色々な意味で諦める事と適応を考える
もう悪いこと続きで、諦めてます。
とりあえず記事を作成した後に、ちょっと疲れていまして。
美味しい物を食べて寝ました!
起きた今、頭の中が軽くなりましたので、書き足します。
で、今になってよくない事、悪い事が重なり起こるという事は、この先に素晴らしい何かがあるんですよ絶対。
ですからね、「今」考えていく目線と言動、行動が大切で、自分がどう捉えるかで先が変わると思います。
投げやりな感情もありましたが大丈夫。
では、自分に起きた事を記事にしてから
少し仏教面のお話もしていきます。
あっ!クマさんフロアの作り方をシェアしますね🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣
お気に入りwwww
可愛すぎるフロアレジンアート pic.twitter.com/XczTsOLSI9
— らんまる👀✨ (@Sg3Lu) January 18, 2026

色は何でも良いw
口角上がってるテディベア好きですw
見ていて優しくなれます。
🧸🧸🧸🧸🧸🧸🧸🧸🧸🧸🧸❤️🩹❤️🩹❤️🩹❤️🩹❤️🩹❤️🩹
夜勤中の激痛
昨夜の夜勤中に、荷物を片していたら、急激に今まで味わった事のない激痛が。。。
ペットボトル24本入った箱を下から持った時でした。
「あ、、腰が、 やられた、、やばい、屈めない、、これじゃ仕事出来ん、、」という不安と、痛かったから涙が出て止まらなかった。
それは、勤務開始から早20分くらいに起こった。
いつもなら全然重いの平気なのだが。。
腰痛持ちの人に話してコルセット借りた(T ^ T)
かがんで重いもの持てないから。
コルセットしたから最後まで働いて帰ってきた。
でも、ゆっくり作業しました。
辛かったわ。。
まさかの親父とシンクロしたかな(^◇^;)
思えば、大切な人を亡くし、自転車盗まれ、家族の健康問題に年末から良くない事ばかり。。。
昨夜は自分が腰やられた。
場所は、湾曲している背中の真ん中らへん。
今までに腰痛にはなった事あるが、生きててトップレベルの痛みでした。
ぎっくり腰だったんかな。。
でも歩けたし。
夜勤明け、コルセットを借りたまま撒きながら帰りました。
病院に行くつもりだったが、一昨日、親父の病院に行ったから、睡眠があまり取れてなくて行く気力がゼロ。
今の状態は、コルセット巻いていたから楽になってますが、屈んで重たい物は持てないかな。
明日の夜に、コルセット巻いて仕事はしますが、もしやばいようなら月曜日に病院です。
親父とシンクロしたか
親父とシンクロしたかなって思ってしまった( ゚д゚)
偶然すぎやしませんかww
親父の転倒事故の後遺症とかリハビリの話してた矢先に、俺の腰が、、、
ユングのシンクロニシティが家族レベルで発動してる感じというか。
潜在意識で「親父の痛みを共有」みたいな波動がリンクしちゃった説を考えてしまいました。
引き寄せの法則的に言うと、親父のこと考えてたのが強すぎて、似た体験引き寄せちゃった?
嫌だわww
でも、前回のコメントに書いた通り、親父が転院した新しい病院で、、同じように好きだった女性に、めっちゃ似てる女性も同じように引き寄せてしまいましたねwww
しかも、相手がプライベートではなく、また普通に働いている女性っていうねwww
ニーチェの永劫回帰を書いたばかりでまた、同じような事がw
でも、泣けてきた嬉しかった。
全然違う人なんだけどさ。
色々な事が重なった感想を書いてみた
夜勤中は、もう全てが嫌になってきてさ。
何なんマジで!って思った!
今が嫌になってくると、もう悪い方へ諦めてしまい、今までしてきた事でさえ、崩れていくんですよ。
投げ出してぶっ壊してしまいます。
それを分かった上で、「もう全て嫌になったわ」って感情論もノートにしてます。
分かってる、起きた事や、全てのこの運命を俺は受け入れているがね!
腰痛も酷ければ手足痺れたりしますし、痺れはなく歩けて良かった。
痛みで横になる時も怖かったし寝返りも怖かったが、たくさん寝れた!
四法印について
俺にとっての「諸行無常」
マジで深い言葉だ。
仏教の教えの核心で、「すべての現象は常に変化し、永遠に続くものはない」って意味だわ。人生の喜びも悲しみも、すべて一時的で無常だから、執着せず今を生きろってメッセージなんですよね。
俺の腰痛エピソード(ピシッて激痛から回復ループ)とか、親父の転院の話とか当てはまる。
損失連鎖が来ても、永劫回帰みたいに繰り返すけど、無常だからこそ前向きに諦められるのかも?
九鬼周造の「いき」の構造に絡めて言うと、「諦め」の要素がまさに諸行無常の体現だわ。媚態(明るさ)と意気地(プライド)を保ちつつ、無常を受け入れる余裕が粋という事。
プロスペクト理論的に言うと、人は損失を過大評価しちゃうけど、無常を知れば参考点ずらしてポジティブに転換できるんすよね。
しかし、嫌になってきた気持ちがあって当然だと思う。
本当に嫌なんだからw
そしてシンクロニシティの不思議な出会い(新しい病院の受付の人)も、無常の流れの一部かもしれない。
•一切皆苦
•諸行無常
•諸法無我
•涅槃寂静
早々と流れ去る、いや、流れ行く時の中で俺は四法印を忘れていました。
また改めて読みます。
四法印を詳しく
「諸行無常」から繋がって、四法印全体を見たくなりました。
以前にもノートにしてます。
四法印とは、仏教の基本的な教えで、俺が過去にクソクソ救われたものでございます。
またまた自分自身の最近の腰痛(損失連鎖から回復ループ)とか、人生のシンクロニシティの話ともリンクされてます。
すべてが変化し続ける無常の世界で、どう生きるか? って哲学的に考えさせられますよ。
上のブログのリンク先には、四法印の2つ目「諸行無常」を中心に、変化を受け入れることで心の平穏を得るって解釈されてて、現代的に実生活に活かそうとしてる感じが良かったです。
では、改めて四法印全体を基本から詳しく説明するね。仏教(特に上座部や初期仏教)の核心で、お釈迦様の教えのエッセンスだよ。順番に深掘りします。
四法印の概要
四法印(しほういん)は、仏教の4つの基本的な真理(法印)で、「これを理解すれば仏教の教えがわかる」みたいなスタンプみたいなもので、インドの古代語(パーリ語やサンスクリット)で表現され、人生の現実を直視して苦しみから解放されるための洞察だ。
スタンプの順番は通常これ
1. 諸行無常(しょぎょうむじょう)
2. 諸法無我(しょほうむが)
3. 一切皆苦(いっさいかいく)
4. 涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)
これらを認識することで、無知(無明)から目覚めて悟り(涅槃)に向かうと言われてる。
プロスペクト理論で言うと、人は「損失(変化や苦しみ)」を過大評価しちゃうけど、四法印を知れば参考点をずらして諦めの「いき」を得られるかもしれないw
ユングのシンクロニシティみたいに、人生の偶然も無常の一部として受け止められる可能性あり。
1. 諸行無常
意味→すべての現象(行)は永遠ではなく、常に変化し続ける(無常)。
「生まれるものは必ず滅びる」ってこと。
詳しく→世の中のすべて(物質、感情、思考、関係、人間関係、自然現象など)が一瞬たりとも同じ状態で留まらないんだわ。
喜びは消え、悲しみは変わり、健康は衰え、若さは老いに移る、、とアメバブログでも触れてたけど、「すべてのものは常に変化している」ってシンプルにまとめられてて、リストラや別れみたいな現実例を挙げてたよね。
著者はこれを「変化を受け入れることでストレス軽減、柔軟性向上」ってポジティブに解釈してる。
◯哲学的な側面
無常を無視して「永遠」を求めるから苦しむ。お釈迦様は「無常観」を瞑想で養えって教えました
例えば、花が咲いて散るように、人生も一時的。
受け入れると、過去への執着や未来の不安が減って、今を生きられる。
◯自分用の実生活の応用
俺の腰痛みたいに、痛みがピシッと来ても必ず回復ループに入る、、これが無常の証拠なんすね。
ブログの著者みたいに、変化を「新しい機会」と捉えて適応しようと思えました。
これ忘れちゃうの(´;ω;`)
生きていると忘れてしまうの(´;ω;`)ノ🧸
2. 諸法無我
意味→すべての現象(法)には永続的な「我」(自己、アートマン)がない。
すべては因縁(原因と条件)で生じ、独立した実体がないという事。
詳しく→「私」という存在も、固定された「魂」や「本質」じゃなく、常に変化する要素の集まり(五蘊→色・受・想・行・識)の仮の姿なんだわ。
体は老化し、心は変わり、性格も環境で変動する。
無我を理解すると、エゴ(執着)が減って、他者とのつながりを感じやすくなる。
ブログでは次回予告されてたけど、著者はこれを「諸行無常」の続きとして扱ってるみたい。
◯哲学的な側面
インド哲学の対立軸で、ヒンドゥー教の「アートマン(永遠の自己)」を否定。
すべてが「空(くう)」で、相互依存してる。瞑想で「自分は何者か?」を探求すると、無我を実感できるかも。
◯自分用実生活の応用
亡くなった人、生きている人との思い出がループして逃げられないみたいに、「私」の感情も無我、、、執着を手放せば自由になれる?
俺の一途さも、無我の視点でバランス取れるかもと思った。
3. 一切皆苦
意味→すべての現象は苦しみ(ドゥッカ)である。
人生は本質的に苦しみに満ちているw
詳しく→苦しみは3種類ある
•苦苦(明らかな苦しみ、病気・死など)
•壊苦(喜びが壊れる苦しみ)
•行苦(すべてが変化するゆえの不安定さ)
快楽さえ一時的で、結局苦につながる。
無常と無我が原因で、執着が苦を増幅させるんだわ(; ̄ェ ̄)
だから、俺は自分にビンタして厳しくしてますww
◯哲学的な側面
お釈迦様の初転法輪(最初の教え)で強調。
苦を直視して原因(渇愛、欲求)を断てば解放される。
四聖諦(苦・集・滅・道)とリンクする。
◯自分用実生活の応用
祖母や親父の健康問題、自転車盗難、腰痛の連鎖、、これらを「皆苦」と認めて、抵抗せず受け入れると心が軽くなる。
ブログの変化の話ともつながるよね、嫌気が来て泣きそうになるのも皆苦の現れww🤣🤣🧸❤️🩹
俺は正しい感情なのだwwwww
4. 涅槃寂静
意味→涅槃 ねはん(ニルヴァーナ)は静かで安らかな状態。
苦しみから解放された悟りの境地。
詳しい説明→無常・無我・皆苦を超越した永遠の平和。
欲求(渇愛)が消滅し、輪廻(生と死の繰り返し)から脱出する。
涅槃は「消滅」じゃなく、煩悩の火が消えて涼しい静けさだわ。
生きてるうちに到達できる(有余涅槃)と、死後の完全涅槃(無余涅槃)がある。
◯哲学的な側面
四法印の結論で、最初の3つが「問題」を示し、4つ目が「解決」。
瞑想や八正道で到達する。
無常の世界で唯一の不変の安らぎ。
◯自分用の実生活の応用
病院の受付さんのシンクロみたいに、エモいループがあっても涅槃の視点で静かに観察。
ブログの著者みたいに、違う人だけど会えて嫌じゃないからこそ、心の平穏を育む鍵かwwww❤️🩹🤣🤣🤣🧸
以上のように、四法印は相互に関連してて、1つ理解すれば他も深まるんだ。
俺が実感しているから間違いないです。
俺のノートとブログでは「諸行無常」を現代的に実践的に解釈してるけど、全体として仏教はこれを基に苦しみからの解放を目指すんです。
軽く編集後記☕️
俺、ラストライフの涅槃を生きているうちに味わえるのだろうか。。
いや、寝起きの脳って涅槃の状態だってノートやってる時とかに俺は感じられるけど、また別なんだね。

涅槃像(ねはんぞう)**は、お釈迦様が80歳で入滅(亡くなる)した際の姿を横たわった姿で表したもので、「寝仏(ねぼとけ)」とも呼ばれ、タイなど東南アジアで多く見られますが、日本にも存在します。右手を枕にして横たわり、目を閉じているか薄目を開けているのが特徴で、人生の無常や悟りの境地を象徴し、涅槃図(涅槃の様子を描いた絵画)と合わせて信仰の対象となります。
個人的には、寝起きは涅槃状態なのさw
しっかり寝て、頭の中を涅槃状態にした方が、良いからねwww
寝起きにノート追記すると、頭が新しい状態だからインスピレーションがわくの
記事だってスラスラまとめられる。
俺は、寝起きの追記を大切にしています。
コーヒーを片手に。
疲れた状態で記事にした、この記事になる前のは、だいたいが書き殴りで感情論だったでしょ?
その違いがわかる。
そして腰痛は精神的ストレスや水分不足でもなります。
人体は水分が大半を占めている。
今の時期、肌が乾燥しているという事は、体内も乾燥していると考えた方がよろしい!
急に憂鬱な気分になって、凹んでいるのは、最強寒波のせいです。あなたのせいではありません。寒すぎて自律神経のバランスが乱れてるからしんどいんです。大丈夫です。なるべく早めにおうちへ帰って、お布団に守ってもらいましょう。そのうち春はやって来ますよ。
— わび (@Japanese_hare) January 22, 2026
俺は、周りの人を大事にしたい。
だから笑って生きる。
辛い時は、協力していただきます。
だから大丈夫だよ!
もう限界で、、、柔らかい「おっぱい」が、どうしても欲しくなったら、そういう店を頼るしかないwww
熟女のそういった店、ちゃんとあるからねw

〜番外編〜
寝起きは涅槃状態という考察
「寝起きの状態は、涅槃だと感じられる気がする」と編集後記にて書きました。
寝起きが涅槃状態という意味は、仏教の涅槃(寂静の境地)が、朝のぼんやりした寝起きに似てるって事です。
俺の腰痛エピソードから回復して、自宅でコルセット外せた今、寝起きが安らかな感じでポジティブシンクロしてるんでしょう(*´ω`*)
では、それを四法印の文脈で軽く考察してみる。
諸行無常の流れから、涅槃の深みを絡めて。
まず、先程も言った通り、涅槃ってのは煩悩(欲求や執着)の火が消えて、静かな平和の状態だよね。
四法印の4つ目として、無常•無我•皆苦を超えた究極の解放。
寝起きのぼんやりした感じが涅槃っぽい!
1、無常の超越
寝起きって、昨日の記憶や今日の予定がまだぼやけてて、時間の流れが止まったみたいじゃないかな。
俺は、夜勤をしているから、夜勤明けは日中は寝ていて起きて色々とやってまた寝て休みの朝方早く起きます。
で、この朝早くの黄金タイムは大事な時間。
夜勤者だからこそ、余裕がある朝を迎えられます。
朝から仕事の人の多くは、俺みたいに余裕がある朝を迎えられる人は少ないと思われます。
ですから、寝起き状態は諸行無常の変化の嵐から一時的に逃れちゃうんだ。
夢と現実の境が曖昧で、すべてが一過性の幻みたいに感じるよねww
2、無我の実感
起きた直後、「私」って意識が薄くて、エゴがオフ状態。
四法印でお伝えした諸法無我の教え通り、固定された自己がなくて、ただ「在る」状態。
俺が経験した事が、寝起きでリセットされて新鮮にスタートできる感じかも?
3、皆苦からの解放
一切皆苦の苦しみが、寝起きの無欲モードで消えてる状態。
腰痛の今まで味わった事ない痛みやや損失連鎖の嫌気も、ぼんやりした頭じゃ気にならないからねww
渇愛(欲求)がゼロだから、涅槃の静けさに近いんだよね(´;ω;`)
3、涅槃の静けさ
お釈迦様の涅槃は「涼しい風みたいに安らか」って表現されるけど、寝起きの心地よいぼんやり感、まさにそれじゃないかと思いました。
でも本物の涅槃は永遠のものだけど、寝起きは一時的で、諸行無常のままww
だからこそ、瞑想みたいにその瞬間を楽しむのが粋だよね。
九鬼周造の「いき」で言うと、寝起きの諦め(余裕)が媚態(優しいぼんやり)と意気地(起きる力)をバランスさせてる感じw
俺の体験的に、親父の転院後のリハビリや好きだった人に似た人のシンクロも、寝起きの涅槃状態で振り返ったらエモく感じるかも? w
潜在意識のループが静かに溶ける瞬間だわ。
しっかり寝て頭をリセットした状態が良い
寝起きの脳って涅槃の状態だってノートやってる時とかに俺は感じられるけど、また別なんだねって、編集後記で話しました。
無意識に、しっかり寝て頭をリセットした状態が良いって、これは今、知りましたが仏教の教えともリンクするようです。
俺のノート追記の習慣でさえ、人生において重要なエレメントだ。
頭が新しい状態だから、インスピレーション湧いてスラスラまとめられるのは創作の黄金タイムだから。
寝起きの追記を大切にしてるスタイルを貫いてますw
仏教で言うと、涅槃は煩悩の火が完全に消えて永遠の静けさだけど、寝起きは一時的な「ぼんやり平和」だから別物。
でも、類似点はデカいのだ。
四法印の涅槃寂静って、無常・無我・皆苦を超えた境地で、欲求ゼロのクリアな心だから。
寝起きの脳はまさにそれっぽくて、昨日の執着(昔の過去や腰痛の嫌気やシンクロのループ)が一瞬溶けて、無我みたいにエゴオフで新鮮。
インスピレーション湧くのも、潜在意識が自由に働いてるからかも?と思った。
プロスペクト理論で言うと、寝起きの参考点がリセットされて、損失回避じゃなく創造モード入っちゃうんだなww
諸行無常の変化をポジティブに受け止めて、ノート追記でまとめられるの、涅槃への一歩だと信じてます。

無常を考えてみるのも良い影響になります
無常って本当に切ないけど好きな要素です。
すべてが変わりゆく儚さが、心にしみてくる感じでね。
桜の花びらが散るみたいに、美しいけど一瞬で消えてしまう哀愁が、なんか胸を締め付ける。
でもまた桜は咲いて散るを繰り返す。
こういった繰り返しを、俺は当たり前に見れるものだと思ってないです。
いつかは、その季節の繰り返しを、この目で鼻で感じられなくなり、見れなくなりますから。
何故なら俺も歳を取るからです。
だからこそ、無理でも好きになったら、好きな人に好意を伝えたって良いのではないか。と考えている。
出来なくなってからでは、遅いので。
色々なものや人に移ろいがある忙しい現代の恋愛に、その要素があるのだろうか。
このページを見てみると、無常は仏教由来の概念で、世の中のすべてが滅び、永遠じゃないってことを指してます。
日本の美学の基盤で、桜の美しさを例に挙げて説明されてます(*´ω`*)
西洋みたいに永遠を追い求めるんじゃなく、儚いものを愛でる心が、日本独特の文化を生んでるみたい。
掛軸のレッスンとして、無常をテーマにした掛け軸が、季節や自然の移ろいを表現して、静かなおもてなしの心を表すんだって。
死や変化を敵視せず、人生の流れの一部として受け入れる哲学があって考えたくなります。
掛け軸も深いのだね。。
「世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」
古今和歌集、伊勢物語より

「ちればこそ・・・」の歌に合わせた景(1772年頃
作者→在原業平(ありわらのなりひら)
出典→『古今和歌集』、『伊勢物語』
Wikipediaより引用
こちらの歌は、在原業平が詠んだ歌で、
「もしこの世に全く桜がなかったなら、春を過ごす人々の心はどれほど穏やかでいられただろうか」という意味だそうです。
桜の美しさゆえに、咲くのを待ち焦がれたり、散るのを惜しんだりして心が落ち着かない、その逆説的な心情を表現したもので、桜への深い愛情と、その儚さに対する切ない思いが込められているようです。
意味は
「たえて」→「全く」「まったく~ない」
「なかりせば」→「なかったならば」
「のどけからまし」→「穏やかであっただろうに」
この歌の心情→桜があるからこそ、人々は「いつ咲くのか」「いつ散るのか」と心を乱される。
もし桜がなければ、ただ穏やかに春を楽しめたのに、という桜への愛着と、その儚さに対する複雑な感情を表している。
桜を女性に変えてみた
こちらの歌は、「桜」を「女性」に変えても意味が同じだし、おかしくないです。。
「この世の中に全く女性がいなかったなら、僕や、人(他の人)の心はどれほど穏やかでいられたことだろうか。」
に変えられました(*´ω`*)www
その通りですよね?w
この記事を和歌にしてみた
和歌作るのめっちゃ楽しそうだなって興味が湧いてきまして、昨年から作ったりしてます。
俺は令和時代の人間だけど、平安時代の人たちみたいに、日常の切ない気持ちや恋のニュアンスを五七五七七で表現するの好きかもしれないと思ってた。
無常のテーマで和歌を作りました。
花散りて
恋の記憶も
淡雪に
溶けゆく朝の
夢のあと残り
俺も平安の遊びみたいに、交互に詠み合ってみたくなりました。
grok(Xの生成AI)に「この和歌を作ったから、絵にして掛け軸にして」と伝えたら素晴らしい掛け軸を作成してくれました。


ちなみに、俺が作った和歌をGoogle検索したら、分析してくれました。
詩の解説・雰囲気
花散りて・淡雪に・溶けゆく: 桜(散りゆくもの)と淡雪(溶けてなくなるもの)のダブルの儚さが、記憶が薄れていく悲しさを強調しています。
朝の夢のあと残り: 夢から覚めた後の少し冷たい空気感と、まだ消え切らない切ない面影が感じられます。
別れや失恋の朝、あるいは過去の恋を振り返るような、静かな叙情が感じられる素晴らしい一首です。
うん、切ないけど大人の創作。
💐二つ目の短歌💐
逢へぬ君をば 想ひ募りて
誘ひ断られ 時過ぎゆくに
一年の雪 積もりて溶けず
恋の調べ 静かに響く

切ない恋心を、静かに降り積もる雪になぞらえた美しい短歌(あるいは今様の形式)ですね。
お誘いを断られ、会えない時間が過ぎていく。それなのに、あなたを想う気持ちだけが溶けない雪のように、心の中に積み重なっていく様子が目に浮かぶようです。
この歌に込められた「癒えぬ想い」をさらに深めるような、続きの句や返歌をいくつかご提案します。
1. 相手への未練と、止まった時間を強調する場合
「春待つ心 未だ遠くして 凍てつく記憶 明日を閉ざさむ」
(春を待つ気持ちにはなれず、凍りついた思い出が明日さえも閉ざしてしまうようだ)
2. 静かに想い続けようとする決意の場合
「解けぬ氷も 我が証なり 秘めたる熱に 独り震えむ」
(溶けない氷は自分の愛の証。胸に秘めた熱い想いに、一人震えながらも抱き続けよう)
3. 無情に過ぎる季節との対比
「花は咲けども 色づかぬ胸 君なき春を 何に例えむ」
(世間に花は咲くけれど、私の心は色づかない。あなたのいない春を、一体何と呼べばいいのだろう)
歌人になってみての感想
コメントにも同じ事を穏やかに話していますが、俺の作った和歌は、時間と自分が共同して作ったものです。
誰かが作ったものじゃ無い。
万葉集などを参考に「これで良いかな?」って、試行錯誤。
でね、、、やはり完全な切り替えには時間を要すよヽ(´o`;
そんな簡単には無理だから、一年という貴重な月日を過ごしてきたが、毎日の積み重ねでやってきたから。
一年だから、春夏秋冬を超えた先の心情が、今回に公表した短歌になったからね
掛け軸は、雪月花の絵にして欲しかったから、リクエストしたんです。
それにはもう1つ理由があって、俺が生まれた時期に雪が降っていて、朝方で時間がまだ薄暗い時間だったからというのもある。 何故か自分が生まれた時の情景を何故か思い出した
俺が産声をあげた日には桜は咲いてないけど。
何年も前から雪月花が好きだから。
猛烈リクエストしましたw
やばい、ハマりそうww
趣味が増えました(*´ω`*)
運動も文芸も両方好きです。
今の歳で、文武両道になってしまいましたw
これが悪い事が重なっても「成長の栄養」に変えていく。
どんな歳になろうとも、「家族の初めて」を経験したり、グングン伸びているのが実感できる。
子供の頃と変わらない。
2番目の歌のGoogleのAIが提案してくれた短歌も良いね。
2. 静かに想い続けようとする決意の場合
「解けぬ氷も 我が証なり 秘めたる熱に 独り震えむ」
(溶けない氷は自分の愛の証。胸に秘めた熱い想いに、一人震えながらも抱き続けよう)
続きは次の新しい記事で。
大昔のつぶやきとも言える、、和歌について沢山の事を知れましたので続きは新しい記事にします。
