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試作版 大正モダンタイムス 夢の跡に見た夢



第四章 崩れる都


第二十話 その日、空は静かだった


 大正十二年九月一日。
 空は、異様なほど穏やかだった。
 東京は、
 何事もないかのように、
 午前を迎えていた。
 人々は、
 昼餉の支度をし、
 店を開け、
 原稿を書き、
 詩を推敲していた。
 誰も、時代が終わる音を、
 聞き取る準備をしていなかった。

第二十一話 揺れ


 揺れは、
 警告の形をとらなかった。
 それは、
 躊躇のない力だった。
 地面が、
 思想を持ったかのように、
 都市を拒絶した。
 建物は、
 理屈を失い、
 人間の設計思想を、
 あざ笑うように倒れた。
 文明は、
 その重さの分だけ、
 脆かった。

第二十二話 火


 火は、
 地震の後から、
 静かに、しかし確実に、
 やって来た。
 家々は、
 燃えるために建っていたかのよう    に、
 炎を受け入れた。
 逃げ場は、
 なかった。
 川は、
 命を救うには狭すぎ、
 橋は、
 人を通すには脆すぎた。

第二十三話 作家たちの午後


 芥川龍之介は、
 崩れた家の前で、
 立ち尽くしていた。
 彼は、
 この光景を、
 どの文体で書けばよいのか、
 即座に判断できなかった。
 それは、
 彼にとって、
 初めてのことだった。
 菊池寛は、
 即座に動いた。
 人を集め、
 情報を繋ぎ、
 混乱を整理しようとした。
 彼は、
 破壊の中でも、
 組織する人間だった。
 佐藤春夫は、
 言葉を失った。
 美は、
 この瞬間、
 無力だった。

第二十四話 群衆


 群衆は、
 理性を失うのではない。
 恐怖を、
 正当化する物語を、
 求める。
 噂は、
 事実よりも速く、
 燃え広がった。
 都市は、
 外敵を必要とした。
 そして、
 弱い場所に、
 その影を落とした。

第二十五話 思想の瓦礫


 これまで、
 進歩を信じていた者たちは、
 言葉を失った。
 文明は、
 人間を守るために、
 存在しているはずだった。
 だが、
 その文明が、
 一瞬で人を殺した。
 大正は、
 ここで、
 自らの前提を失った。

第二十六話 夜


 夜は、
 いつもより、
 早く訪れた。
 炎が、
 昼と夜の境界を、
 消し去った。
 誰もが、
 自分の言葉を、
 持てなくなった。
 叫びも、
 祈りも、
 同じ音に溶けた。

第二十七話 生き残った者たち


 生き残った者たちは、
 安堵しなかった。
 生き残ったという事実そのものが、
 重荷だった。
 なぜ自分は生き、
 なぜ隣人は死んだのか。
 この問いは、
 誰にも答えられなかった。

第二十八話 静寂


 数日後、
 東京は、
 信じられないほど、
 静かになった。
 音が、
 文明から、
 剥奪された。
 瓦礫の間を、
 風だけが通った。
 それは、
 都市が、
 一度、自然に戻った瞬間だった。
               続く

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