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試作版『アンの生涯』2

第一部 赤毛のアン

第2章 赤毛の少女、グリーン・ゲイブルズへ


馬車はゆるやかな坂を上り、木立の間から緑の切妻屋根が見えた。
「まあ……」
アンは息をのんだ。
それは決して豪華な家ではない。
だが、整然とした畑と庭に囲まれ、白い壁は午後の光を受けて穏やかに輝いていた。
窓は清潔に磨かれ、家全体が静かな秩序の中にあることが一目で分かる。
「あれが、グリーン・ゲイブルズですか?」
マシュウは小さくうなずいた。
アンの胸は高鳴っていた。
歓喜の白路、輝く湖水。
その美しい景色の先にある家が、もし自分の居場所になるのなら――
そう思うだけで、息が詰まりそうだった。
馬車が止まると、玄関の戸が開いた。
マリラ・カスバートが、まっすぐな姿勢で立っていた。
灰色の目は鋭く、無駄のない動きで階段を下りてくる。
彼女は、まず馬を見、次にマシュウを見た。
そして最後に、アンに目を止めた。
その瞬間、空気が変わった。
「マシュウ」
声は低く、抑えられていた。
「その子は?」
「孤児院の子だ」
「男の子ではなかったの?」
問いは静かだったが、明確だった。
アンは二人の会話を理解した。
顔から血の気が引き、細い指がぎゅっと組まれる。
「わたし……アン・シャーリーです」
精一杯、はっきりと名乗る。
マリラは少女を観察した。
痩せている。
そばかす。
赤毛。
これは明らかに手違いだ。
自分たちが頼んだのは、農作業を手伝える少年だった。
家の事情は現実的で、切実だった。
「中へ入りなさい」
口から出た言葉は、思ったよりも冷たくはなかった。
台所に入ると、アンは緊張した面持ちで椅子に腰かけた。
きちんと磨かれた床、整然と並ぶ食器棚。
そのすべてが、彼女にとっては眩しいほど整った世界だった。
マリラは事情を確認した。
孤児院との手紙のやり取り。
希望条件。
話はすぐに明らかになった。
孤児院側の誤解である。
「申し訳ないけれど、私たちは男の子を頼んだのです」
その言葉が落ちる。
アンの瞳から光が消えた。
「……そうなんですね」
小さく、しかしはっきりとした声だった。
「わたし、戻るんですね」
その言葉に、涙はまだない。
だが、諦めがあった。
「慣れています。
いらないって言われるのは」
マリラの胸に、わずかな違和感が生まれた。
この子は、わめきもしない。
責めもしない。
ただ、受け入れようとしている。
アンは突然、顔を覆った。
「でも……『歓喜の白路』と『輝く湖水』は、本当にきれいでした」
涙がこぼれ落ちる。
「ほんの少しでも、ここにいられたことが、うれしかったんです」
その言葉は、抗議ではなかった。
ただ純粋な感情だった。
マリラは窓の外を見た。
畑は静かに広がり、夕方の光が差し込み始めている。
正しい判断は明白だ。
だが、この赤毛の少女を即座に送り返すことが、なぜか心に重くのしかかった。
マシュウは、壁際で静かに立っている。
口は開かない。
だが、彼の沈黙には、微かな反対の色がにじんでいた。
「……今夜だけ、ここにいなさい」
マリラはゆっくりと言った。
「明日、改めて孤児院へ連絡します」
アンは顔を上げた。
涙に濡れた瞳が、大きく開かれる。
「本当ですか?」
その声には、信じがたい喜びが宿っていた。
「一晩だけです」
マリラは強調した。
だが、その瞬間、彼女自身も気づいていなかった。
秩序だった生活に、すでに小さな亀裂が入っていることを。
夕暮れの光が台所を染める。
赤毛はその光を受け、鮮やかに燃えるようだった。
グリーン・ゲイブルズは、
まだ知らない。
この「手違い」が、やがてこの家を変えていくことを。

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