試作版 大正モダンタイムス 夢の跡にみた夢
第二章 短歌という魔術
第五話 与謝野晶子――燃える言葉
与謝野晶子は、常に「時代よりも先に燃えていた」。
それは彼女の才能であり、同時に彼女の宿命でもあった。
世間は、彼女を「女流歌人」と呼んだ。
だが晶子自身は、その呼び名を一度も内面化しなかった。
女であることは条件であって、制限ではなかったからである。
彼女は言葉を、装飾としてではなく、武器として用いた。
それも、磨き上げた短剣ではない。
燃えさかる鉄を、むき出しのまま掴むような言葉だった。
――やは肌のあつき血汐にふれも見で
――さびしからずや道を説く君
この一首が世に出たとき、
多くの者は、それを「恋の歌」として消費した。
だが本質は、恋ではなかった。
これは宣言だった。
生を肯定する宣言である。
彼女は、思想より先に、生きていた。
大正に入っても、晶子の炎は衰えなかった。
むしろ、社会が彼女に追いつこうとしたぶん、
彼女はさらに先へ走った。
母となり、妻となり、
それでもなお、詩人であることをやめなかった。
否、
母となったからこそ、より強く詩人であろうとした。
子を産むことと、書くこと。
世間はそれを対立させたが、
晶子は、それらを同じ線上に置いた。
「どちらも、生むことです」
彼女は、静かにそう言ったという。
若山牧水は、晶子の前では、いつも少しだけ言葉を選んだ。
酒と歌を愛する彼でさえ、
晶子の言葉の温度には、酔いきれなかった。
「あなたは、強すぎる」
ある夜、牧水はそう呟いた。
晶子は笑った。
「いいえ。私は、怖がらないだけです」
牧水は、その言葉を否定できなかった。
彼は、生を愛したが、生と闘うことはしなかった。
晶子は違った。
彼女は、生と正面から組み合い、
倒れることを恐れなかった。
男たちは、しばしば晶子を「危険」だと言った。
女がここまで語ってはならない、と。
だが彼女は、そうした視線を、
ことさらに敵視することもしなかった。
彼女にとって、
最も耐えがたいのは、無視だった。
沈黙は、敗北だった。
だから彼女は、書き続けた。
恋を書き、母性を書き、戦争を書き、
女であることの怒りを書いた。
日露戦争に際して詠まれた
――君死にたまふことなかれ
は、
晶子という存在を、詩人から「事件」へと変えた。
国家と、個人。
命令と、感情。
晶子は、どちらの側にも立たなかった。
彼女は、命の側に立った。
菊池寛は、与謝野晶子を尊敬していた。
同時に、畏れてもいた。
彼女の言葉は、制度に収まらない。
編集も、調整も、妥協も拒む。
だが菊池は理解していた。
こうした存在がなければ、
文学はただの職業になる。
晶子は、
文学が「生存そのもの」だった最後の世代の象徴だった。
佐藤春夫は、晶子の前では、
いつも自分の慎重さを意識させられた。
彼女は、ためらわない。
躊躇を、才能の名で正当化しない。
春夫は、晶子を恐れ、
同時に、深く敬愛していた。
彼女は、
「書くことに理由を求めない人」だった。
時代が揺らぎ始めても、
晶子の炎は消えなかった。
貧困、思想の対立。
それらは彼女の言葉を鈍らせるどころか、
より鋭くした。
老いが近づいても、
彼女は沈黙を選ばなかった。
燃え尽きることを、
最初から覚悟していたからである。
与謝野晶子は、
文学によって救われることを、望まなかった。
彼女は、
文学を、救う側に置いた。
それが、彼女の強さであり、
彼女の孤独だった。
だが、その炎は、
後に続く者たちのための、
確かな灯であった。
続く
