天雷無妄六三
『易経』の中に「天雷無妄 六三」というのが有る。
そもそも占いなど正しいとは思えないのだが、真夜中に目が覚め、寝付かれなくなると、いろいろと頭の中に呪文のように湧いてしまう。
たかが占いで、吾が一族の命運を替えてしまった。と云うのは大袈裟だが、実際にこの地に呼ばれ、その吉凶を占って決めてしまった。結果的には現在まで約850年間、戦乱に巻き込まれる事無く存続できた。
父が自ら志願して海軍に入ったとき、この戦争は負けると出た。今の地から離れるのは凶と出た。死産のように呼吸もしてなかったのを、父も諦めていたのを、この子は大丈夫だと強引に蘇生法を行い、息を吹き返させられた。
そんな占いとは何なのか、気になって仕方ない。
父の家には「占察」と云う古神道占術が伝えられていた。祖父が僕にだけ伝えるよう母に託していた。指の関節を使い365日を数え、同時に月の満ち欠けを満月から数えたと思う。残念ながら母は新興宗教に入信して、先祖神を祀る祖霊舎を壊し、祖父から学んだ神道は邪教であると禁じられた。
このままでは外道の神道と真言亡国により、長男である僕は早死にをすると言われたそうだ。常々病弱で二十歳までは生きられないと言われていたので、堅く信じて、祖父から教えられた事を捨ててしまった。
母が最も気にしていたことを言われたので、早死にだけは防ぎたいと真剣に活動をし、選挙や寄付や機関誌や新聞の販売契約などにも積極敵だった。祖父亡き後唯一「占察」の出来るのは母だけとなり、遠い親戚が来て頼まれると嫌々占いのようなことを行っていた。その時に数え方を教えられたくらいで、「こんな事をしてたら仏罰でお前が死んでしまう」などと本気で言ってて、占われて出たことの組み合わせなどは、ついに教えられる事は無かった。
祖父は母のことを記憶力が良く、教えた事はすぐに覚えて、しかも神道を継げる能力が有ると言っていたらしい。母の記憶力は異常なくらいで、取引先の電話番号と住所はもちろん、相手の経営者家族の生年月日も、配送をするトラックの運転手の家族さえも覚えていた。70年前はあまり誕生日を祝う習慣も無かったのに、とつぜん自分の子供の誕生日祝いの品を渡され、驚く人もいた。
幼い頃に祖父から教えられたわずかな経験でも、たしかに覚えることが多った。祖父は母に全て伝えて僕に託すと言っていたが、肝心な事を教えずに47歳で亡くなってしまった。口伝と言いながら、祭壇の設え方や祝詞の順などは書いてあった。覚える事が多いなら、絶対に書き付けで残したはずだ。文書の多くを保管してる叔父なら解るはずだが、全く関心がない。
父が志願して海軍に入ったとき、祖父が占ったら大きな戦争になり5年で負けて焼け野原になると出たそうだ。必死に引き戻そうとしたが、退役も出来ずに真珠湾攻撃になった。
後に花山派神道の古神道を継ぐ人が、戦前と戦中に占った結果、同じ様に負けると出たらしい。これは後に秘され、戦後まで語られることは無かったそうだ。古神道系を継いだと言ってた人から聞いたので、本当の事なのかは不明だが。どの様な手法で占ったのかは解らない。
四国に残る蘇我氏派の古神道にも、占いの方法があって、同じ様な結果になったと聞いた。大臣氏派も中臣氏派も大差ないようだ。
幾ら調べても、各派古神道の占い法は解らなかった。母に教えた内容も書くことは禁止され、記憶をするように何度も教えられた。指関節から日数を数え、指から月を、それだけを頼りに、平安期以前までのむかしの占術を調べた。結果、真言密教教学の大家であり、高野山大学の教授森田龍僊氏の真言密教や妙見信仰、氏の著書『密教占星法』までがやっとだった。
旧暦で占うと云うのも矛盾を感じる。平安の頃から旧暦は5回の編纂がおこなわれた。何処の時点の旧暦が正しい対象なのか、平安時代の旧暦で見れば、現在とは全く違う。今で言う旧暦は、天保暦で太陰太陽暦のことだ。
日蓮の宿曜法占術の二十八宿と、真言密教の二十七宿の違いも分からなかった。日蓮は仏教の中でも法華経のみを選び、他宗を批判し、神道を外道としていたのに、吉田神道を学び、二十八宿の占いなどあったようで面白い。真言宗にしても、二十七宿を使った占いは残ってる。即身成仏の思想からすれば、占いは必要だったのかと思うのだが、神仏習合という空海の教えからすれば、自然界の運行や産土神を観る事は有りなのか。
同時に後の中国思想、儒教の基礎教学の四書五経の中、『易経』などは日本の占術に大きな影響があり、筮竹での占い『易経』も興味を惹いた。
筮竹での易者に占ってもらったら、通常は2回同じ事を占ってはいけないそうだが、公私2回とも同じ結果「天雷無妄 六三」が出た。宿曜教でも似たような結果「星宿」だった。特に『易経』などは、偶然の組み合わせでしか無いと思っていたが、同じになるという確率はどの程度なのだろうか。占法の結果は、この歳になって振り返ると意外と合っていた様に思える。
清廉な性格で常に正しい行いを目指す。人に尊敬され困らない財産を持ち・・・らしい。ただし人に尽くしすぎて、他人は喜び大いな利益になるが、こちらは人のために散財を行い貧しくなる、らしい。
邑人が真面目に一生懸命に働き裕福になり、得られた牛(得られた福)を繋いでおくと、通りかかった旅人がその牛を引いて帰る。旅人は労せず人の富を得られ、邑人は得られた富が簡単に旅人の物になってしまう。他人のための尽力はやり過ぎず、と云う教訓だった様な。
無償で面白がって加工の実験をしたり、赤の他人のロクデナシジジババのパチンコ依存症で、毎回消費者ローンの返済をする事になったり、密かな愉しみに使う予定だったわずかな蓄えも取り上げられた。
秘密にしてにしてた資産も見つかり、管理される事に成った。家の補修や旅行に行くときの費用は言えば出すという。入退院の費用も出すそうだ。が本来の持ち主はこちらのはず。全て子供の管理下に置かれ、わずかな年金だけで慎ましい生活を、死ぬまで続ける事になる。
他人から見ると、全て子ども達が管理し一切の面倒事は処理をする。良い子供に恵まれたと思えるのだろう。隠してたモノが奪われ、あと数年の動けるうちに人生最期の豪遊がしたかったのに・・・、その恨みもあるのか。
まさしく「天雷無妄」だ。人の幸不幸は、当事者で無いと分からない。
禍福倚伏と言うべきか、ドラマ「京都人の密かな愉しみ」で、東雲先生が言ってた禍福糾纆なのか。
あるいは、幸も不幸もさほど変わらないのでは無いか、とも思えてきた。
単なる一方向からの、見えてる側面だけに対する思い込み、捉え方に過ぎず、本体は同一、同じにすぎず心の持ちようなのかも。
なによりも、往く末を占察に頼ろうとする事の方が憐れなり、かな。
などと2時間もムダに過ごした。そろそろノラ君も来るだろう。
行き着く事の無い内省に時間を取られるよりも、指のリハビリを兼ねて文章を書く事に専念しよう。動けなくなるなら、今のうちに写真で自然を写し、絵の方も進めたい。
