試作版 大正モダンタイムス 夢の跡に見た夢
第四巻 崩れる都
第二十九話 島田清次郎――時代の寵児
島田清次郎は、
時代に選ばれた人間だった。
少なくとも、
彼自身は、
そう信じて疑わなかった。
若く、
饒舌で、
自信に満ち、
自らを語る言葉を、
惜しまなかった。
彼の小説は、
文学というより、
宣言だった。
私は、ここにいる。
私は、特別だ。
大正という時代は、
その宣言を、
歓迎した。
第三十話 喝采という麻薬
島田は、
喝采に酔った。
酔わない人間など、
いない。
だが彼は、
酔いから覚めることを、
拒んだ。
批評は、
嫉妬に見えた。
忠告は、
足を引く行為に思えた。
彼は、
文学の世界に、
敵と味方しか、
見なくなった。
島田の言葉は、
次第に、
自分自身を、
説得するためのものになっていった。
それは、
創作ではなかった。
自己確認だった。
第三十一話 孤立
菊池寛は、
島田から、
静かに距離を取った。
彼は、
組織の人間だった。
才能よりも、
持続を重んじた。
島田は、
持続するための、
沈黙を持たなかった。
芥川龍之介は、
島田を、
最初から、
危うい存在として見ていた。
だが、
それを言葉にすることは、
しなかった。
時代は、
島田の側にあった。
第三十二話 震災後
関東大震災は、
島田の運命を、
決定的に変えた。
混乱の中で、
彼の過剰さは、
もはや、
魅力ではなくなった。
時代は、
雄弁な人間を、
必要としなくなった。
耐える人間を、
必要とした。
島田は、
沈黙できなかった。
悲劇の前でも、
彼は、
語ろうとした。
それは、
時代にとって、
不適切だった。
第三十三話 転落
仕事は、
次第に、
来なくなった。
人は、
集まらなくなった。
島田は、
理由を、
自分の中に、
見出せなかった。
彼は、
最後まで、
自分が、
時代に裏切られたと、
信じた。
だが、
時代は、
裏切らない。
ただ、選ばなくなるだけだ。
第三十四話 孤独な終盤
島田清次郎は、
自分が、
かつて何者だったのかを、
語ることで、
生き延びようとした。
だが、
語り手を失った物語は、
ただの独白である。
彼は、
最後まで、
自分の才能を、
疑わなかった。
それは、
彼の強さであり、
同時に、
彼を救えなかった理由だった。
続く
