見出し画像

エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第四話 明かされた秘密

4  明らかにされた秘密

 翌日の昼休みの杏樹の席の周りには、人だかりができていた。

「すごい、かわいい! もらっていいの?」
「うん。昨日、母が焼いてくれたクッキーなの。たくさんあるから食べてもらえると嬉しい」

 昨日の夜、父と母と三人でラッピングしたクッキーが、机の上に並んでいた。

 アイシングを施したクッキーは、アクセサリーにしてもいいくらいに美しかったし、母の手の込んだアイシングは、表情豊かなクマちゃんだったので、みんなが歓声を上げるのも納得だった。

「杏樹のお母さんって、お料理教室の先生なんだよね。うちのママも通いたいって言ってたよ」
「すごい、オシャレなママじゃん。だから杏樹に前もらったケーキもおいしかったんだ」
「確か杏樹のお父さんは高校の先生でしょう?」
「だから杏樹は頭もいいんだね。いい遺伝子受け継いでて羨ましい」

 みんなが口々に杏樹を褒め称えた。

 でも、そんな声の後ろから悪意のある言葉が飛んだ。

「親の七光りで友達つろうとか、やることあざとくない?」

 その声に、教室が一瞬にして静まりかえった。

 声の主は沙也佳。杏樹にとっては、親戚にあたる子だった。

 沙也佳はみんなの視線にさらされても、怖じ気づく様子もなく、人垣の間から杏樹のことを冷めた目で見ていた。

「ちょっと、沙也佳。杏樹ちゃんとは親戚なんでしょ。なんでそんな意地悪いうの?」

 沙也佳の周りにいる友達たちが、悪くなった空気に耐えかねた様子で言った。
 だが、当の沙也佳は素知らぬ顔で続ける。

「意地悪じゃないじゃん。事実でしょ。みんなも薄々思ってることをわたしが代わりに言っただけ」

 そんな沙也佳の挑発的な物言いに、誰もが口をつぐんで反論しようとはしなかった。
 
 やっぱり、わたし個人を好きで友達になってくれた人はいなかったんだね……。

 杏樹の心の中に、くすぶっていた思いが明らかな事実となって浮かび上がった気がした。

 みんながわたしに近づいてきたのは、東京から引っ越してきたという物珍しさ。
 母が作るお菓子をもらえたり、勉強を教えてもらえるというメリットがあるから。

 杏樹は沙也佳に言い返す言葉もなく、席を立ってその場を離れようとした。

 だが、沙也佳がそれを許さなかった。

「は? 逃げるつもり?」
「…逃げるんじゃないわ。沙也佳ちゃんが、なんでわたしを嫌いなのか分からないけど、自分に悪意を持っている人と一緒にいたくないって気持ちは分かるでしょ?」

 精一杯の気持ちで言ったつもりだった。

 だが沙也佳は杏樹を鼻で笑った。

「悪意? そんなものじゃないわよ。嫌悪よ。あんたなんて、目に入るのも嫌! この嘘つき!!」
「嘘つき?」

 何をもってそんな汚名を着せられるのか、杏樹には全く分からなかった。

「嘘つきってどういうこと?」
「わたしのお母さんはお料理教室の先生で、お父さんは高校の先生です? そんなのあんたの自慢にもならないじゃない!」

 わたしは父と母を自慢には思っているけれど、それをひけらかした覚えはない。

 杏樹が話すよりも前に、みんなの情報網の中ですでに知れ渡っていた事実だった。

 そんなことで嘘つきと言われる覚えはない。

 杏樹の心の中に、沙也佳への憤りが生まれた瞬間だった。

 だが、沙也佳がその怒りすら打ち砕く言葉を吐いた。

「あんたはうちの一族とはなんの関わりもない、捨て子じゃない!」

 杏樹の周りから、一瞬にして音という音が消え失せた。
 誰一人身じろぎすることも、息をのむこともなかった。

 凍り付いた空気。

「捨て子…ってなに?」

 杏樹はかろうじて相手の言葉を繰り返した。

「あんたなんて、誰にも必要とされなかった子なのよ。どこかのバカな女が、十代で妊娠して、困って捨てた子があんたなの。望まれて生まれた子供じゃないのよ。生まれてきて迷惑だった子なの」

 さすがにそこまで言ったとき、周りにいた人間が沙也佳のことを止めた。

「そんなこと言うのやめなよ」
「どうして? 自分の親でもない人間を七光りに利用する女とか、わたしは我慢ならない。それに、おじさんとおばさんは、この女を養子にしたから、自分たちは子どもを持たなかったっていうのよ。この女と自分の子どもに愛情の差を生まないようにって。超迷惑な存在なのよ!」

 杏樹は初めて聞く話に、耳を塞ぎたい思いと、事実を知りたい思いで心が引き裂かれそうだった。

 わたしは、お父さんとお母さんの子どもじゃない?
 産みの母親に捨てられた子ども?

 沙也佳は追い打ちをかけるように最後の言葉を放つ。

「あんたは、いらない子ってこと」

 杏樹は今度こそ耐えられなくなり、教室を飛び出した。

 そしてトイレに飛び込むと、全てを拒絶するように胃の中のものを全て吐き出した。

 後ろを追ってきた友人たちが、そんな杏樹を遠まきに見ていた。

 その中の一人が、杏樹の背中をいたわるように撫でてくれた。

 でも、心は凍り付いたように動かなかった。
 もう心を開くことはできない。
 今は自分の気持ちも抱えきれない。

 杏樹は友達に自分の荷物を教室から持ってきて欲しいとお願いすると、学校から逃げるように出て行ったのだった。 

次へ


いいなと思ったら応援しよう!