見出し画像

「もう産めない私が、自分の体に『ありがとう』と言えた日」

私は長い間、子どもに恵まれず
不妊治療に向き合ってきました。

そして体外受精で、やっと授かった命。

けれどその道のりは、
決して平坦ではありませんでした。


入院が必要なほどのつわり。

臨月に入ってすぐ、妊娠高血圧で再び入院。

分娩誘発を4日間続けても産まれず、
最終的には帝王切開での出産となりました。

こうして迎えた、我が子の誕生日。

手術室に響いた産声は、
今でも忘れられない大切な記憶です。

けれど、試練はそこで終わりませんでした。



出産後の大出血。

自分の命を守るため、私はその日
子宮の機能を失いました。

正確に言えば、
子宮そのものは体の中に残っています。

でも、もう命を宿すことはできません。

仮に高度な医療の力を借りて
再び妊娠できたとしても、
無事に育つ可能性は非常に低いこと。

出産時再び大出血を起こし、今度こそ
子宮を摘出する前提での出産になること。

医師から告げられるのは、

受け入れるにはあまりにも
つらい現実ばかりでした。

 

それでも私は思ってしまうのです。

“また赤ちゃんをこの腕に抱きたい”

“我が子に、きょうだいをつくってあげたい”

ー「どうして自分だけ?」

同じように不妊治療をしていた友人たちの中で、
その可能性を失ったのは私だけでした。

みんなには“選択できる未来”があるのに、
私にはそれすら残されていない。

今でも、友人や同僚の妊娠・出産の報告や、
街で見かける妊婦さんの姿に、
胸が締め付けられることがあります。

「産まない」と「産めない」は、まったく違う。

本来ならまだ望めるはずの年齢なのに、

それが叶わない現実。

助産師だから、自分がどれだけのリスクを
背負っているかも客観的みれば分かる。

そんな頭と心がバラバラの私が
ある日、一つの記事を見つけました。

それは
「自分の体に話しかける」ということ



たとえば、自分の足に

「今日も支えてくれてありがとう」
と声をかける。

お腹に手を当てて
「今日は優しいものがいいかな」と気遣う。

自分の体を、大切な家族や友人のように
扱ってみる。

この考えに触れたとき、私は気づきました。

自分の子宮を、
どこか“使い捨て”のように考えていたことに。

「産めるなら、それでいい」
「次産めたら、無くなってもいい」

そんなふうに思っていた自分に。

でも私の子宮は、

長い不妊治療を一緒に乗り越え、

最後の最後まで、
我が子を守り抜いてくれた存在です。

まるで、ずっと戦ってくれていた“相棒”のような存在でした。

そんな相棒を使い捨てのように考えていた。

それではあまりにも私の子宮が報われない。

そのことに気づいたとき、
私は初めて、子宮にこう声をかけました。

「本当に今までありがとう。
もう、痛い思いはさせないからね」

「あなたと、これからも生きていく」


今でも、

「もう産めない」
という現実を完全に
受け入れられたわけではありません。

それでも、

大切な我が子に出会わせてくれた
この体とともに
これからも生きていこう。

そう思えるようになりました。


もし今、
つらい現実に向き合っている方がいたら。

不妊治療に悩んでいる方がいたら。

どうか一度、
自分の心や体に、
そっと手を当ててみてください。


そして、やさしく声をかけてあげてください。

あなたが大切にしているものに、
気づくきっかけになるかもしれません。


同じように悩んでいる方に届いたら


嬉しいです。


最後までありがとうございました。


いいなと思ったら応援しよう!

-空色ママ-「助産師が、母になって初めて知ったこと」 メンタルケアは”フィジカルケア”から🫶 「整えて、温める」を大切に、自分の体と時間を大切にできる場所。ママや妊活女性向けケアサロンを作ることを夢見ています🥹その準備資金とさせていただきます🙏🧡