深紅の約束 第3話

 三谷さん、上村さん、高田さんの教え方は先生達と違って抜群に分かりやすかった。私がわからないところを中心にして教えてくれているので、分かりやすいのは当たり前なんだけれども。
 久しぶりにしっかりと勉強をしたからか、頭がオーバーヒートしていた。
「・・・さすがに頭の中パンクしそう」
 私がぼそりとつぶやくと、宮村さんも続いてくれた。
「私ももう無理~~~」
「うん、もう時間も遅いし今日はこれで終わりにしようか」
 三谷さんが代表してまとめてくれた。そのまま、三谷さんと上村さんは自販機でジュースを買ってくるねと教室を出ていった。
「ねえ~未来ちゃん私少しは成績上がるかなあ~」
 宮村さんがのんびりとした口調で高田さんと話をしている。私はオーバーヒートしそうな頭で、今日教えてもらった箇所を反復していた。
「うーん、茉莉はもう少し本気出さないと上がらないかも。でも、加藤さんは大丈夫だと思うよ」
「え?」
 高田さんからの言葉に思わず、反応してしまった。
「加藤さんは数学も英語も化学もとっかかりがあれば理解できていたでしょ?一度理解してしまえば、それ以降は応用が効くから」
「そっか。今日教えてもらったのが基礎になるんだ」
「うん。だからあとはその基礎をどうやって使うかってところ。その辺はまた次の時にきっとみんな教えてくれると思う。追試だし、そこまで捻った問題は出ないと思うし」
 高田さんの言葉に安心した。今日も帰ったらこの基礎はちゃんと復習しよう。
「ねえ~未来ちゃん私は?」
 机に突っ伏している状態で、宮村さんため息を吐くように言った。
「うーん茉莉は全体的に基礎が理解できてないし、そもそも理解しようとしてないからまずいかも。よく今回赤点なかったね。しかも苦手教科とかじゃなくて全教科だからヤバイ」
「え~どうしよう」
「ちゃんと真面目に基礎をやりなさい」
「は~い」
 気の抜けた返事をしていた。こういうところがきっと宮村さんのいいところなんだろうなと思う。ムードメーカーというか、人当たりが良い。ちょっとうらやましいなって思う。
 私たちが帰りの準備をしていると、三谷さんと上村さんが戻ってきた。
「さっき、自販機のところに三橋くんと田中くんがいたよ」
 三谷さんが少し楽しそうに言っていた。
「三橋君が、加藤さんが顔面蒼白になっていたって言っていたよ」
「あ、絢ちゃんそれは言っちゃだめでしょ」
「え?」
 私は急速に顔が熱くなるのがわかった。三橋くんに目撃されていたなんて、、めちゃくちゃ恥ずかしい。穴が無くてもどこかに隠れたい。
「・・・恥ずかしい」
 私は顔をカバンで隠した。
「加藤さん、耳まで真っ赤になっている~」
「ちょっと茉莉!」
「えへへ」
 会話が聞こえるけど、恥ずかしくて仕方ない。どうしよう。
「でもね、加藤さんは数学、英語、化学以外はきっちり平均取れているから大丈夫だよ」
 三谷さんがさっき高田さんが言ってくれたことと同じことを言ってくれる。ちょっとうれしい。
「ねえ詩織ちゃん私は~」
「茉莉はダメ。赤点じゃないだけで、全部ギリギリなんだから」
「え~」
 このやり取りもさっきと同じだ。思わず笑ってしまった。
「加藤さんは文系科目が強いね。理系科目もコツをつかめれば大丈夫だと思う」
「そうかなあ。でも今日みんなが教えてくれたおかげでちょっと自信が持てたかも。ありがとう」
 素直に感謝を伸べることができた。
「週末に基礎は反復しておいてね。週明けに少し応用をまた教えるから、それで追試は大丈夫だと思う」
 そうだ。今日は金曜日。つまり明日から土日だった。少し浮かれていたけれども、今週の土日はしっかりと勉強しよう。
「じゃあもう遅いし、帰ろうか」
 三谷さんが買ってきたジュースをみんなに配りながらまとめた。うん、やっぱりリーダーは三谷さんなんだなあ。
「ねえ、加藤さんの事有子ちゃんって呼んでもいい?」
「え?」
 駅に向かう途中、三谷さんの発言にぽかんと返事をしてしまった。
「えっと、せっかく、そのお話するようになったからもっと仲良くしたいなって」
「う、うん。全然大丈夫。むしろ、うれしい」
「じゃあ有子ちゃんって呼ぶね。私の事は詩織で良いよ」
「あ!しーちゃんだけずるい!私も呼ぶね!私は未来で良いよ!」
「私は絢でも絢ちゃんでもなんでもいいからね」
「えーじゃあ私は茉莉様って呼んでほしいな~」
 宮村さんの冗談を聞いて、三谷さんがギロリとにらみを利かせたのが見えた。
「・・・嘘です。茉莉って呼んでほしいです」
 本当にこの4人のパワーバランスは見ていて面白いなって思う。その中に私も混ぜてもらえるのがなんだとても不思議な気分だった。
「みんなありがとう。私のことは有子って呼び捨てで良いからね」
 そんな会話をできるなんて夢にも思っていなかった。青春って素晴らしいなあ。

 朝起きると全身が岩のように固まっていた。テスト明け一発目の練習で身体をいじめ抜くメニューだったのでこの土日はオフになっていた。超回復しろということらしい。大会前なのに大丈夫なのかなという不安と、過去にきちんと実績を残している顧問の言葉だから大丈夫だろうという二つの気持ちが入り混じる。
「う・・ベッドから出るのもしんどい」
 やっとの思いでベッドから這い出て、着替えてリビングに移動した。
休みの日というのに、家族はみんな早くから出かけているらしく、だれもいなかった。
「うーん、テストもあったし、加藤さんとの1件もあったしで最近あわただしかったから、なんだかこんなのんびりするのは久しぶりな気がするなあ」
 朝ごはん兼昼ご飯を食べ、ソファで座っていたら寝落ちしてしまった。気が付いたら夕方になっていて、休みの日を1日無駄にした気がする。
「・・・せっかくだし、公園まで散歩しに行こう。超回復とは言え、多少は身体を動かした方がいいみたいだし」
 全身筋肉痛の身体を何とか起こして僕は公園に向かうことにした。

 昨日家に帰ってからもしっかり復習をして寝たからか、しっかり内容を覚えていた。勉強が楽しいって思えたのは高校に入ってから初めてかもしれない。みた・・じゃないや。詩織ちゃんたちに感謝しないと。
 油断せず、今日も一日勉強しよう。着替えて、朝ごはんを食べにリビングに行ったらお姉ちゃんがだらしない恰好で寝ころんでいた。
「あ~有子おはよう」
「お姉ちゃん、せめてお腹くらい隠してよ」
「いいでしょ、今日はお休みなんだし、少しくらいだらけさせてよ」
「いつも私には厳しいのに」
「うーん有子までだらしなくなったら、いろいろとダメだからに決まっているでしょ」
 お姉ちゃんの言い分はよくわからない。私だってだらだらしたいって思うときがある。
「お姉ちゃんはちょっとずるい」
 私は小さい声で呟いて、朝ごはんを食べた。
朝ごはんを食べた後に、昨日教えてもらったところをまた復習した。大丈夫、昨日教えてもらったところはちゃんと理解できている。ちょっと発展した応用問題だとまだ少しわからないところがあるから、そこは月曜日にみんなに聞いてみよう。
 一通り復習して、お昼を食べようと思ってリビングに行くと、まだお姉ちゃんがゴロゴロしていた。
「・・・お姉ちゃん」
「あら有子、どうしたの」
「もうお昼だけど、まだゴロゴロしているの?」
「有子は勉強していて気が付いていなかったと思うけど、さっきまで動画見ながらヨガをやっていたのよ」
 言われてみると、お姉ちゃんはほんのりと汗をかいていた。これは嘘じゃなくて本当みたいだった。
「そっか、疑ってごめんね」
 お姉ちゃんにきちんと謝った。だらしない恰好でいても、お姉ちゃんは頼りになることが多いから、ちゃんと感謝も伝えたい。
「あ、有子。お母さん達出かけているからお昼は適当に二人で食べてだって」
「うーん。じゃあ簡単に焼きそばでも作るよ。お姉ちゃんの分も」
「ありがとう有子愛しているわ~」
 お姉ちゃんはそのままソファに沈んでいった。まあ、たまにはいいかな。
焼きそばをさっと作ってお姉ちゃんと食べながら学校の話をした。
「お姉ちゃん、私、やっと高校で友達ができた」
「ん?鳴海君だっけ?」
「えっと、女の子の友達」
「あら、よかったわねえ。でも友達が出来ても、テストがボロボロだとよくないわね」
「う・・・でもみんなに教えてもらえたから追試は大丈夫」
「本当かしらね」
 お姉ちゃんは焼きそばを頬張りながら、言ったけれどもそれなら大丈夫って目をしていた。お姉ちゃんは目で表情がわかる。私なんかよりもとってもわかりやすいと思う。
「うん、本当。追試乗り切れば冬休みだし、みんなと遊べたらいいなあ」
「有子は長期休みは引きこもるか私と出かけるかしかなかったもんね」
「うん。だから、友達とお出かけしたいなって思う」
 この願いがきっと叶うと今は思うことができる。まさか、鳴海君と大事なものを交換することでこんな風になるとは夢にも思わなかった。そんな風に思ったらちょっと恥ずかしくなって、私も焼きそばを頬張った。
 お昼を食べた後はさすがに眠くなってしまい、少し横になったら夕方になっていた。少し外出して気分転換をしようと思って、公園に行くことにした。
「お姉ちゃん。ちょっとお散歩行ってくるね」
「はーい、遅くならないようにね~」
 リビングを覗いてお姉ちゃんに声をかけると、返事があった。今度はパソコンに向かって真剣な目で何か作業をしていた。真面目な時はとことん真面目なお姉ちゃん。ちょっとあのギャップはずるいなあって思いながら家を出た。

 公園に到着すると、遊んでいる子供もいなく、閑散としていた。休みの日と言っても、この公園は人が来ないからこそ僕は来ているわけで、いつも通りの状況になんだかしっかり安心した。
 自販機まで足を運び、ドクターペッパーを購入して、ブランコに跨った。たまに、意味もなくブランコに座ってみたくなる時があるけれども、あれはいったい何なんだろう。今がまさにその時だった。
 ドクターペッパーを飲みながら、ぼーっとする。特に何かを考えるでもなく、特に何をするでもなくただただのんびりと過ごした。心のどこかで、加藤さんが来ればいいな、なんて思っていたけれども、そんな願いは叶うはずは。
「ん?」
 思わず声が出た。制服じゃなくて私服姿だけど、加藤さんらしき人が公園に入ってきた。キョロキョロしながらゆっくり入ってくるのが見える。そのまますぐに自販機に向かい、緑色の缶を購入して僕が座っているブランコに近づいてきた。
「あれ?三橋くん」
「こんにちは、加藤さん」
「今日、部活はないの?」
 加藤さんは隣のブランコに座りながら聞いてきた。
「うん。テスト明けの昨日に厳しい練習をしたからこの土日は一度回復期間ってことで休みなんだ」
「そっかあ。陸上部、いつも練習大変そうだなって思って見ていたよ」
「そうだねー。練習は厳しいし、逃げ出したくなる時もあるけどなんだかんだ続けられているんだよね」
「すごいよね。練習もやって、勉強もやって、本当にすごい」
 加藤さんから勉強という話が出てきた。ちょっと聞いていいかどうか迷ったけれども思い切って聞いてみることにした。
「そういえば、加藤さんテスト大丈夫だった・・・?」
「え・・・」
「昨日、三谷さん達に会って、その、ちょっと大変だったって聞いたから」
 ストレートに聞きすぎたと少し反省したけど、他に良い聞き方が思い浮かばなかった。加藤さんは少し顔を赤らめて、下を向いてしまった。どうしよう、聞かない方がよかったかもしれない。
「・・・実は数学と英語と化学が」
「うん」
「赤点だったんだ。今まではね、ギリギリで赤点にはならなかったけど、今回はダメだったあはは」
 加藤さんは乾いた笑い方をしていた。僕から聞いたのに、どう返したらいいか迷っていたら加藤さんからまた言葉が続いた。
「そういえば、三橋くんは文系・理系、どっちに進む予定なの?」
 三年生に進学するときには文理を選ばないといけない。得意科目で進む道を決めるのか、例えイバラの道だったとしても自分のやりたい方向に進むのか。しっかり考えないといけないけれども、僕はもう進学する方は決めている。
「僕は理系に進学する予定だよ」
「三橋くんは理系なんだ」
「うん。得意ってわけではないけど、どちらかと言えば、理系の方の大学に進みたいんだ。加藤さんはどうするの?」
「実はね、まだ決め切れていなくて」
 加藤さんはまた少しうつむいてしまった。こうやって話していると、本当に最初にこの公園で出会ったときの尖り切っていた加藤さんが懐かしく思えてくる。きっとあれは作っていて、今が本当というか素の状態なんだろうなと思う。
「どっちの方が得意とかあるの?」
「強いて言えば、文系科目の方が得意ではあるんだけど・・・」
「ん・・・?」
「今回ね、み、詩織ちゃん達に勉強を教えてもらって、理系科目も分かると面白いなって思って。まだ基礎がちょっとわかっただけなんだけどね」
 加藤さんは少しはにかみながら言った。理系は確かに理解できると楽しいと思う。
「うん、そうだね。何事も理解できると楽しいよね」
 そのあと、僕たちは本当に他愛のない話をして、解散した。特に連絡を取り合わなくても、こうやってたまたま会えるのはうれしい。

 鳴海くんは理系に進学するということが分かった。どっちだろうって思っていたけれども理系だった。文系だったら一緒になれるかも、なんて思っていたけど理系に行ってしまうと全然会ったりはできなくなってしまう。仕方ないことなんだけれども、少しもやもやする。
 公園からまっすぐ家に帰ってくると、お母さんもお父さんも帰ってきていた。
「ただいま」
「あら、有子お帰り。今日のお昼はごめんね、任せちゃって。茉莉から聞いたけど、有子が作ったんだってね。ありがとう」
「ううん。勉強した後だったからちょっとした良い気分転換になったよ。今日の夜ご飯は?」
「今日はお好み焼きよ」
「やった!着替えてくるね」
 私は急いで手を洗って部屋に戻って、着替えた。夜に食べたお好み焼きはとても美味しかった。日曜日も勉強して、ちょっと息抜きして、また勉強して追試に備えたけどやっぱり心配。申し訳なさもあるけれども、明日詩織ちゃん達にもう1回見てもらおう。
 月曜日、私は少し早めに登校して勉強をすることにした。土曜・日曜ってきちんと勉強してみてわかったけれども、数学も化学も分かると楽しい。英語は分からない単語が多かっただけで、好きではあったから苦にはならなかった。
 教室について、勉強をしているとなんか少し外から声がした。
「・・・まだ登校時間じゃないけどなんだろう」
 窓を開けて外を見てみると、鳴海くんと田中くんが練習していた。二人だけじゃなく、陸上部の数名が朝練をしているようだった。顧問の先生が見当たらないけれども、もしかしたら自主練習なのかもしれない。凄いなあ。私は部活もやってないのに、赤点を取ってしまってちょっと情けない気持ちになってしまった。今からでも遅くない。頑張って勉強しようと思う。
「おはよー」
 夢中になって勉強していたらいつの間にか詩織ちゃんが来ていた。
「あ、み、詩織ちゃんおはよう」
「む、今三谷さんって言おうとしたでしょ」
「えへへ・・・まだなんだか慣れなくて」
「早く慣れてね。私は普通に有子って呼ぶからね」
 詩織ちゃんはやっぱりしっかり者だなあ。
「うん、あ、詩織ちゃんちょっと聞きたいことがあって」
「ん?何?」
 かばんの中身を机に移してから詩織ちゃんが近くに来てくれた。
「ここの問題なんだけど・・・」
「ああ、これはね金曜に教えたこっちの公式あるでしょ。それを使えばいいんだよ」
「・・・そっか!」
 聞いてみれば簡単なことだけど、その発想がすぐには出てこなかった。詩織ちゃんのこの一言で分からなかった問題が一気に解決した。
「詩織ちゃんありがとう!」
「どういたしまして。それにしても有子、かなりできるようになったんじゃない?土日、すごい勉強したんでしょ」
「うん・・・。少しでも遅れを取り戻したくて。あと、もうすぐ文理選択もあるし」
「文理選択かあ。有子は文系科目の方が得意そうだったけどどうするか決めたの?」
 詩織ちゃんと話しているといつの間にか来ていた、絢ちゃん、未来ちゃん、茉莉ちゃんもそろっていた。
「二人とも何話してるのー?」
 未来ちゃんが軽い感じで入ってきてくれた。
「未来おはよー。今ね有子と文理選択について話していたの・・・って茉莉どうしたの?」
「・・・うう・・・」
「あー、みんな気にしなくていいよ。茉莉、赤点じゃなかったけどテスト結果が悪すぎてご両親を超えておじいさんおばあさんからこっぴどく怒られて土日は勉強合宿だったみたい」
 げっそりしている茉莉に代わって未来ちゃんが教えてくれた。その横で絢ちゃんがニコニコしている。
「茉莉ちゃん、結局土日勉強合宿したのに全然わからなかったんだって」
 絢ちゃんが吐き出す毒が、時々とても怖く感じます。この子、すごくニコニコしていて穏やかに見えてめちゃくちゃ鋭いところがあるっていうことがよくわかる。うん、私も気を付けないと。
「茉莉は理解しようとしない癖があるからねえ」
「うう・・・みんな、見放さないで」
「大丈夫大丈夫。なんだかんだ茉莉もやればできるんだから」
「うん・・・未来ちゃんありがとう」
 文理選択の話はどこかに飛んで行ってしまった。そのまま授業が始まるチャイムが鳴った。私の中でもう文理どちらに進むかは決まっている。それは、やりたいことも少し見えたから。
 授業が終わるとまた私と茉莉ちゃんはみんなに勉強を教えてもらった。土日に基礎を復習していたおかげか、応用の問題もそこまで苦戦することなく理解できた。一つ理解できることができると、二つくらい解ける問題が増える。それが、私にとっては新鮮でとても楽しかった。
 ただ、横の茉莉ちゃんは大苦戦しているようだった。茉莉ちゃん、赤点ないのにとても厳しく見られていて、赤点がある私から見てもちょっと可哀そうだった。
「うう・・・もう無理だよお・・・絢ちゃん助けて」
「うーん。じゃあ茉莉ちゃん。あと二つ、数学の問題が自力で解けたら帰りにアイスを買ってあげましょう」
「え!?絢ちゃん、それ絶対だからね!」
 茉莉ちゃんは背筋を伸ばして勉強し始めた。
「馬は顔の前ににんじんをぶら下げれば走るんだよね」
 絢ちゃんはニコニコしている。うん、絶対に絢ちゃんだけは怒らせてはいけない。
「うん、有子は大丈夫そうだね」
「そうだねえ、有子ちゃんは大丈夫だと思う」
 詩織ちゃんと未来ちゃんからお墨付きをもらえた。実際に追試を受けてみないとわからないけれども、これはすごく自信になる。
「みんなありがとう」
「とは言っても、追試は金曜日だから、この後内容忘れちゃだめだよ。反復が大事だから」
「うん。ありがとう!」
「明日以降も短めだけど勉強会やろうか。私も復習になって助かるし」
 詩織ちゃんの提案だった。
「お、しーちゃん良いこと言うね。私もね、追試終わるまではやっても良いんじゃないかなって思っていたの」
 二人の言葉に絢ちゃんも頷いている。
「絢ちゃん終わった!!」
 その横で、茉莉ちゃんがしっかり問題を解いていたみたいだった。
「はい、茉莉ちゃんよく頑張りました」
「アイスだアイス」
 茉莉ちゃんは単純だなあ。
「じゃあ今日は帰ろうか」
 みんなで帰り支度をして、外に出るとすっかり暗くなっていた。冬場は暗くなるのが早い。
「あ、あれ三橋くんじゃん」
「本当だ」
 声の方向を見ると、鳴海くんが黙々とグラウンドを走っていた。他の部員は見当たらないから居残り練習かもしれない。声をかけたい気持ちもあったけど、邪魔してはいけない気持ちが勝り、私たちはそのまま学校を後にした。

 居残り練習を終えて、部室に戻ると田中が居た。
「あれ、田中なにやってんの」
「おー三橋。いや、お前を待ってたんだよ」
「・・・何僕の事好きなの?」
「うーんどちらかと言えばラブよ」
「やめろよー!」
 もはやお決まりのコントをやって、改めて聞く。
「んで?本当のところはどうしたの?」
「ちょっと無理しすぎじゃねーかなって思って心配だから残っていたんだわ。顧問も帰っちゃったしな。何かあったら一人じゃ無理だろ」
「田中って本当に良いやつなのに、なんでモテないんだろうな」
「本当にな」
 田中はフンスと効果音が聞こえてきそうな鼻息だった。冗談はさておき、とてもありがたかった。ちょっとだけ追加でやるつもりが、がっつり追い込んでしまったので、正直ちょっと危なかった。
「まあ、なんつーかありがとう。今日はちょっと追い込み過ぎたわ」
「だろー。できる男だからその辺察知してやったわけよ。さ、帰ろうぜ」
「あ、ちょっと教室に忘れ物あるから着替えてそれだけ取ってくるわ」
「んじゃ、このまま待っているわ」
 僕は着替えて、教室に戻った。ノートを1冊置きっぱなしにしてしまっていた。追試がないとは言え、多少は復習をしておきたくてきちんと持って帰ろうと思ったところだった。
 机の中のノートを取り出すと、一緒にコロコロと赤い缶が出てきた。
「・・・ん?」
 缶を持ち上げると、付箋が付いていた。
『教室に来るかわからないけど、練習お疲れ様 加藤』
「・・・ふふ」
 思わず笑みがこぼれてしまった。きっと今日も教室で勉強会をしたんだろう。このちょっとした気遣いが僕にはすごくうれしかった。田中には内緒で今ここで飲み切ってしまおう。
「ん、少しぬるいな」
 でも、練習後の喉にしっかりうるおいをもたらしてくれた。これ以上田中を待たせるのも悪いし、急いで部室に戻ることにした。
 田中と連れ立って、学校を出る。あたりは真っ暗だし、冬の寒さが染みる。
「それにしても寒いな~こんな中に大会やるんだから信じられないよな」
「だなあ。しかも陸上って薄着だし、寒いよね」
「だよなー。まあ、それでも競技中は暑くなるんだけどなー。そういやさ」
「うん?」
「今日も加藤さん達、教室で勉強していたらしいよ」
 田中が何やらにやにやしながら僕に言ってきた。こいつは・・・。
「なんでそんなこと田中が知っているんだよ」
「高田さんから聞いた」
「ん?高田さん?なんで?」
「いや練習終わってさ、三橋を待つときに自販機で飲み物買ったんよ。その時にばったり会ってさ。そんな話を聞いたのよ」
「ふーんそっか」
「あれえー三橋くんは興味ないのかなあ?」
 興味がないわけないことを分かって言っているのが腹立つ。だから何も言い返さないことにした。
「ま、どっちでもいんだけど。なんにしても、大会頑張ろうぜ」
「ああ、頑張ろうぜ」

 追試が何とか無事に終わった。本試験の時とは比べものにならないくらい手ごたえがあったから大丈夫だとは思う。これもみんなのおかげだった。
「有子、追試大丈夫だった?」
 金曜日の放課後、追試を受けて教室に戻ってくるとみんなが待っていてくれた。
「詩織ちゃん・・・大丈夫だと思う!」
「・・・!!」
 みんなが安心した顔をしていた。私よりも嬉しそうにしてくれている。
「本当にみんなが教えてくれたからだよ。ありがとう」
 しっかりとお礼を伝えることができた。
「有子がしっかり頑張ったからだよ。よっしみんなでカラオケ行こうよ!」
「いいねー!久しぶりだカラオケ!」
「うん、行こう」
「やったー!」
 みんなが思い思いの喜びを爆発させていた。友達とカラオケに行くなんて、一匹狼時代の私は想像もできなかったことでなんだか少しこそばゆい。でも、とっても嬉しくて、お姉ちゃんに『ちょっと遅くなるね!』と連絡を入れた。
 カラオケで一通り盛り上がった後、ボックス内での話題が文理選択になった。
「ん、そういえばさみんなは文理選択決めた?」
 ジュースを飲みながら、未来ちゃんが話を振った。
「そういえば、この間有子ともその話したのに途中で止まっていたね」
「ね」
 私は詩織ちゃんと顔を見合わせて笑った。
「私は理系にする。動物関係の大学に進学したいからさ」
 詩織ちゃんが先陣を切った。ちゃんと目標立てているのが詩織ちゃんらしい。
「んー私もね理系にするんだ。特にこれ!っては決まってないけど理系科目好きだし」
 未来ちゃんも続いた。そのあとに続くのは絢ちゃんだった。
「私も理系。化学系をもう少しねやりたいんだ」
 そして茉莉ちゃんが続いた。
「みんなが理系なら私も理系にしよー。どっちの科目も苦手だし」
 茉莉ちゃんらしい理由だった。そして、みんなが私の方を見た。
「有子は?」
「私は・・・私も理系にするつもり。まだ苦手なんだけど、ちょっと気になることがあって」
「将来の夢、的な?」
 詩織ちゃんが追撃してくる。
「うん。まだ、ふわふわしているけど」
 私が頷くと、みんながにっこり笑った。
「私たちみんな理系だ!また同じクラスになれるといいね!」
 茉莉ちゃんが大きな声で笑って、そのままの勢いで曲を入れて歌いだした。
「はい!みんなも!!」
 マイクを渡して、私たちは全員で笑いながら歌を歌った。
 カラオケの帰り道、みんなと別れた後に少し遅い時間だけど、公園に寄り道した。
「・・・あれ?」
 ブランコに鳴海くんが座っていた。
「三橋くん」
「ん?あれ、加藤さん。少し遅い時間だけど珍しいね」
「うん。その、追試が終わったからみんなでカラオケに行っていたの」
 ちょっと恥ずかしかったけど、たぶん鳴海くんには追試を受けていることが知られているので隠すことなく伝えた。
「そっか、今日だっけ。追試、どうだった?」
 私は恥ずかしかったけど、何も言わずにピースをした。
「よかったね」
 少し、鳴海くんの様子がおかしい。どうしたんだろう。
「・・・み、三橋くん」
「うん?」
「その、えっとね、な、何かあった?」
 私が訪ねると、ポリポリと頬をかいた。
「そんなにわかりやすい?」
「う、うん。わかりやすいっていうより、なんだかいつもと違う・・・」
「あはは、それがわかりやすいって言うんだよ」
 三橋くんは空元気だった。それからぽつぽつと話をしてくれた。
「まあ部活あるあるだけど、もともと出たかった長距離の方でさ、出場はずされちゃって。なんか理由はいろいろあるみたいなんだけど、よく覚えてなくて」
「・・・・」
「結構いいところまで行けるかなって思っていたんだけどね。難しいね部活って」
 私は部活をやっていないから、なんて言葉をかけていいかわからなかった。だから、突発的に身体が動いた。
「・・・加藤さん?」
 自販機まで行き、スコールを買って鳴海くんに渡した。
「え?」
「今日だけ!!スコール飲んで、少しでも、元気だして・・・」
 私が俯きながら言うと、笑い声が聞こえた。
「あははは!ありがとう、めっちゃ元気でるよ。今日だけ、久しぶりのスコール、美味しくいただきます」
 鳴海くんはプルタブを開けてごくごくと飲み干した。
「ああ!うまいね!加藤さん、ありがとう。冗談抜きで元気出たよ」
「よかったあ」
「今回ダメでも、まだ大会はあるし、全部の種目出られないわけじゃないから頑張る」
「うん。私、陰ながら応援しているから」
「堂々と応援してよ」
「それは恥ずかしいから無理」
 その後、少しだけ世間話をした私たちは公園出口で別れた。久しぶりに鳴海くんと話せてとっても楽しかったし、少しでも元気になってもらえたならよかった。

 会えたらいいな、って思っていたけれどもまさか本当に会えるとは思っていなかったので面食らってしまった。正直、結構メンタル的にしんどかったけど、加藤さんと話をしたからか幾分気持ちが楽になった。
 田中にもかなり心配をかけてしまったから、月曜に謝らないと。まだ次の大会もあるし、僕は諦めていないから頑張っていかないとな思う。
「鳴海、ごはんは?」
「うん、食べるよ着替えてくる」
 母から声をかけられ、急いで部屋で着替えてリビングに移動した。
「そういえば鳴海、文理選択はどうするの?」
「理系にしようと思う」
「そうか、大変だと思うけど勉強もしっかりな」
 父から励ましの言葉をもらえた。なんだか少しこそばゆい気もするけれども、言葉数は少なくてもしっかり応援してくれていることがつたわるからこそ、こっちも頑張ろうと思える。
「うん。部活も勉強もどっちも頑張る」
 晩御飯を食べ終えて、部屋に戻ってきた。いつもだったら、少し勉強するけれどもさすがに今日はちょっとそんな元気がなかった。なんとなくスマホを手に取ると、通知が来ていた。
「ん?田中からだ」
『よう、生きているか』
『余裕』
『そっか、ならいいんだ。まああれだ。冬休みになったら遊びに行こうぜ』
『うん、ありがとう』
『んじゃな、今日はさっさと寝ろよ』
『田中もな』
 スタンプが返ってきた。本当に、こういう気遣いがしっかりできるのにどうしてモテないのか本当に僕も分からない。田中には感謝しないといけない。
「んん?」
 田中とのやり取りが終わったらまた通知が来た。
『こんばんは、まだ起きている?』
 加藤さんからだった。どうしたんだろう。
『起きているよ。今日はありがとう』
『少しでも元気が出たならよかった』
『少しじゃやなくて、めちゃくちゃ元気出たよ』
『よかった。三橋くんに聞きたいことがあってね』
『うん』
『文理選択、理系にするって前言っていたけど』
『うん』
『もう大学とかって決めている?』
 加藤さんからの問いかけに少し止まってしまった。まだはっきりとは決まっていないけれども、何となくここに行きたいっていうところは決まっている。隠すものでもないので、そのまま加藤さんに伝えることにした。
『まだはっきりとは決まってないけど、ぼんやりとは決まっているよ』
『そっかー。大学ってどうやって探せばいいのかな。実はそれが聞きたくて』
『勉強したいこととか、やってみたいこととか、そういう方向で調べてみると色々出てくると思うよ』
『ありがとう!私もさっそく探してみる。遅い時間にごめんね、ありがとう』
『お役に立てたならよかったよ』
『おやすみ』
『おやすみ』
 加藤さんからの連絡で改めてもう少しで最上級生になるんだと実感が出てきた。と言ってもまだ3か月も先の話だけど、少しくらいは構えておかないといけないかもしれない。ただ、3年生になるだけじゃなくてそこには進路が関わってくる。もう少しきちんと考えないといけないかもしれない。
「でも、今日はさすがにもう無理だなあ」
 スマホを机に置いて、お風呂に入ってさっさと寝ることにした。

 鳴海くんに大学の事を聞いてから、土日を使って沢山調べた。お姉ちゃんにも相談をして、考えたりしてみたけどまだ漠然とし過ぎていて、何も決まらなかった。
「有子おはよう」
「詩織ちゃんおはよう」
 少し遅めに登校すると、すでに詩織ちゃんが教室にいた。
「今日は早いね」
「久しぶりに少し朝早く目が覚めたからね」
「あ、詩織ちゃんってもう行きたい大学とか決まっている?」
 私は鳴海くんに聞いたことを詩織ちゃんにも聞いてみた。
「うーん。漠然とはあるけど、はっきりとは決まってないかな」
「そっかー」
「なに、有子もう決まっているの?」
「ううん。どうやって大学って決めるのかなあって」
「有子はそれよりまず今日返却される追試の結果を気にした方がいいよ」
「うー。詩織ちゃんそれは言わないでよ」
 詩織ちゃんの言葉で一気に現実に引き戻された。
「まあ、大丈夫だよ」
「そう言ってもらえると元気出る。ありがとう」
「あ、未来達も来たよ」
 未来ちゃん達が教室に入ってきた。今日のお昼の時に未来ちゃん達にも大学の事を聞いてみようと思う。みんな徐々に進路を決めているだろうし、絢ちゃんなんかははっきりと決まっていそうだ。
 お昼休憩前に追試が全部返却された。追試にこの言い方は適さないかもしれないけど、文句なしでクリアだった。凄く安心して、とてもお腹が減ってしまった。
「みんな、ありがとう追試大丈夫だった!」
「よかったー!これで安心して冬休みを迎えられるね」
「本当にありがとう」
 追試の事を含め、いろいろと話しているうちに進路の事を聞き忘れてしまった。でも、きっと、また聞くタイミングはあるだろうから、その時に聞こうと思う。
 授業もあっという間に終わった。冬休みが近くなり、短縮授業になっている。
「もう明後日から冬休みだね」
 珍しく絢ちゃんからの話題提供だった。
「そうだね。冬休み、予定合わせてみんなで初詣とか行こうよ!」
「いいね、有子はどっか出かけたりするの?」
「え?えっと、特にないから家にいると思う」
「じゃあ決まり!あとは茉莉の家でまたパーティーやりたいね」
 茉莉ちゃんの家はとても豪華らしい。聞いた話なので、想像ができないけど行ける機会があるなら私も行ってみたいと思う。
 教室を出て、外に出ると、鳴海くんが走っている姿が見えた。それを見てなんだか私は少し安心した。
「陸上部はもうすぐ大会なんだよね」
「そうだったと思うよ。こんな季節に大会なんてね」
「冬休み直後だっけ?」
「公式の大会っていうより地域大会みたいな感じらしいよ」
 みんなの会話が聞こえてくる。地域大会でも、公式の大会と同じ気持ちなんだと思う。さすがにそこまで私が深入りすることはできないけれども、きっとそう。だから、こっそりと心から「頑張って」とエールを送った。鳴海くんには届いているはず。

 あっと言う間の冬休みになった。本人から直接聞いたわけじゃなく、高田さん経由で田中から聞いたけど加藤さんは無事に追試をパスしたみたいだった。なんで高田さんと田中が仲良くなっているのかはわからない。本人曰く「三橋と同じくらいウマが合うんだよなあ」とのことだった。そのうち詳しく事情聴取をしないといけない。
 大会もあっさりと終わった。僕は目指していた種目では出られなかったけど、もう一つの種目で5位入賞だったのでまあまあ。地域交流大会だから、なんとも言えないけれども。
 今日から3が日までは部活が休みで、久しぶりに何にもない1日になった。12月も終わりが見えてきた30日。ベッドから出るのに時間がかかる。
 冬休み直後、クリスマスというイベントもあったけど、部活をやっていたので僕には関係なかった。要領のいい田中は高田さんとお出かけしたらしいけど、頑なに付き合ってはいないって言っていた。
「・・・田中らしくなかったな。いつもはっきり言うのに」
 独り言が漏れてしまっていた。着替えて、なんとなしに公園に向かうことにした。今、無性にドクターペッパーが飲みたかった。
「うわ、さっむ」
 コートを着て、マフラーを巻いても冷たい冬の風は身体を冷やしていった。一瞬帰ろうかとも思ったけど、ずーっと家にいるのは性に合わないので散歩だし、と言い聞かせた。
「・・・やっぱりいた」
 ちょっとだけ声が弾んでしまった。公園に着いたら、加藤さんがスコールを飲みながらブランコに座っていた。もこもこの服を着ていて、暖かそうだった。
「加藤さん」
「え!?あ、三橋くん!」
 僕が声をかけると、加藤さんは顔を上げた。それで気が付いた。今日、加藤さんは化粧をしている。
「もしかしたら、加藤さんいるかも?なんて思って」
「えっと、実は私も今日から陸上部が休みだって聞いたからもしかしたらって思って」
「あはは。同じ考えだったんだね」
 僕は自販機でドクターペッパーを購入して、加藤さんの隣のブランコに座った。
「もうあっという間に新年になるね」
「そうだね。年が明けたらすぐに文理選択で、進級だね。加藤さんは決まった?」
 前に文理選択と大学の話をした記憶が蘇ってきた。まだ迷っているんだろうか。
「うん。理系に進むってことは決めた。でも、大学はもう少しちゃんと調べて決めようと思う」
「それが良いね。僕ももう少しは悩もうかな」
 僕は返事をして、さっき気になったことを聞くことにした。
「そういえばさ、なんで今日から陸上部が休みって知っていたの?」
「え?あ、未来ちゃん・・・高田さんから聞いたの」
「む、つまり高田さんは田中から聞いたってことなのか」
「え?」
 どうやら加藤さんは田中と高田さんの事を知らないらしい。僕も詳しく知っているわけじゃないからはっきりとは言えないけど、仲がいいらしいことを伝えた。
「そっかー。だから未来ちゃんたまに予定が合わないことがあったんだ」
「そんなことあったんだね」
「うん。でも、それは全く悪いことじゃないし、むしろ応援したいから言ってほしなって思うけどね」
「そうだね。田中も珍しく僕にも何も教えてくれないんだよね。一緒に出掛けた、くらいは話してくれるんだけど」
 寒い日なのに、お互い冷たい飲み物を飲んでいるのが律儀でなんだか楽しかった。
「加藤さんは年末年始、どこか行ったりするの?」
「どこにも行かないけど、詩織ちゃん達と初詣行くつもりだよ」
「初詣!いいね」
「三橋くんは?」
「僕は年明けだけ、田舎の方に挨拶に帰る両親に付いていくんだ」
「そっか。じゃあ次に会えるのは学校始まってからかな」
 加藤さんは恥ずかしそうに、そういった。化粧をしているからだけじゃない。加藤さんはこの短い期間で急激に可愛くなった。一部男子の間でとても話題になっていると田中から聞いた。
 僕も思わずドキリとしたけど、変に恰好を付けたくなって冷静なふりをしてしまった。
「そうだね。また、学校が始まったら会えるよ」
「うん。じゃあ先に言っておかないとね。よいお年を!」
「あはは!ありがとう!加藤さんも、よいお年を!」
 そうして、僕らは公園の出口まで移動して解散した。

 結局初詣どころか年末から茉莉ちゃんの家で過ごした。生まれて初めてのお泊り会、すごく沢山の事を聞いたし、聞かれたしで楽しかった。未来ちゃんと田中くんの恋の行方が私たちの一番の話題。
 ちょっとだけ、詩織ちゃんが悲しそうな顔をしていたのはきっと寂しいんだと思う。そんな詩織ちゃんも実は結構男子からモテていると絢ちゃんがニコニコしながら教えてくれた。うん、私でも知っているけど実は絢ちゃんはファンクラブがあるらしい。絢ちゃんは自覚があるのかないのか、天然てきな可愛さなので、私でもたまにふらっとなる。けど、たまの毒で目が覚める。バランスが凄い子だと思う。
 学校が始まるまで、鳴海くんに会えないことがちょっと寂しいけれども未来ちゃんを通して田中くんから色々と知ることができた。
「三橋くんはね、理学療法士?とかそっち系の大学に行きたいみたい」
「そうなんだ」
「田中くんも三橋くんには合っている気がするって言っていた。大学は××大学が第一だって」
「××大学?」
 未来ちゃんの言葉に私が首をひねると、こういう時の大先生詩織ちゃんが解説してくれた。
「××大学は理学・農学系の私立大学だね。私立とは言ってもそこそこ偏差値高いし、うちの高校からは1人、2人、進学した人がいるか、いないかくらいだと思う」
「詩織ちゃん、詳しいねえ」
「まあそれなりにね。進学は大事だし、いろいろな大学を調べているからね」
 真面目でパワフルな詩織ちゃんらしい理由だった。そこからみんなの志望大学の話で一通り盛り上がった。でも、私はまだ決まっていないのでぼかすので精一杯だった。
 色々と調べてみたけれども、私は農学系に興味が沸いてきていて、そうなると鳴海くんと同じ大学が一番合っていそうだった。
「まだ冬休み、と言いつつこの時間を使ってぼんやりでもいいから、ここが良いなってところを見つけておいた方が良いよ」
 詩織ちゃんの言葉が今もまた響いてきた。茉莉ちゃんの家でのお泊り会の後、私はお姉ちゃんに色々と聞きながら大学を絞っていった。
「うーん。有子の志望で行くと××大学が一番良さそうだけど、学力がねえ」
「う。お姉ちゃん、それはこれから」
「うん。まあ、届かないものではないわよ。ただ、結構な努力が必要だからそれは覚悟しておいた方がいいよ」
「うん・・・。でも、もう決めたから、頑張りたい」
「そっか。有子がそういうなら、私も全力で応援するわ」
 お姉ちゃんが久しぶりに私の頭をなでてくれた。子供の頃はよくなでてくれたけれども、高校生になってからは初めてだった。ちょっと恥ずかしかった。
「ちょっと散歩行ってくる」
「明日から学校なんだから風邪ひかないよう暖かくして行きな」
 お姉ちゃんと色々話してから、少し散歩することにした。連絡を取ればいいけど、恥ずかしくて連絡はできない。でもきっと今日は鳴海くんが公園にいる気がした。
 その予想は大当たりで、公園に付いたら鳴海くんがドクターペッパーを飲みながらブランコに座っていた。
「あれ、加藤さん」
「三橋くん、こんにちは。あ、もうこんばんはかな」
「こんばんは、の時間帯かもね」
 鳴海くんは少し笑った。
「まさか加藤さんも来るなんてね。明日から学校始まるのにさ」
「明日から学校が始まるからこそ、ちょっと散歩したくなって」
「うん、気持ちは分かる。久しぶりの学校ってちょっと緊張するよね」
 鳴海くんと冬休みに会ったことを話して、笑って、少し進学の事を話した。鳴海くんはやっぱり××大学を目標にしているみたいで、これからは部活だけじゃなくて勉強も踏ん張らないと、と言っていた。
 私はまだ、そこを目指すとは言えず、でも、理系に進むことだけは伝えてある。
「3年生でも一緒のクラスになれるといいね」
「うん。詩織ちゃん達もみんな、一緒のクラスになれるといいな。理系は2クラスだし、一緒のクラスになれる可能性も高いと思うけど」
「そうだね。僕ももう少し、三谷さん達と話してみたいし、また同じクラスになれたらいいな」
「きっとみんなとも仲良くなれるよ!」
 そんな風に話をしているとあっという間に飲み終えてしまった。これはいつもの帰りの合図。
「さすがにそろそろ帰ろうか。明日の始業式に寝坊はまずいしね」
「そうだね」
「じゃあ、加藤さんまた明日ね!」
「うん、三橋くん、また明日!」
 この先はどうなるかなんてわからないけれども、でも、きっといいことがあるんじゃないかってそんな少しロマンチックなことを考えながら、私は家に帰った。

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