エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第一話 エルフのいる庭
1 エルフのいる庭
最初に目に入ったのは、キラキラと輝く日の光だった。
木漏れ日が、自分の頭上に輝いていた。
風にゆっくりと揺れる葉の一枚一枚が、楽しそうに歌い踊っている。
キレイ…
心が洗われて澄み切っていくような開放感。
だが、耳に飛び込んできた声は、そんな気持ちとは正反対の緊張感に満ちたものだった。
「拓人さん、どうしよう! 救急車呼んだ方がいいんじゃない?」
「そうだな…熱中症かもしれないからな」
「でしょう! 熱中症ってバカにできないんだから。ちょっと、わたし氷も持ってくる」
「あ、ちょっと待って。この子、目開けてる!」
そんな会話の直後に、杏樹の目の前に女性の顔が割り込んできた。
かわいらしい、大きな目の女性が、真剣な顔で自分を見下ろしているのを、呆然と見ていた。
「大丈夫? 気持ち悪くない? 頭痛い?」
矢継ぎ早に質問されても、ふわふわした頭の中では意味をなさなかった。
「そんなに急に話しかけられてもびっくりするだろ」
質問ごとに顔が近づいてくる女性の後ろから、男性の声がした。
声の方に視線を送った瞬間、目に入った男性の姿に杏樹の口から言葉が漏れた。
「…エルフ…」
杏樹の言葉に、二人が一瞬きょとんとした顔になる。
だが次の瞬間、二人が笑い声を上げた。
「俺はそんなに美しくないだろう。ただ髪が長いだけ。持ってるのも弓じゃなくて、剪定ばさみだし」
笑った男性が、腰に下げていた剪定ばさみを見せた。
その男性の髪は、腰まで届くほどの長さだった。
女性が杏樹の額にあるタオルを、冷たいものと交換してくれる。
「こんな暑い日にずっと歩いてきたんだね。具合悪くもなっちゃうよ。道に倒れているのを拓人さんが見つけて、この木の下まで運んでくれたの」
そう言われて視線を巡らせると、顔のすぐ横には白い花をつけた小さな葉が生い茂り、空気が震えるたびにさわやかな香りを漂わせていた。
「お水飲める? 起き上がれるかな? ダメならストロー持ってくるよ」
優しい手に支えられ、杏樹はゆっくりと体を起こした。
そして差し出されたグラスの水を口にした。
冷たい水が喉を通り、最後に鼻にぬけるスッキリとしたミントの香りに、思わずため息がもれた。
「ありがとうございました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
杏樹はやっと回り始めた頭で、なんとかお礼を言った。
目の前にいる二人が、とても優しい人たちなのは分かる。
でも、これ以上その優しさに甘えて迷惑をかけてはいけない。
そんな思いで立ち上がろうとしたが、まだふらつく足元に、うまく立ちあがることができなかった。
「まだ休んでなきゃダメだよ」
女性に体を支えられ、杏樹は「ごめんなさい」と小さな声で謝った。
「具合の悪い人間が、他人に気を遣う必要なんてない。もっと自分を甘やかして大切にしないとな」
拓人と呼ばれていた男性が近づくと、ひょいと杏樹を抱き上げた。
「結。店の方に移動して、しっかり休んでもらおう」
「うん。そうだね」
杏樹が声を上げる間もなく、拓人がずんずんと歩いて行く。
「お、お店?」
杏樹の問いに、後ろから着いてきていた女性、結がうなずく。
「うん。ここはハーブカフェ・エルダーの庭だよ」
見渡せば、辺り一面を色とりどりの花が覆うガーデンが広がっていた。
小さな蜂や蝶々が飛び交う、本当にエルフが住んでいそうな庭だった。
その先に、緑の屋根の小さな喫茶店が建っていた。
軒先にランタンが下がり、木のテーブルとイスが並ぶカフェは、夜にはきっと妖精たちがお茶を飲みにくるに違いない。
そんな妄想を駆り立てる幻想的な店だった。
