深紅の約束 第2話

 三橋くんと好きなものをついに交換してしまった。高校では友達とかそれこそ好きな人とかきっとできないって思っていたけど、まさかこんな形で出来るとは思ってもみなかった。
 今日、スーパーに買い物に行かないといけないのは嘘だった。もう買い物は終わっている。長い事話しているといつも以上に余計なことを言いそうだったからだ。
「ただいまー!お姉ちゃんいるー」
 家について真っ先にお姉ちゃんに話したかった。そもそも私がドクターペッパーを好きになったのはお姉ちゃんの影響だ。お姉ちゃんは私以上にドクターペッパーが好き。
「はいはい。どうしたの有子」
「いま、なる・・三橋くんと会ってきたよ」
「お、じゃあ大事なもの交換してきたの?」
 お姉ちゃんに聞かれて私はポケットから愛のスコールを取り出した。
「うん。ほら、愛のスコール!」
「うーんまさか上手くいくなんてねえ。高校生って良いねえ」
「うまくはいってないけど、押し切ってきた」
 そう、決して作戦通り上手く行ったわけじゃない。私が強情で押し切ってきただけだ。三橋くんはそれを受け入れてくれた。でもちょっと不安だった。明日から結局三橋くんがスコールを飲んでいたらどうしよう。卒業式の後、公園に来なかったらどうしよう。
「まあ、何にしても上手にいってよかったじゃない。高校で友達が出来なかったって聞いたときは完全に私のせいだってちょっと凹んだけど、好きな人が出来たなら」
「すすす好きな人じゃないよ、ちょっと気になる人」
「あら、そうなの?上手くいったってことは付き合ったんじゃないの?」
「ううん。違うの」
 お姉ちゃんに事の顛末と今後について説明をしたら、ゲラゲラと笑いだしてしまった。
「そんな約束したの。思春期の男の子なんてすぐに他の女の子に気が移っちゃうよ。卒業までなんて1年以上あるじゃない」
「でも、その本当に付き合うとか好きとか私いまいちわからなくて。でも学校の人では初めて話しをしていて楽しいって思ったのが三橋くんだったの」
「まあ、有子がそう言うならいいけどさ。で?学校では今まで通りにするの?」
「うん。学校では私一匹狼でクールな人ってことになっているし。ちょっと変わり者って思われているみたい」
「そりゃあ、ドクターペッパーが好きで堂々としてればねえ。高校じゃ浮いちゃうわ」
「むー誰のせいだと思っているの!!」
 私がむっとするとお姉ちゃんはクスクスと笑った。
「ごめんごめん。ま、頑張りなさい」
 そう言って、お姉ちゃんは自分の部屋に戻って行った。私も手を洗って自分の部屋に戻って着替えたかった。
 部屋に戻ってくるとどっと疲れが押し寄せてきた。このまま寝てしまいそうだったけど制服に皺が付くのは嫌なので何とか着替える。着替え終わるとそのままベッドに倒れ込んでしまった。ずっと緊張していたことにここで気が付いた。
引かれるんじゃないか、気持ち悪がられるんじゃないか、今後無視されたらどうしようとネガティブなことばっかり考えてしまったから、勢いで大切な物交換を押し込んできたけど明日からどういう顔をして登校すればいいんだろう。
「あ。というか明日から三橋くんが普通に愛のスコールを飲んでいたらどうしよう・・・」
 私は大事な物を交換したということで、卒業式後に三橋くんに会って愛のスコールを返すまでドクターペッパーは飲まないつもりだった。
 でも三橋くんはそんな私の気持ちなんて知らないだろうし、そもそもドクターペッパーを飲めるのかも聞いていなかった。多くの同世代からドクターペッパーは杏仁豆腐ジュースともいわれる不思議な味が大変不評で好きな人が本当にいない。
 もしかしたら、三橋くんもドクターペッパーが嫌いな人だったかもしれない。そうなれば絶対明日から普通に愛のスコールを飲んでいる気がする。
「ううう、どうしよう。どうしようもないんだけど」
 ぬいぐるみを抱きかかえてもぞもぞとベッドで動くけど、何か解決策が出てくるものでもなく、私は知らないうちに寝てしまっていた。

「ちょっと茉莉、有子の事起こしてきて。晩御飯出来ているのにあの子全然下に降りてこないからきっと寝ているのよ」
「えーめんどくさいなぁ」
「いいから、有子が起きてこないとあんたも晩御飯食べられないわよ」
「ちぇ、わかったわよ」
 誰かが部屋に近づいてくる音で目が覚めた。私は寝てしまっていたみたいだ。
「有子、晩御飯できたって。起きている?」
 お姉ちゃんの声が扉越しに聞こえる。目をこすりながら時計を見ると30分くらいしか経っていなかった。凄い長い時間寝ていた気がしたけどそんなことはなかったみたい。
「うーん今起きた。すぐいくってお母さんに伝えておいて」
 お姉ちゃんに伝えて、部屋の電気をつけて少しだけ髪の毛を直して部屋を出た。
 晩御飯を食べた後、お風呂も入って部屋に戻ってきた。相変わらず考えるのは今日のこと。とにかく三橋くんから引かれていないか、ただそれだけが心配だった。
 連絡先を聞いたので、メッセージを送ってみるということも出来るけれどそれをするには勇気が出なかった。私の勇気は今日、大事なものの交換をするという話を三橋くんにすることに全て使ってしまった。
「うじうじしていても仕方ないか。寝よう」
 私は色々と諦めてまた布団に入った。やっぱり今日は疲れていたみたいで結局すぐに寝てしまった。

 朝、昨日のことをまた思い出してちょっと緊張があって学校行きたくないなって思ったけど、友達があまりいない私は休んでしまうと色々と大変になるから頑張って行くことにした。
 制服を着て、髪の毛を梳いている時にふっと思った。
「私もお化粧、覚えた方が良いかなあ」
 高校生になった時、周りの人達が化粧をしだした。でも、友達作りに失敗した私はどうしていいか分からず今も化粧は一切せずに学校に行っている。お姉ちゃんに聞いてもあんたにはまだ早いって言われて教えてくれなかった。
「まあ、いきなり私が化粧をしだしたらみんな引いちゃうか」
 自分で呟きながらちょっと悲しくなってしまった。でもたぶん事実だから仕方ない。諦めて家を出た。
 教室に入ると真っ先に目に飛び込んできたのが三橋くんの机の上に置いてあった深紅の缶だった。
「・・・!!!」
 思わず大きな声が出そうになってしまったけど何とかこらえて自分の席に着いた。そして三橋くんの席の方に耳を向ける。
「いや~それにしてもまさか三橋がドクターペッパー好きだったなんてな。三ツ矢サイダーばっかり飲んでいたから全然知らんかった」
「そりゃあ、ちょっと恥ずかしかったから隠していたし。三ツ矢サイダーももちろん好きだけどな。本当はドクターペッパー飲みたいって思っていたんだよ」
 三橋くんと田中くんの話声が聞こえる。どうやら三橋くんは朝いちばんに田中くんに実は一番好きな飲み物はドクターペッパーだって伝えたみたいだった。
「んでよ三橋、昨日加藤さんにお前の連絡先聞かれたけどなんだったの?」
「え、ああ。生徒手帳落としていてさ、加藤さんが拾ってくれていたみたなんだよ」
「そっかー。加藤さん俺に渡してくれればよかったのに」
「実はさ、その前に俺が加藤さんの生徒手帳拾ったことがあったから、そのお礼もしたかったんだとさ」
「そんなことあったのかよ!!知らなかったわ!」
 田中くん、ごめん。それ完全に嘘だよ。どっちも嘘なんだけど。あと三橋くんの顔よく見てよ、凄い目がキョロキョロ動いていて嘘ついているの丸わかりだよ。
 そんな風に心の中で二人の会話にツッコミを入れながらかなり安心していた。あんな約束守る必要全くないのに、ちゃんと守ってくれている。安心と嬉しさと色々なものが入り混じってなんか変な顔になりそうだった。
「あれ、ドクターペッパー好きってことは加藤さんと同じじゃん」
 田中くんがこっちを指さしながら三橋くんに言っていた。ぎくりとしてしまった。普段から学校でも堂々と飲んでいたから私がドクターペッパー好きってみんな知っている。
「ああ実は昨日生徒手帳受け取る際に思い切って聞いてみたらさ、実は格好つけたかっただけで本当はドクターペッパー好きじゃないんだってさ」
 三橋くんが信じられないような嘘をついた。私は思わず目を見開いて三橋くんの方を見てしまった。
「ね。加藤さん」
「な、三橋くん。それは、誰にも言わないって昨日言っていたじゃない」
 私は何とか彼の話に合わせた。すると田中くんがニコニコしながら私に向かって言った。
「なんだよー加藤さんも可愛いところあるじゃん。じゃあさ、本当に好きな飲み物はなんなの?」
 田中くんからぶつけられた疑問に一瞬だけ止まった。あちこちから視線を感じたから。どうやらほとんどのクラスメイトが私たちの会話を盗み聞きしていたらしい。ぐぬぬ、なんということか。でも質問を無視するわけにはいかないので、昨日一番大好きな飲み物になった名前を口にした。
「・・・愛のスコールよ」
 ちょっとぶっきらぼうな言い方になってしまった。
「え!マジか意外過ぎる・・・」
 田中くんが大袈裟すぎるくらい絶句していた。意外とはなんだ失礼だなって思いながら三橋くんの方を見ると三橋くんはかなり笑いをこらえていた。
「意外ってなによ」
 私が改めて聞くと田中くんは私のイメージを教えてくれた。
「だって、なんか加藤さんってブラックコーヒーとか飲みそうだなって」
「うんうん、俺もそう思う」
 三橋くんまで賛同しているけど、顔がにやけている。
「ブラックコーヒーは流石に飲めないわよ」
「そうなんだー。なんか加藤さんってクールなイメージあるからさ。なあ、三橋?」
「うん、確かに加藤さんはクールな感じがするよね」
 三橋くんにも言われてしまった。何度も心の中で突っ込んでいるけど三橋くんは終始顔がニヤニヤしている。私が反論しようとしたらチャイムが鳴り、同時に先生が教室に入ってきた。
「うーし、お前ら席につけーホームルーム始めるぞ」
 先生が来てくれたおかげで無事に終わった。あのまま質問攻めが続いていたらきっと色々とぼろが出ちゃっていた。危なかった。

 授業はつつがなく終わったけども、休み時間が大変だった。朝の田中くん、三橋くんとの会話を聞いていた女子数名が私に話しかけてきた。今まで避けてたくせにって思ったけど話してみたらむしろ私が悪かった。
「ごめんね急に話しかけたりして」
 私の前の席に座っている、三谷詩織さんがそう言った。別に急に話しかけてくるのは困らないけれども。
「いや別に構わないわよ」
「あのね、本当は席が近くなったし、加藤さんとお話してみたかったんだけど、ちょっと怖くて」
「え?」
「なんだか、1人で居させてくれってオーラが凄く出ていて。でも今日はそんなことなくって。だから思い切って話しかけました」
 三谷さんとそんな風に話をしていると、三谷さんと仲が良いであろう二人が会話に入ってきた。上村絢さんと高田未来さんだ。
「あ、実は私たちも加藤さんとお話をしてみたくて」
「え?いや私と話したいってなんで?」
 『話したい』っていうところがいまいちピンとこなかったけど、思い返してみれば私も中学生の時は『話したい』って気持ちで友達を作ったな。お姉ちゃんにあれこれ聞いていたせいで少し身構えてしまっていたみたいだ。
 その後、さらにちょっと離れた席に座っていた宮村茉莉さんを含めて5人でお昼ご飯を食べることになった。宮村さんが私のお姉ちゃんと同じ名前でかなりびっくりした。普段は私を除いた4人で一緒にいるらしい。全然クラスの事に興味がなかったので知らなかった。でも、高校に入って初めて友達と呼べそうな人が出来て嬉しかった。
「あの、朝に三橋くんと田中くんと話をしていたけどあれって本当なの?」
 宮村さんが控えめながら私に聞いていた。
「あれってどれのこと?」
「その、スコールって飲み物が好きってこと」
「ああ、あれは本当だよ」
 嘘だけど嘘ではない。ちょっと心苦しかったけれども、本当のことを話すわけにもいかないし。
「本当なんだ。加藤さんいつもドクターペッパー飲んでいたからてっきりドクターペッパーが一番好きだと思っていた」
「あ、それ私も思っていたー!」
 宮村さんに続いて高田さんも言ってきた。昨日三橋くんと話後に出てきた懸念事項通りだった。うーんどうしたもんかなぁ。
「でもさ、そんなに美味しそうにはドクターペッパー飲んでいなかったよね」
 さっきまでご飯をモリモリと食べていた三谷さんが全部飲み込んだ後にそう言った。今度は上村さんが三谷さんに続いた。
「実は私も・・・そう思っていました。好きじゃないのに無理して飲んでいるのかなって」
 学校にいるときは基本的に不愛想というか一匹狼感というかクールな感じでいようって友達作りに失敗した1年の時に決めたからそれのせいだろうなあなんてぼんやり考えていた。
「いやまあ、ドクターペッパーって味が独特でしょう?だから目が覚めるっていうか。コーヒーはちょっと苦手だし」
 また半分嘘をついた。クラスメイトと話せるようになったのは嬉しいけれども、三橋くんとの約束の期限である卒業式後までにどれだけ嘘を塗り重ねないといけないんだろう。
「そっかー!さっき田中くんも言っていたけど、加藤さんってブラックコーヒーとか涼し気な顔して飲んでそうだなぁって思っちゃっていたよ」
「私、三谷さんにそんな風に思われていたんだ。さっきも言ったけれど、コーヒー自体がそもそも苦手なのよ」
 答えながら、改めて4人の顔を見るとみんな薄っすらではあるが化粧をしていた。せっかくの機会でもあるし少し勇気を出して聞いてみよう。
「実は私もみんなに教えて欲しいっていうか、聞きたいことがあるのだけど」
 思い切って言ってみると、4人とも目を見開いて面白いくらい驚いていた。
「え?加藤さんが私たちに聞きたいことがあるの?」
 代表して三谷さんが私に聞いた。なるほど、この4人だと三谷さんが所謂、リーダー的な存在なんだなとこれから聞くこととは全然関係がない事を考えていた。
「えっとね、その高校2年生になってからで恥ずかしいけど」
「うん」
「みんなに化粧を教えて欲しい」
「・・・・うん?」
 今度は別に意味で4人がポカーンとしていた。上村さんなんて凄く小さい口でご飯食べていたのにこの時ばっかりは信じられないくらい大きい口を開けていた。
「だからね、その化粧とか私全然分からないの。高校2年生にもなって何言っているのって感じがするかもしれないけれど。だからね、その・・・教えて欲しいです」
 正直、めちゃくちゃ恥ずかしかった。これだったら、ずっと1人でいた方が良かったかもしれない。顔の周りの温度が急激に上昇していくのが分かる。顔だけじゃなくて身体中が熱い。あちこちから汗が噴き出ている気がする。久しぶりにこんなに恥ずかしいなんて思ったかもしれない。
「え、ごめんね急に固まったりして。てっきり加藤さんは化粧とかしない主義だと思っていた」
 意を決したような顔で三谷さんが言った。1人が発言できれば残りの人達も当然続くわけで。
「私も・・・。加藤さん凄く綺麗だから、お化粧とか必要なさそうだなあって思っていたよ」
 上村さんがゆっくり言った。きっとこの言葉に嘘はないだろう。
「朝、田中くんも言っていたけど、加藤さん意外に可愛いところあるよね」
 宮村さんがニコニコしながら言ってくる。間違いない、今私はイジられているんだ。でも不思議と不快感のようなものはない。なんだかむしろ嬉しい。
「もう、からかわないで!本当に教えて欲しいの」
「じゃあ、今日放課後一緒に買いに行く?ちょうどみんなで放課後に買い物に行こうって話をしていたからさ」
 先ほどまでは黙っていた高田さんと三谷さんが声を揃えて言った。高校に入ってから初めて人から誘いを受けた。中学生の時以来でどうしたらいいのか分からなくて一瞬固まってしまった。
 一匹狼な女の子なんてクールで格好いいじゃんって自分でも思っていたけど、なんてことは無い。コミュニケーション能力がただ下がるだけでちっとも格好よくなんかない。
「あれ、加藤さん聞いている?」
「おーい加藤さーん」
「わー頬っぺたぷにぷにだ」
 三谷さん、高田さんと心配してくれているのに宮村さんの突然の頬っぺたぷにぷにで我に返った。ありがとう宮村さん。
「ってなに頬っぺた触っているのよ!」
「あ、やっと加藤さんの意識が戻ってきたね」
 信じられないくらいの満面の笑みで宮村さんに言われてしまった。この短い時間で彼女のことただの天然と思っていたけれどもどうやらそんなことなさそうだ。
「いやえっと私も買い物一緒に行っていいの?」
「もちろんだよ。というよりも一緒に行かないと化粧のことなんて教えられないし、私たちももっと加藤さんとお話がしたいし」
「三谷さん・・・ありがとう。是非一緒に行かせてください」
 その後連絡先交換をして昼休みが終わった。昨日は三橋くんにとんでもないことをしたなって思ったけれども、このおかげで私の高校生活に色が付き始めた。

 昼休みに加藤さんの方を見ると、三谷さん達のグループと一緒にお昼を食べていた。所謂、ギャル系女子でもなく大人しい系女子でもなく分類不可なあのグループに入るあたりやっぱり加藤さんは加藤さんだなと思った。
「おーい三橋!飯食おうぜ!!」
「おー今行くよー!」
 田中に返事をしながら教室を出た。今日は学食で食べる約束をしていた。何となく加藤さんの事が気になって後ろ髪が引かれたけどそれ以上にお腹が減っていたので急いで学食に向かった。
「んでよ三橋、本当のところはどうなんだい?」
 かつ丼を頬張りながら取り調べのように田中が聞いてくる。
「本当のところってなんだよ」
「だから!加藤さんとなんかあったんじゃねえのって」
「なんかってなんだよ」
「そりゃあよう、やっぱり告白だろ」
「いやだから朝も言ったけど生徒手帳返してくれてついでにちょっと話しただけだって。そもそも加藤さんの事よく知らないから告白されても困惑しちゃうって」
 嘘とも言い切れないし本当とも言い切れない内容になってしまったけど他の人から見たら分からないだろうと思った。
「その割にはさ、今朝のドクターペッパーの件と言い、ずいぶんと詳しいなーって俺、怪しんでいるのよ」
 普段はのほのんとしているくせに、こういう時の田中は妙に鋭いから困る。なんて返そうかなって悩んでいるとまた田中が言った。
「まあどっちでもいいけど!ぶっちゃけ!面白ければ」
 田中の性格は基本的に面白ければいいっていう感じなので、とにかく今の僕と加藤さんとの関係は田中からすれば【面白い】んだろう。話がいったん途切れてよかった。
 それだけじゃない。あれだけ他人と違う事を恐れて怖がっていたけどいざ言ってみればみんな受け入れてくれた。僕自身が田中や友達を信用出来ていなかったんだとちょっと凹んでしまった。そんなちょっとした心のしこりを感じつつ食堂へ入っていた。

 午後の授業はつつがなく終わった。
テスト期間中のため、部活動はない。新人戦が近いとは言えテストがあるのも仕方ない。でも今日はなんだかすごい走りに行きたい気持ちが強かった。
「おーい三橋―帰ろうぜー」
 田中が呼んでいる。でもやっぱり走りたい。
「田中ごめん。今日市民センター行くわ」
「え?テスト勉強は?」
「今日一日くらいなら大丈夫。なんか今日はめっちゃ走りに行きたいんだ」
「そっかー俺は流石に勉強しないとヤバいから帰るわ。市民センター行くにしてもほどほどにしておけよー。テストヤバくて新人戦出られないとか一番ダサいからな」
 田中がケラケラ笑いながら忠告してくれた。そりゃそうだなーって思いながら市民センターに向かった。

 授業が終わった後、三谷さん達と化粧品を買いに行ったのが凄く楽しかったけど、久しぶりに沢山の人と話をしていたためちょっと疲れてしまった。でも、みんな凄く丁寧に色々と教えてくれたし、実際に化粧をしてくれた。テスト期間中なのに、沢山付き合ってくれた。
「加藤さん、めっちゃ可愛い。化粧したら輝くって思っていたけど私今加藤さんの事猛烈に抱きしめたい」
 高田さんが化粧をしてくれた後に言っていた言葉が忘れられない。実際に抱きしめてきたのは三谷さんだったけど。
 そんな楽しい買い物のあと、そのまま帰るのは何となく嫌でいつも通り公園に来てしまった。スコールとドクターペッパーどっちを飲むか迷ったけど自分で決めた事だからスコールを購入してブランコに座りながら飲んだ。
「スコール、カルピスソーダよりも私好きかもしれないなぁ」
 ぼそっと独り言が出てきた。元々、この公園で飲み物を飲んでいるときは独り言が多かった。三橋・・・いや鳴海くんと話すようになってからはいつも二人で話していたから今日は少し物足りなかった。
「1年後とか言っちゃったから、流石に鳴海くんは来ないか。そもそも私がもう公園には来ないって言っちゃったし」
 ちょっと今日も来てくれるんじゃないかって期待してしまった。連絡先も知っているので、もちろん連絡をしようと思えばできるけど何となく連絡はしたくなかった。
「さーってスコール飲み終わったし帰るかな!」
 少し大きめの声の独り言と同時にブランコから立ち上がったら公園の入り口に人影が見えた。
「うん・・・?」
 目を凝らして見てみるとうちの学校の制服を着ている。もしかして、なんて思ったら。
「あ、やっぱり加藤さんも来ていたんだ」
 鳴海くんだった。
「え。三橋くんどうしたの?」
 昨日は勢いで鳴海くんと呼べたけど、流石に恥ずかしくていつもと同じ呼び方をしてしまった。
「うーん加藤さんいるかもなぁって思って。昨日もう公園来ないからねって言っていたけどたぶん今日はいるなぁなんて。あと、ドクターペッパー飲みたいなーってね」
 三橋くんは少しはにかんで言った。何となくいつもよりも疲れているような気がする。運動部は新人戦が近いと聞いているのでもしかしてそれかな。でも今はテスト期間中で部活動は中止のはず。それはそうと、昨日あんな颯爽と「もう公園来ないからね」って言ったのに何となくいつもの習慣とちょっとした期待があって来てしまったのが見抜かれていてなんだか恥ずかしい。
「あれ、加藤さんなんか学校にいた時と雰囲気が違う?」
 スコール飲んで気分が緩んでいたから忘れていたけれども、今私は化粧をしているんだった。いや、本音を言えば公園に居れば三橋くんに見てもらえるかもなんて思っていたけど、今日は来ないって思ったらすっかり頭から抜けていた。一気に顔が熱くなるのが自分でも良く分かる。
「う・・・。実は今日三谷さん達と一緒に化粧品を買いに行って」
「うん」
「それで、そのせっかくだからって化粧してもらって。そのまま公園来てスコール飲んでいたの」
 どうしても恥ずかしくて顔を下げてしまった。
「おーそうだったんだ。てっきりいつも化粧してないからしない主義なのかなって思ったよ。えっと、凄く似合っているよ」
「え!」
「印象がらって変わるね。えっとね、似合っているよ」
 三橋くんは自販機から深紅の缶を取り出しながら、私に向かって言った。今、間違いなく私に向かって似合っているって言った。
「似合っている?」
「うん」
「そっかー!実は高田さんにも言われたんだよね!」
「あー高田さんかー。いつもしっかりしているよね。三谷さん達のグループってなんか不思議な感じなんだけど、高田さんがこう引き締めているって感じ」
「それ、実は意外に違うんだよ」
「え!?」
「三谷さんがリーダーというか引き締め役もしているんだよー」
 他愛ない雑談の時間が今日もまた続いてよかった。明日以降も続くかななんて思っているとあっという間に時間は過ぎていく。
「うーんそろそろ帰らないと」
 深紅の缶をゴミ箱に入れて三橋くんは立ち上がった。
「さすがに勉強しないと。加藤さんは今回のテスト余裕?」
「ううん。全然余裕じゃないよ。でも今日はちょっと息抜き」
「うん。僕も、今日は息抜きした。けど帰って少しくらいはやらないと」
「そうだね」
 三橋くんに返事をして私も立ち上がった。勉強も頑張ろうっていう気持ちが高まってきた。
「じゃあね。また明日学校で!」
「うん、また明日ね!!」
 三橋くんと別れて家に向かう。昨日今日で色々とありすぎたけど、私の高校生活の時計の針は確実に動き出していた。

 試験はなんとか無事に乗り越えることができた。うちの高校はテスト全体が終わったらその次日に全教科の答案が返ってくるという最速返却システム。だから、あっという間にテスト結果が分かった。今回僕は赤点なしだった。と言っても突出することなく、満遍なく普通の点数だった。これで部活の大会にも安心して参加できる。
「お、テスト良かった感じ?」
 田中が少しにやにやしながら話かけてきた。こんな風に浮ついていて、ヤンチャしてそうなのに田中は1年の時から成績トップクラスなので少し腹が立つ。昔ちょっと聞いた話だと、もともと県内でもトップクラスの進学校に行く予定だったのに、病気だったかケガだったかで満足に試験が受けられず、この高校に来たらしい。まあ、ウマが合うので来てくれて僕としてはとてもありがたい。
「いや、まあ、平均ってところ。大会には無事に出ることができるよ。赤点はないからね!」
「お、三橋にしてはやるじゃん。いつもギリギリなのに」
「うるせー優秀者」
「はっはっはー!俺を見習うんだな愚民よ」
「はいはい、見習いますよ王子様」
「王子はやめろってー」
「はいはい、王様。さて、部活行こうぜ」
「てきとーに流すなよー。ま、いいか。大会前の追い込みだな!」
 田中と二人で部室に向かった。教室を出る途中、加藤さんの顔面が青ざめていた気がするけど、きっと何かの見間違いだろう。うん、あの加藤さんに限ってそんなことはきっとない。
 部室に着くと、他のメンバーもすでに来ていて、みんな着替えが終わっていた。
「あ、たなみつ遅いぞ!早く着替えて!」
「「二人まとめんな!」」
 僕と田中の声がハモった。同じクラスだし、同じ部活だから二人で行動することが多く、いつの間にか部活内では「田中と三橋、略してたなみつ」と呼ばれるようになった。なんだかお笑い芸人のコンビ名みたいだなって思ったけど、少しの悪意が入っているので受け入れるわけにはいかない。
 そんなことを考えつつ、さっさと着替えてグラウンドに出た。さて、長距離チームの今日のメニューはアップしてから、時間走だった。20分ならいいけど、多分大会前だし30分走だと思うとちょっと憂鬱だった。大会が近いとは言えテスト明けだからもう少し軽めのメニューが良かったな。

 テストが返ってきた。今までは、ギリギリ赤点を回避してきた。一匹狼を気取っていた私は友達とテスト対策なんてしたことは一度もない。そして学業優秀というわけでもないので、何とかギリギリ、ギリギリ、とやり過ごしてきたけれども今回ばっかりはダメだった。
 2年生になって急に内容が難しくなってきたと思ったけれども、1学期はなんとかなったので、今回もという見通しが甘かった。まさか、3教科も赤点を取るなんて。恥ずかしくて、今すぐ消えてなくなりたい。
「加藤さん・・・大丈夫?」
 三谷さんがとても心配そうな顔をして話しかけてきてくれた。よく見ると、上村さん、高田さん、宮村さんもとても心配そうな顔をしている。
「えへへ・・・ダイジョバナイカモ」
「言い方がカタカナになっているよ加藤さん・・・・」
 まさかの宮村さんに突っ込まれてしまった。ちょっとテストの点数以上にショックかもしれない。
「何かあったの?ってテストの後に聞くのは野暮だけど・・・」
 うん三谷さんの顔が完全に察しましたって感じになっている。いや、三谷さんだけじゃなくて全員がお察しって顔をしているよ。どうしよう。でも、今更恥ずかしがっても仕方ない。
「みんなお察しの通り、テストで赤点を取ってしまって・・・」
「そっか・・・。ちなみに、何?」
 三谷さんが代表して聞いてくれる。小さい身体にパワフルな三谷さん。ありがとう。
「数学、化学、英語が・・・あははは」
「あ、それなら。私、英語得意だからテスト対策ならなんとかできるかも」
 三谷さんが救いの手を伸べてくれた。そのあと、すぐに高田さんと上村さんも続いた。
「しーちゃんが英語なら、私は数学かな」
「詩織ちゃんが英語、未来ちゃんが数学、私は化学かな」
 なんと、三人とも私を助けてくれるようだった。どうしよう、今泣きそう。そっと宮村さんを見ると、宮村さんはにやにやしていた。
「私はみんなのためにお菓子を用意するね!」
「いや、茉莉も一緒に勉強です。赤点じゃないとは言え、ギリギリでしょう」
「ううう。わかりました。加藤さん、一緒にみんなに教えてもらおうね・・・」
「みんな、本当に良いの?」
「うん、せっかく仲良くなれたし、一緒に勉強すれば追試だって大丈夫だよ!」
 三谷さんの言葉が心に染みる。高校2年生の終わりに頃になって、きちんとした青春が今まさに始まっているよ。お姉ちゃんになんて言おう。
「じゃあ、さっそく今日からやろうか。追試って冬休み直前の来週でしょ?今日からやれば確実に大丈夫だから」
「うん・・・みんなが大丈夫ならぜひお願いします」
「・・・私は今日は遠慮しよっかなー・・・」
「茉莉、逃げるのはやめなさい」
 三谷さんがギロリと宮村さんをにらんだ。宮村さんもそれを見てさすがに諦めたようで、しょぼーんとしながらもカバンから筆記用具とノートを取り出していた。よっし、せっかくみんなが教えてくれるから、頑張ろう。そういえば、三橋くんは文系・理系どっちに進学するのかな。

 全身が悲鳴を上げている。部室に戻ってくると僕以外の部員も全員がぐったりしていた。今日の練習はさすがにきつかった。
「・・・マジで今日はきつかった」
 あの田中ですら元気を失っていた。今日はそもそも全体練習が時間走だった。そのあと、種目別の練習だったけれども、短距離も長距離も、砲丸投げも、走り幅跳びも、今までと比べものにならないくらいの練習だった。どうやら、テスト明けだからこそあえて今日一番きつい練習を持ってきたみたいだった。何となく、顧問の言わんとすることは分からなくもないけれども、さすがにちょっとしんどかった。
「いや、マジでしんどかった。俺、腕パンパンだもん」
「本当にな。飛び過ぎて砂場のはずなのに、ケツ痛いよ」
「長距離チームは全員足が取れそうだよ」
 みんな思い思いの感想を述べていく。でも、みんな辞めようとしないし、途中で投げ出したりしない。そんなメンバーに囲まれているからこそ、僕もなんとか必死についていこうとできるんだと思う。
「田中、飲み物買いに行こうぜ」
「おー三橋はまだ余裕ありそうだな・・・」
「いや、余裕はないんだけど、糖分補給しないと死にそう」
「だな、行くか」
 僕と田中は死屍累々の部室を出て、自販機コーナーへと向かった。近くの自販機コーナーに向かうことすらちょっとしんどい。これは明日確実に全身筋肉痛だな。
 自販機コーナーに着くと僕は迷わずドクターペッパーを購入した。田中はリアルゴールドを買っていた。今日みたいな強烈な練習の後のリアルゴールドはある種理にかなっていると思う。
「・・・ああ!リアルゴールドうまいけど量が少ない!」
「田中・・・それ分かっていて買っているだろ」
「分かっているけどさーもう少し大きいサイズが欲しいって思うのよ。ほら、三ツ矢サイダーとかアクエリアスって500mlの大きい缶タイプのやつ売っているじゃん。あのくらいのリアルゴールドを売ってほしい」
「うーん、気持ちがわからないわけでもないけど」
 僕の返答を聞く前に田中はリアルゴールドの缶をゴミ箱に捨て、もう1本買っていた。よっぽどリアルゴールドが好きなんだろうな。
「あれ、三谷さんじゃね?」
「ん?」
 田中が指さす方を見るとそちらから、三谷さんと上村さんが歩いてきた。こんな遅くに学校内にいるのが珍しい組み合わせだ。
「おーい三谷さん、上村さん」
「あ、田中くん、三橋君。部活終わり?」
 三谷さんが小走りで近づいてきた。三谷さんって小柄だけどすごくパワフルなんだよな。
「そう。俺と三橋は部活終わって、自販機コーナーで一息入れているところ」
「お疲れ様。陸上部、結構強いから練習も大変そうだよね」
「いやいや、そんなことないって。な!三橋!」
「え?あ、うん。まだまだだよ」
「そっかー」
「そういう三谷さんと上村さんはどうしたの?こんな遅くまで校内にいるなんて珍しくない?」
 田中がズバッと聞きたかったことを聞いてくれた。
「私たちはね、加藤さんと茉莉・・・宮村さんに勉強を教えていたの」
「え!」
 僕は思わず大きな声が出てしまった。今日、部活に行く前に加藤さんが顔面蒼白だったのはそういうことだったんだろうか。
「ん?どうしたの、三橋君」
 上村さんに顔を覗き込まれてしまった。これは素直に話した方が良さそうだ。
「実はね、部活にう行く前に加藤さんが顔面蒼白でテスト結果を見ているのを目撃しちゃって」
「そっか。じゃあ三橋君はそれでもしかしたらって思っていたんだ。その予想通りだよ。加藤さん、結構悲惨な点数だった」
 上村さんが伏し目がちに言った。そんなに悲惨だったのか。
「いやいや絢ちゃん、確かに赤点だったけど悲惨って言うほどじゃなかったよ。それに満遍なく赤点ギリギリの茉莉と違って苦手箇所だけって感じだったし」
 三谷さんが訂正を入れる。なるほど、三谷さんの言い分を信じるのであれば全滅というわけではなさそう。でも、ちょっと宮村さんの点数が気になるけれども。
「そっかー!まああれだな!最近授業も難しくなってきているし、仕方ないなー!な、三橋!」
「お、おう。僕も今回はセーフだけど、いつも割と赤点ギリ回避くらいだし」
 僕が白状すると、三谷さんも上村さんも少し笑った。そして、多分加藤さんと宮村さんの分の飲み物を買って、二人は教室へと戻っていった。
「さて、俺らも部室戻って着替えて帰ろうぜ!」
「うん、そうだな。早く着替えないと身体も冷えちゃうし」
「もうだいぶ冷えているけどな」
 田中と二人でケラケラ笑いながら、僕らは部室へと戻った。

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