子どもを育てているつもりで、親のほうが育てられていた
子どもは、親のものではない。
分かっているつもりでも、いつの間にか
「こうなってほしい」
「もっとこうしてほしい」と、自分の願いを強く押しつけてしまうことがあります。
けれど、子どもを育てていると思っていた私のほうが、実は子どもから多くのことを教えられていました。
先日、富士山の麓で下の息子と過ごす中で、「子は授かりもの、預かりもの」ということを学びました。
親になれば、子どもに幸せになってほしい、なるべく苦労せずに歩んでほしいと願います。
それは、子どもを大切に思っているからこその気持ちです。
ただ、その思いが強くなりすぎると、子どものためと言いながら、親の思い通りにしようとしてしまうことがあります。
子どもには、子どもの人生があります。
親は子どもの人生を決めるのではなく、その子が自分らしく育っていけるように、大切な命をしばらく預かっている存在なのだと思います。
とはいえ、私自身、いつもそうできているわけではありません。
子どもに注意したあとで、
「本当に子どものためだったのだろうか」
「ただ、自分に余裕がなかっただけではないか」
と振り返ることがあります。
また、子どもの姿には、親の心や家庭の空気が映し出されることもあります。
だからこそ、子どもを変えようとする前に、まず自分の関わり方はどうだったのかと考えることも大切なのだと思います。
そして、親が子どもを育てているように見えて、実際には、親のほうが育ててもらっていることもたくさんあります。
これほど誰かを大切に思うこと。
心から幸せを願うこと。
そんな気持ちを教えてくれたのも、子どもの存在でした。
家の中の空気が少し重いときにも、子どもの何気ない一言や、ほがらかな笑い声に救われることがあります。
子どもは、ただ親に守られるだけの存在ではありません。
家族の心を和らげ、親自身を成長させてくれる存在でもあります。
子どもは、親にいちばん近いところで、大切なことを教えてくれる存在なのかもしれません。
子どもを育てているつもりで、実は親のほうが育てられている。
そう思うと、子どもがそばにいてくれる毎日は、決して当たり前ではないように思います。
子どもは、親のものではない。
大切な授かりものであり、預かりものです。
完璧な親にはなれなくても、目の前の子どもから教えられていることに耳を傾けながら、一緒に少しずつ成長していけたら、それでいい。
下の息子と過ごす中で気づいたこのことを、これからも大切にしていきたいと思います。

