三都タヌキ物語
東京では揚げ玉が載ったそばを「タヌキそば」と呼んでいます。大阪のタヌキは、東京で言うところの「キツネそば」です。そして、京都のタヌキは、刻んだ油揚げの餡かけです。
なぜタヌキという名称なのか、また、東京、大阪、京都でタヌキそばが違うのはなぜなのか? 今週は、そば好きが深く考えもせずに受け入れている「タヌキそば」の謎を、サクっと妄想します。

天麩羅
タヌキそばを妄想するに当たり、天麩羅を無視するわけにはいきません。しかし、本稿では天麩羅の素性については触れません。それは来月のお楽しみとしておきます。ここでは天麩羅の衣についてのお話です。
現在、一般的に、天麩羅には薄力粉が使われます。サクサクと軽い食感に揚がるからです。もし中力粉や強力粉で揚げると、ガチガチだったり、油切れが悪いモチモチ食感になるかも知れません。

うどん粉とメリケン粉
明治時代末までは精紛技術が未熟なため、国産小麦粉は薄力粉・中力粉・強力粉という区別がありませんでした。
しかし、明治になってから輸入されるようになった、アメリカ産小麦粉は製粉技術が優れていたので、薄力粉、中力粉、強力粉と、特性に合わせて区別しました。ちなみに、商品名は小麦粉ではなく、「メリケン粉」でした。メリケンとは「アメリカン」のことです。
一方で、国産小麦粉には薄力粉などの区別がなく「うどん粉」と呼ばれ、世間的にはメリケン粉よりも劣るという認識でした。
大正時代になると、製粉技術が発達し、国産小麦粉にも薄力粉、中力粉、強力粉の区別ができます。

蕎麦屋の天麩羅
前掲のように、江戸時代から大正時代までの国産小麦粉は、製粉技術が未熟だったために品質が悪く、現在の天麩羅よりもモチモチだったりガチガチだったりしがちでした。 当然、蕎麦屋の天麩羅もそうでしたが、温蕎麦の出汁に浮かべるのなら、それは利点でした。
温そばの出汁に浮かべると、ガチガチに硬い天麩羅もふやけて柔らかくなります。モチモチの天麩羅はほぐれて食べやすくなります。また、天麩羅屋の天つゆに比べると、かけそばの出汁は格段に薄味です。飲めるぐらいですからね。ですから、天麩羅の衣が出汁を吸って、天麩羅全体に出汁の味が回れば、薄味でも満足してもらえたのです。
そのために、そば屋の天麩羅は、わざとポッテリと厚くて、モチモチとした衣に揚げました。華を咲かすように追い衣を打つのはそのためです。

江戸タヌキ
天麩羅は江戸で大流行しました。それは間違いないのですが、どちらかと言えば高価な料理でした。それに比べて蕎麦は安価な料理です。庶民に人気だったのは味もさることながら、比較的低価格だったからです。
大流行した天麩羅がそばに載ったのは当然のことでしたが、どうしても価格は上がります。そこで、天麩羅の中身(タネ)を抜いて、ポッテリした衣だけの天麩羅を載せるそばが登場しました。大きさはタネ入りの天麩羅と同程度です。これが「タネ抜きそば」と呼ばれ、後に「タ抜きそば」になりました。

東京タヌキ
その後、明治時代に駅そばや立ち食いそば等、スピード重視の蕎麦屋が登場し、揚げ玉(天カス)を載せるタヌキが考案されたのだと推測します。お店側にとっては、天麩羅の副産物で、取り置いておける揚げ玉は手間もお金もかからないので、元々のタネ抜き(衣だけの天ぷら)を駆逐して東京タヌキのスタンダードになりました。

京阪の天ぷら
現在の天麩羅が大流行したのは江戸ですが、京阪にはそれとは別に「天ぷら」という名称の揚げ物がありました。それは魚のすり身を揚げる料理で、関東では「つけ揚げ」「さつま揚げ」と呼ばれる、揚げ蒲鉾です。京阪では平天、角天、ごぼ天(牛蒡天)など、おでん種にするような揚げ蒲鉾を現在も「天ぷら」と呼びます。

江戸の天麩羅
江戸で大流行した「天麩羅」は京阪にも伝えられたのですが、前掲のように、京阪にはすでに「天ぷら」がありました。さて、京阪の人達はどうしたでしょうか? 正解は、 江戸から来たものも「てんぷら」と呼んだのです。近頃は曖昧になっていますが、昔の関西人は江戸の「てんぷら」と京阪の「てんぷら」をイントネーションで呼び分けていたように思います。

天ぷらうどん
京阪には、すり身の天ぷらを載せる うどん(そば)はなかったので、江戸から天麩羅うどん(そば)が入った時は、そのまま「天ぷらうどん(そば)」の名称を受け入れました。しかし、タヌキは違います。

大阪タヌキ
東京から揚げ玉タヌキうどん(そば)が京阪に入ったのは明治になってからで、大阪ではすでに きつねうどんの蕎麦バージョンを「タヌキ」と呼んでいました。そこで東京タヌキを「ハイカラそば(うどん)」と呼びました。
それは、先に京阪にあった すり身の「天ぷら」ではなく、後から来た天麩羅を「ハイカラ」だと言ったのです。
尚、後々大阪では天カス(揚げ玉)は無料で好きなだけ食べられるようになります。そのため、天カスバージョンのハイカラは、素うどん→セルフ・ハイカラという店も多かったので、メニューにわざわざ「ハイカラ」と書く店はあまりありませんでした。

京の餡かけ
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
