みながら、漬けもんは絶対に出ますと言ったそうだ。
 あんなに気分が悪そうだったのに、そのやる気はどこから湧いたのかとても不思議だった。
 返事は日を改めて、漬けもんと一緒にということで今日の打ち合わせは終わった。

 アリーナは漬けもんの真意が聞きたくて、見舞いがてら帰りに彼女を尋ねた。
 帰宅するとすっかり気分が良くなったらしく、漬けもんは部屋のベッドで休みながら台本を読んでいた。
 話してみると彼女の決意は固く、アリーナ自身にそれを翻させる説得材料もなかったので、後日二人はお笑いサドンデスにエントリーした。
 

 
二章 予選
 
 お笑いサドンデスの予選は東京、横浜、名古屋、大阪、福岡の5会場で行われる。東日本エリアは東京、横浜と二つのブロックに分かれたがどちらも参加者1000組を超える大激戦となった。
 チーム“アリつけ”は、グループの活動以外のほとんどの時間を漫才の練習に充てた。台詞は勿論、体の動きを指先、つま先に至るまで細かく反復練習した。どこか歌とダンスの練習に似ていて、二人はめきめきと上達していった。
 おかげで予選になんとか間に合わせることができた。

 東京ブロックにエントリーしたチーム“アリつけ”の二人は時間にかなり余裕を持って東京会場に到着した。それでも既に参加者とわかる二人、または三人組がホール周辺のあちこちで練習をしている。
 アリーナは漬けもんと話して、当日は練習しないと決めていた。他の参加者をなるべく見ないようしながら、ホールの入り口受付に向かった。それでも緊張で喉が乾いてくる。

 プロフィールとネタ動画を送る一次予選は済んでいる。通過者はすでに1/3ほどになっているらしい。
 今日は二次予選で、二人はここで初めて生でネタを披露する。でもホールにお客さんはいない。客席は控え室替わりに解放されていて、参加者は出番まで好きな席で待機する。まだまだ参加者が多すぎて、本物のステージに立つのはもう少しお預けだ。本来の控え室などいくつかの部屋を利用して、そこで待つ数名の審査員の前で漫才をすることになっている。

 受付でもらったスケジュール表を見ると、11:15 小リハーサル室 チーム『アリつけ』とあった。まだ少し時間がある。
 水分を補給して、お互いのメイクと衣裳を確認した。と言っても薄い下地とリップを塗っただけで、衣装は私服だ。漫才の設定が普段の二人なので、特に衣装は用意していない。本選まで残ったら、そのときに考えることにしていた。
 
漬けもん「言うても、日本の宝やん?」
アリーナ「いちいち“棘”あんなぁ。何でそんな言い方?」
納得いかないと漬けもんは首を傾げる。
漬けもん「腐っても、業界の財産やん?」
アリーナ「べつに腐ってません。なぁほんまにやめて!誰かに聞かれたら私ら消されんで。」
こぶしを打って思いつく。
漬けもん「じゃあ、しゃあなし、私らの神やん?」
アリーナ「神に向かって、しゃあなし言うな!」
 
「ありがとうございました。」二人は深々とお辞儀をする。

 中央に座る審査員が評価してくれた。
「よく練習してるのがわかりました。うまいよ。」
 二人の緊張が溶けて笑顔がこぼれる。
「ただ、先生を腐す件はちょっと長いかな。これって先生OKなの?」
 二人は笑ってごまかす。
「揉めたらもったいないよ。先生いじりできるのは実質君らだけみたいなものだから。確実に先生の承諾もらっておいてください。以上です。」
「はい、わかりました。」
 
 帰りに寄った喫茶店でプチ反省会となった。
「あれって二次通過ってことよね?」
 アリーナは少し興奮していた。漬けもんはかき氷に悪戦苦闘中だった。
「あれって?」
「先生の承諾もらっとけって話。」
「あ~、そう言えばそう言うことか!」
「そうよねぇ。やったー。」
「わからないよ。あの真ん中の人の感想だから。」
「あとの二人が反対するってこと?」
「そう。」
「それは最悪だ。」
「でも大丈夫じゃない?緊張したけど楽しかったね。」
「うん、楽しかった。次からお客さん入るから、そこでやってみたいなぁ。」
「やれることはやったし、落ち着いて連絡を待とうよ。それよりアリーナも早く食べないと氷が溶けちゃうよ?」
「うん、そうだね。いただきまーす。」
 


 三次予選からはお客さんが観戦する。当日ランダムで選ばれた10人と業界関係者10人の計20人の審査員によって点数がつけられ、上位が通過する。
 チーム“アリつけ”は午前最後の出番だった。この日も練習はせずに舞台袖から他の参加者の漫才を見た。どの組も面白くて二人は小声で笑いっぱなしだった。
 おかげで自分たちのときは緊張もなくステージに立てた。
 
アリーナ 「メカお寿司5号がドアの前に立ってる!?なんでメカってわかるん?」
漬けもん 「目が“ご”になってる」
アリーナ 「上弦?下弦?」
漬けもん 「違う!碁石の“ご”」
 
 ひと仕事を終えて気が楽になった二人は、午後からは客席から残りの漫才を見た。面白いしとても勉強になった。各々気づいたところはスマホにメモしていた。

 翌日、三次予選通過者と審査員のコメントがサイトに公開された。見事最終予選の20組に選ばれた。
 チーフマネージャーが番組でお世話になっている作家さんを呼んでくれた。作家さんは三次予選を会場で見てくれていた。皆でもう一度台本を見直して、最終予選向けて万全の調整をすることができた。
 夜はチーフマネージャーが激励会を催してくれた。焼肉店でお肉をお腹いっぱい食べて、いよいよ二人は覚悟が決まった。
 
 

第三章 迷子
 
「煌ちゃん!」
 背後から呼ばれて振り返る。少しぎこちない笑顔になる。
「応援に来ました。」
「三次予選もいたよね?」
「はい。」
「客席にメンバーがたくさんいるのを見たら勇気が出るよ。」
「ここまで来たら本選まで頑張ってほしいです。」
「ところで、三次予選で初めて漫才見たとき、煌ちゃんメチャクチャビックリしてなかった?」
 煌の顔に、動揺の表情が浮かぶ。そして明らかに警戒しているのがわかった。構わずに続ける。
「まるで、“この話を知ってる!”って感じだった。煌ちゃん、ひょっとしてあなたこの世界に違和感を感じてない?」
 煌はビクッとした。図星のようだ。

「あなた、先生のAIがいる世界の人間でしょう?」
「どうして、それを?」
「私もそこから来たの。」
「えっ?じゃ、やっぱりここって?」
「うん、私たちのいたところとは別の世界みたい。先生のAIはいなくて、なぜかそれが漫才のネタになっている。パラレルワールドか…」
「漫才台本の世界?」
「あるいは、ね。」

「台本の中にいた人間が現実世界に現れたってこと?私たちってゲームの世界のキャラクターみたいなもの?」
 ここまで誰にも相談できずに、ずっと一人で考えていたのだろう。堰を切ったように言葉が溢れてくる。
「煌ちゃん、落ち着いて。私にもまだ何にもわからないのよ。何せ手がかりが少なすぎるから。」
「私にはもう何が何だか。」

「私と同じ世界の人間と出会ったのは煌ちゃんが初めてよ。そもそもこっちの人間との区別が全くつかないわ。」
「何故私のことはわかったんですか?」
「私が知ってる世界の煌ちゃんはグループの良心って言われるほどの常識人だったよ。でもこっちの世界では違う。鯖ちゃんと二人で常識や一般の理解をはるかに超える“Beyonds(ビヨンズ)”なんて呼ばれてる…」

 2か月くらい前の煌ちゃんはそのことにとても戸惑っているように見えた。それで“もBeyonds(ビヨンズ)”を懸命に演じようとして、結構イタい人に映っていた。

「まわりにはそれが、また理解を超えてると都合よく解釈されてたけど、私にはわかったよ。あっちでは副キャプテンでグループ一優しい、気遣いの煌ちゃんだったんだから。なのに何故かこっちでは副キャプテンは空席になっていて、ビヨンズなんて呼ばれてる。バレないように頑張ってるけれど、あっちの煌ちゃんを知ってる私からすると、ぎこちなさしか感じない。あなたは私と一緒だと確信したから声をかけたの。」
 煌が泣き出した。さぞ不安だったのだろう。
「良かったぁ。私だけ一人ぼっちでずっと寂しかったぁ。」

 煌が泣き止んで落ち着くのに少し時間がかかった。
「それで煌ちゃんにお願いがあるんだけど。」
「何ですか?」
「元の世界に戻る方法を探してほしいの。」
「勿論。手伝います。」
「ううん、違う。悪いけど一人で頑張って。」
 煌がまた泣き出しそうになる。

「私は他に調べたいことがあるからしばらく別行動させてもらいうわ。できたら煌ちゃんは戻る方法を調べるだけにして、それをつきとめても実行するのは私の調べものが終わるまで待っててくれるとうれしいな。私はもともとあっちの世界で調べものしてる途中で急にこっちへ来てしまって…。」
「AIのことを調べてるの?」
「まぁ、そんな感じかな?調べてる最中に起こったことがまるごと漫才になってて、本当に驚いたよ。」

 全部元の世界では実際に起きたことばかりだった。それが一本目の台本になっている。
「そしてサドンデスの予選を突破したら決勝戦用の二本目のネタの練習に入ることになってるみたい。それが一本目の続きになってるはずなの。ここから先は私たちもまだ経験してないから、ひょっとすると今調べてることの答えが、ずばり台本に書いてあるかも知れないわ。だから二本目の台本が手に入るまで元の世界に戻るのは待ってね。」

「もし台本の世界の人間だったら、元の世界に戻ったら私たち消えてしまうのかな?」煌がいっそう不安な顔をする。
「多分それはないよ。煌ちゃん漫才に全然登場してないじゃない?」それを聞いて煌は安堵の表情を浮かべる。
 
 とは言ったものの、煌が言ったことは可能性がないとも言い切れない。二本目に煌が重要人物として登場する可能性もあるのだ。

 間もなく二本目が手に入る。そうすればおのずとわかる。こっちの世界へ来た理由も台本に書いてあるだろう。
 でも、本当に知りたいことはそれじゃない。
 
 元の世界では、メンバーの一人がある過ちを犯してしまう。厳密に言うと現在進行形で、間違いを犯している真っ最中なのだ。今、最悪の台本(シナリオ)どおりにバッドエンドに向かって突き進んでいる。そうなった原因を突き止め、それを止めるのが私の使命だと思っている。
 幸いなことにこっちの世界ではそれは漫才の台本だ。元の世界では全てが現実だが、こっちでは例えエンディングまで進んでも、最後は漫才でした、チャンチャンで笑って終わらせることができる。
 この機会を利用しない手はない、大切なグループの仲間、そして親友を救う為に。
 
 

お笑いサドンデス 漫才台本(一本目) タイトル「お笑いサドンデス予選編」
 
アリーナ どうもー、アリーナです。そしてこっちが(両手の平で漬けもんを紹介)、漬けもんです。
漬けもん (下からぐいっと伸びてきてマイクに向かいアリーナを一瞥)いよいよらしいな。
アリーナ お、ネタの合図やな!おっしゃ、頑張るでー!(左こぶし下、右こぶし上、右足上 なるだけダサいポーズ)
漬けもん (アリーナの準備が整ったのを確認後もう一度)先生もいよいよらしいな。
アリーナ ちょっと待って!私らお寿司先生プロデュースのグループやで。ネタでも…。
漬けもん (さえぎる)ネーターちゃうし!ホンマの話やから。
アリーナ (笑いながら)いやいや、ネタでええねんけど。ホンマの話を公衆の面…
漬けもん こ―しゅ―ちゃうし!勿論テレビは公共性が高いけど、テレビ局のトイレは誰でも入っていいわけちゃうで。公衆トイレとちゃうよ。
アリーナ (面倒くさそうに)わかった、わかった。ここはテレビ局のトイレやな。ここ(漬けもんの顔の前で手を上下させて)は洗面所の鏡やな。わかりました。トイレには私らだけしかいません。でもスタジオすぐ横のトイレやから誰が来るかわからへんで。
漬けもん 掃除用具入れから清掃中の立札出してトイレの前に立てて来た。
アリーナ 悪っ!ほんなら盗撮のカメラがあるかも知れへんしな、もう少し慎重に話して。私らみたいなペーペー、いつでも業界から抹殺されるんやから。
漬けもん 天下の○○テレビやで。○○テレビさんに限って、盗撮カメラみたいなものありません。(正面カメラに笑顔でぶりっこポーズしながら)
アリーナ (あきれて)あんたこそ誰に向かってしゃべってんのかな?ここはトイレで前は鏡違うんかな。ま、ええわ。で、先生が何て?
漬けもん 先生がな、いよいよらしいって。
アリーナ いよいよ何よ。あーやっぱり言わんといて。一緒に聞いてるお客さんも消される可能性があるわ。
漬けもん (周囲に軽く目をやって確認してからマイクにひそひそ)先生も、ええ年やからな。事務所が動き出したらしい。
アリーナ ああ、もうええんかな。ここで言っていいことかどうか、よう考えてから話してな。
漬けもん 言うても、先生は芸能界の宝やんか。
アリーナ その言い方!棘あるのはやめて。“やっぱり”にして。
漬けもん やっぱり、先生は芸能界の宝やんか。
アリーナ うん。
漬けもん 先生の仕事を分担してサポートする影武者の“メカお寿司”を開発したらしいわ。
アリーナ うそ!
漬けもん 1号から5号までおってな。それぞれ得意分野があるんやて。
アリーナ それで。
漬けもん 1号が作詞家担当で過去の先生の膨大な歌詞データが頭に入ってるんよ。
アリーナ 2号は?
漬けもん 放送作家担当
アリーナ で、3号は?
漬けもん その他
アリーナ その他?
漬けもん うん、先生って作詞家と放送作家以外にもいろいろやってはるやん?ウィキにはプロデューサーとか脚本家とか映画監督とかも書いてあるし、そんなん担当らしい。
アリーナ ふーん、ほんなら4号は?
漬けもん その他Ⅱ(ツー)
アリーナ ツー?何それ?
漬けもん そんなんの仕事が多いから2体いるんちゃう?
アリーナ で5号は?
漬けもん 名言
アリーナ 名言?仕事のジャンルちゃうやん!
漬けもん なんでも、過去の先生の発言が全部頭に入ってて、いろんなアドバイスをくれるらしいわ。
アリーナ 誰にアドバイスすんのよ?
漬けもん そんでおもろいのがな、その日あった体験を共有するために毎日0時に先生のベッドの周りにメカお寿司が集合して頭をコードでつないで情報の更新をすんねんて!先生の頭にもコード差し込んで(笑いながら頭にコードが刺さっている身振り 目をつぶって少し反り返って眠る先生本体の説明 その周りに立って頭にコード刺さる身振りで影武者の説明)
アリーナ (漬けもんの身振りを見てさらに頭で想像する身振り)エラいシュールな画やなぁ。
漬けもん そやろ、おもろいやろ?(もう一度同じ身振りを繰り返す)
アリーナ でも詳しいなぁ。なんでそんなん知ってんの?
漬けもん 情報時代の世の中やで!情報を制する者が業界でも生き残れんねん。事務所もどこまで私らを守ってくれるかわからんからな。自分の身は自分で守らんとアカン。
アリーナ あんたに何があったんや。事務所相手になんかするつもりなんかいな。
漬けもん 違うけど、事務所との交渉材料や。なんかあったときに、そしたらこれ公表しますよっていう切り札になる。
アリーナ 怖いなぁ。事務所と問題起こさんといて。
漬けもん あんたも気ぃつけや。ボーっとしてたら、ポイッて事務所に捨てられるかも知れへんで。
アリーナ 嫌なこと言う。
漬けもん そろそろ帰ろか。あんまり長いことトイレに立てこもってたら怪しまれる。
アリーナ 最初からこんなとこで話さんかったらええのに。
漬けもん 行くで(右手を正面に上げて止める)
アリーナ うん、わかった。
 
二人でアイコンタクトして漬けもんが指を鳴らす。二人同時にくるっとかっこよくターン
アリーナ (マイクに口を近づけ)場面転換です。
 
アリーナ (正面を指さしながら笑う)この番組おもろいなぁ。
漬けもん うん。(おもむろにマイクに口を近づけ)ピンポーン
アリーナ なんやろ?誰か来る約束してた?
漬けもん 見て来るわ。(インターホンの画面を覗く)わっ。(後ろへ尻もち)
アリーナ 漬けもん、大丈夫かいな。何があったん?
漬けもん ゴ、ゴゴウが…。メカお寿司の5号が立ってる。
アリーナ 何よ。(言いながら画面を覗く)わっ、先生が立ってる。
漬けもん 違うよ、よう見てみ。目が黒の碁石や。
アリーナ 黒の碁石?ほんまや。黒の碁石で5号?ダジャレやん。
 
アリーナ さ、どうぞどうぞ。(部屋へ案内する)
漬けもん (アリーナに続いてメモを読み上げる)アリーナ、漬けもんへ今日から先生が自らメンバーの家庭訪問をします、やって。チーフマネージャーから。
アリーナ (漬けもんにひそひそ耳打ち)5号って確か…
漬けもん うん、名言担当や。きっとうまいこと言って悩みごとを解決するんやわ。
アリーナ そやけど、目が碁石やのに、“先生が自ら”って…。これ、バレへんと思てるんかな?
漬けもん わ、足がキャタピラになってる。膝が曲がらへん。低い段差越えられへん。ラグですらひっかかってアカンわ。
アリーナ ちゃちいただのロボットやん。本気か?これ大人が本気で作ったんか?
 
アリーナ せっかくやし相談してみよか。
漬けもん (挙手しながら)はい、私は今後どうやっていけばいいですか?はい、はい。(頷く)
アリーナ (スマホで検索)あったわ。お寿司名言集に載ってる。
漬けもん スマホで検索できることを言われても響かんくない?しかも相談内容と微妙にズレてるし。
アリーナ そやな。そしたら私は何をがんばったらいいですか?
漬けもん (少し聞いて)それ、私らの曲の歌詞やんか。
アリーナ 歌詞からも引っ張ってくんのか。でも私らの曲を選ぶなんてチョイス下手やな。
漬けもん 5号、あんたちょっと残念やな。(同情のまなざし)
アリーナ なんか、拍子抜けやわ。
漬けもん 普通の質問でもええよな?明日の天気は?
アリーナ スマホでわかるし、あ、当たってる。
漬けもん ネットにはつながってるってことか。でもそれやったらスマホでいいやん。君の存在意義は何なんだ?
アリーナ (沈黙ののち)答えへんのかい!(前に倒れかける)
漬けもん 飽きたな。
アリーナ うん、飽きた。
漬けもん お風呂入って来るわ(右手を正面に上げて止める)
アリーナ うん、わかった。
 
二人でアイコンタクトして漬けもんが指を鳴らす 二人同時にくるっとかっこよくターン
アリーナ (マイクに口を近づけ)5時間経過です。
 
漬けもん (中空を指さし)あーっ。
アリーナ どした?
漬けもん 白目向いてる。
アリーナ ほんまや。5号どうしたん?
漬けもん (中空を指さし)あーっ。
アリーナ うるさいなぁ。白目やろ。
漬けもん 碁石ちゃう、オセロや!
アリーナ うそー。
漬けもん 5号やから碁石やと思たけど、裏が白い。
アリーナ ほんならオセロや。
漬けもん 思い込みは恐ろしい。
アリーナ 碁石でもオセロでも、目がそれではアカンよ。
漬けもん でもなんで白目になろうとしてるんかな。
アリーナ もしかして電池の残量?うちに来て結構な時間経ってるで。どれくらい消費すんのかわからんけど、電池も減ってるでしょ。漬けもん言うてたやん!夜な夜な先生のベッドの周りに集まってコードで情報共有するって。そのときに充電してるんとちゃう?
漬けもん (手の平を水平に前後する)今ちょうど目が水平になってるから電池半分ってことか。
アリーナ 目の奥の機械とか配線とか見えてるやん。気持ち悪っ!
漬けもん これで影武者として業界にバレないと思ってるのがスゴいな。
アリーナ 外まで連れて行って自分で帰ってもらう?
漬けもん ちょっと待って。(後ろを向いて右手に何か持って振り返る)
アリーナ あ、お尻。
漬けもん (5号のお尻に左手を当て右手を差す)これでどうだ!
アリーナ あ、気持ちよさそう。
漬けもん スマホの充電器やけど、使えるわ。うまくささってる。
アリーナ ちょっと黒目に傾いた。(手の平を少し倒す)
漬けもん 5号はラグも乗り越えられへんしな。外に出しても帰られへんのちゃう?
アリーナ 充電できるのわかったし、このまま置いといていいよね。
 
アリーナ その後、低い段差を超えられない5号はずっと私たちの部屋にいました。
漬けもん 5号ボケてみ。ツッコんだるわ。なんでやねん!そのボケおもんない。先生のデータベースになんかないんかいな。なんでやねん
アリーナ そして1週間が経過するころにはすっかり仲良くなっていました。
 
二人でアイコンタクトして漬けもんが指を鳴らす 二人同時にくるっとかっこよくターン
 
アリーナ ただいま。5号どこー?あ、いた。
漬けもん (しょんぼりした顔)今日はアカンかった。ダンスの振り間違えるし立ち位置もずれててメンバーにぶつかるし…。
アリーナ なんか集中できてなかったね。まぁ…。(言葉を止めて後ろを振り返る)
漬けもん (声のする後ろを振り返る。少し感動する)さすが先生、過去にいい言葉言ってるね。
アリーナ でも今は5号に話しかけてないよ。私らだけの会話にはこれまで入ってこんかったし。
漬けもん ありがとう。仲良くなってそんなことができるようになったんかな。
アリーナ (両手で持ってスマホ画面を見ながら)違う!
漬けもん 何が。
アリーナ 違う。今検索したけど名言集にヒットせえへん。
漬けもん じゃ、歌詞の一部…。
アリーナ 歌詞でも該当なし。
漬けもん え、そしたら5号の完全オリジナル?
アリーナ うん、どうやらそうみたい。
漬けもん 嘘!
アリーナ 1週間も情報の共有せえへんかったから?
漬けもん 5号が自我に目覚めた?
アリーナ 落ち込んでる漬けもんを慰めたくて?
漬けもん 自分の言葉で話してくれた?
アリーナ 嘘!
漬けもん お寿司の呪縛から逃れたってことやんな!
アリーナ やったー!ってお寿司って呼び捨てにすんな。
漬けもん (感動のあまり膝をつき崩れ落ちる 両手の平を揃えて上に上げ顔に寄せ頬ずり)5号ありがとう。
アリーナ 衝撃の手の平サイズ!
漬けもん (通販の商品紹介のように両手を前に出しながら)付属のドローンを装着すれば空も飛べます。
アリーナ もうええわ。
アリーナ&漬けもん ありがとうございました。
漬けもん (アリーナを残して袖へ消える)
アリーナ (スマホで会話を始める)もしもし、マネージャーさんですか。アリーナです。AIスタッフの導入反対の急先鋒になると見られた漬けもんですが、我々の送ったAIお寿司改をすっかり気に入ったようです。これでAI化もスムーズに進むかと、はい、はい。それで約束の件ですが…、そうですか、ありがとうございます。引き続き漬けもんの監視を続けます。はい。ではよろしくお願いします。はい、失礼します。(スマホをポケットにしまう、手を振りながら)漬けもーん、5号、待―ってー。(袖へ消える)
 
 
 拍手はしばらく鳴りやまなかった。ここまでで一番の拍手だった。
 会場が落ち着いたのを見計らって、MCが審査員に感想を求める。
「まさかお寿司先生がメカだったとはね。」と軽くボケを入れる。
 MCがどう回すか一瞬躊躇しながら二人に目線を送った。
「まさか皆さんのところまで影武者の話が伝わっているとは。私も急いで事務所と取り引きしないといけませんね。」漬けもんが独自の世界観で切り返した。
 審査員は、おっ、という表情をしながら
「一本の映画見たような、ねぇ」
 他の審査員も頷く。
「続きが見たいですね」
 時間が来たのを察して、МCが切り上げる。
「チーム“アリつけ”のお二人ありがとうございました。」
  こうして二人の出番は終了した。

(続く)

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