深紅の約束 最終話

 加藤さんと大事な物を交換してから、あっという間に1年が経った。この1年間は信じられないくらい色々なことがあった。
 その中でも一番の驚きは失礼かもしれないけど田中に彼女が出来た事だ。失礼承知で言うけど、まさか過ぎて最初聞いたときはエイプリールフールかと真剣に疑った。相手は高田さん。これだけは予測が出来ていたけど、本当にくっつくとは思わなかった。
 しっかり者だと思っていた高田さんは意外に抜けている所が多くて、しかもゲラというところで田中と凄く合うらしい。
 そうそう、3年生に進級すると同時に加藤さんとはクラスが変わってしまった。同じ理系コースで二クラスしかなくて、きっと一緒になれるねなんて話をしたのにまさか変わるなんて。しかし、加藤さんはいつものメンバーと同じクラスだったようで何だかんだ楽しい1年だったらしい。
 部活も勉強も必死にやって、部活では2年冬の雪辱を果たし、メイン種目で県大会出場できたし、受験は第一志望の大学に合格することができた。
 正直第一志望の大学は学力的に厳しいかもって思っていたけど、なんとか合格点に達していたみたいで、合格って知った時それはもう嬉しかった。
 ただ、東京の大学で家から通うのは正直ちょっときついので家を出ることになった。通えない訳じゃないけど片道2時間はいつか身体を壊しかねないと両親も許してくれた。
 そういえば加藤さんはどこの大学に合格したのかどうか聞けていない。というのもクラスが変わってからあまり連絡を取ったり、公園で会ったりしなくなったから。どちらからともなく、公園で会うのもまあもう止めようかという雰囲気になりそこから疎遠に。
 そして今日はあの約束の日。さっきまで卒業式に出ていて、写真を撮ったり、後輩と話したり、クラスメイトと最後の挨拶をしたりして、公園に来た。公園には誰もいなかった。
 加藤さん本人もきっと忘れているだろうなと思いつつも、もしかしたら加藤さんの事だからずっと待っているかもしれないって思ったりした。
 加藤さんを長い時間待たせるよりも僕が1人で待っていた方がいいかと思っている。とりあえず、夕方過ぎくらいまでは手元の深紅の缶を相棒としてのんびりと待っていようと思う。

 三橋くんと大事な物を交換してからの1年間はあっという間だった。途中から三橋くんとはあまり話をしたり会ったりできなかったけど、友達と呼んでいい人が沢山出来た。
 それだけじゃなくて、化粧を覚えてから凄く男子が話しかけてくるようになった。何度か告白もされた。けど私はやっぱり私が変わるきっかけになった三橋くんが気になって、全部断ってしまった。今思うととても失礼なことかもしれないけど、化粧を覚えて急に態度を変えてくる男子も男子だと思う。それはちょっと、いや結構私は怒っている。
 それはそれとして、私は今、卒業式を終えていつもの公園へ向かっている。歩きながら少し前に詩織に言われた言葉とその時のことを思い出した。
「有子さ、結局卒業までに何度も告白断っていたけどどうかと思うようよ?」
「えー、でもほらやっぱり好きな人とじゃないと付き合うとかは」
「はあ、有子って本当に乙女だよねぇ」
 詩織の言葉に絢と茉莉が頷いている。でも私だって知っている、詩織も何度も男子から告白を受けていること。それを悉く断っていること。
「有子ちゃんは好きな人がいるんだよね?」
 絢が小首を傾げて聞いてきた。くそう、相変わらずこの子は天然で可愛いな抱きしめたい。
「いやまあそのへへへ・・・」
 私が濁して逃げようとすると、こういう時に限って鋭い指摘をしてくるのが茉莉だ。
「えー?有子ちゃんが気になっているのって三橋くんでしょ?クラス変わっちゃって残念だったよねぇ」
「!?!?」
「やっぱりそうだよねぇ。みんな気が付いているよ。わかっていないの田中くんたちバカップルくらいだよ」
 詩織は少し寂しそうに言った。未来とも相変わらず仲良しではあるけど、田中君と付き合い始めてからやっぱり一緒に遊んだりすることが減ってしまった。きっと詩織はそれを寂しがっているんだと思う。
「ま、もう卒業するんだしさっさと砕けてきなよ」
「ねえ砕ける前提で話すの辞めてよ!」
 私が抗議すると詩織は口角を上げた。
「ほう、認めたね今。砕けない自信があるんですか?」
「うう・・・誘導尋問だこれ」
 私がうなだれていると最後の最後に絢がトドメを刺しに来た。
「有子ちゃん三橋くんと同じ大学受験していたよね。三橋くんは合格したって田中君経由で未来ちゃんから聞いたけど有子ちゃんはどうだったの?」
「あーそこまで知られているのかあ・・・」
「そうそう、私たちはみんな有子の事応援しているんだから、さっさとその気持ちを吐きなさい!」
 詩織に頭をくしゃくしゃにされた。身体は小さいのに器が大きいのよね、詩織は。
「えっとね。みんなの言う通り、三橋くんのことが好き。最初はちょっと気になるなぁくらいだったんだけど今ははっきり言える。凄く好き。理由は正直上手く言えない。でも好きってこういう事だと思う」
「急に饒舌にのろけだすの止めてよー」
 茉莉がケラケラしながら突っ込んでくれた。
「一気に話さないと恥ずかしくなりそうで・・・」
「そっか、じゃあ大学は?」
 詩織が再び、絢と同じ質問をしてきたので私はただ無言でサムズアップした。
「おおおおー!!」
 みんなが声を出して盛り上がった。
「じゃあ、卒業式の後に・・・?」
「うん!」
「よし、少し早いけど有子告白成功を祈って、今日はご飯行こう!ドリンクバーはおごるから!」
 そう言ったその日は途中から未来も合流して夜遅くまでみんなで恋バナをしたんだ。
 そんなことを思い出しながら歩いていたらあっという間に公園に着いた。公園には男子生徒が1人深紅の缶を片手にブランコに座っていた。
 正直1年前の約束なんて忘れられていると思っていた。忘れられているかもしれないという怖さから連絡もしなかった。
 でも、もしかしたら、という気持ちもあった。そして今三橋くんがいる公園に入る前に自動販売機で鮮やかな緑色の缶を購入した。


 飲み物を持って加藤が公園に入ると、深紅の缶を持ってブランコに興じていた三橋は加藤が来たことに気が付いた。
「あ、加藤さん」
「み、三橋くん」
 二人は短く言葉を交わして、すぐに固まってしまった。
「そ、そうだ。加藤さんもこっち来て座りなよ」
 三橋は空いているブランコを指しながら加藤に言った。加藤は顔を赤くしながら開いているブランコに座った。
「その、加藤さん覚えていたんだね」
「え?」
「1年前の約束。いやまあ僕が言いだしたことじゃなくて加藤さんが言い出したことなんだけどさ」
 三橋は少し苦笑いしながら話し出した。
「あの時、めちゃくちゃびっくりしたし、次の日もその次の日も驚きがいっぱいでさ。加藤さんがクールな一匹狼だと思ったら今はすっかり柴犬みたいだもんね」
「柴犬じゃないよ!今も狼だと思っているよ!」
 加藤は反論をするも、三橋はケラケラ笑っていた。
「笑わないでよ・・・あの時は色々その必死だったの」
「うん、わかっているよ。でもこの1年で加藤さんは凄く変わったよね」
 少し下を向いて三橋は話を続ける。
「色々な人と仲良くするようになってから加藤さんが遠くに行っちゃったなあなんて思ったりしてさ。最初は僕とこの公園で、二人で話していたのにいつの間にかそれも無くなっちゃって。だから正直今日の事も覚えてないだろうなって」
「そ、そんなことないよ!今日の事はずっと覚えていたし、三橋くんに忘れられているって私も思っていたから。」
「え?」
 加藤の返答に三橋は驚いて顔を上げた。加藤は目に涙を浮かべ真っ赤になった鼻をこすりながら続けた。
「3年生になってクラス変わっちゃったし、受験勉強あるし三橋くんは最後の部活の大会とかあるし、話をするタイミングもなくって」
「うん」
「きっと今日の事忘れちゃっているだろうなって不安、じゃないな、寂しい気持ちになることもあったよ」
「そっかあ」
「でもね、ひょっとしたらちゃんと覚えてくれているのかもっていう気持ちもあったんだよ」
「え?そうなの」
「うん。3年の秋ごろだったかな。三橋くんが友達と自販機でジュース飲んでいるとき。何気ない動作だけど迷いなくドクターペッパー買って美味しそうに飲んでいたから」
「そっかそんなことが。でもそれで言うと僕も同じかな。田中から聞いた話だけど」
「何か田中くんが言っていたの?」
「田中は高田さんと付き合っているでしょ?だから高田さんのグループの話もよく出るみたいでさ。ご飯食べるときに加藤さんがスコール飲んでいるって。聞いたとき笑っちゃったよ」
「そ、そ、それは!そのいつも飲んでいたら癖になっちゃって!」
 加藤が俯くと二人は言葉を失った。公園には二人しかおらず、卒業式が終わったばかりの昼過ぎ、まだ肌寒い風が吹く。
「「あの!」」
 漫画のようなお決まりのハモリに二人が笑った。
「えーっとじゃあまた交換をしようか」
 三橋が意を決して言った。
「うん。そうだね、それが約束だったし」
 加藤は少し寂しそうに承諾した。
「じゃあはい、加藤さんこれドクターペッパー」
「はい、三橋くんこれスコールね」
 二人はそれぞれが購入した飲み物を交換した。
「じゃあさっそく・・・」
 プシュっと缶を開ける音。二人とも静かに乾杯して本当に一番大好きなものを飲んだ。
「あー!久しぶりのスコール美味しいなあ」
「ドクターペッパーのこの杏仁豆腐の感じが懐かしい!最高!」
 さっきまでの静寂はどこに行ったのか、二人はニコニコしながら飲み物を飲み続けた。
 お互いが飲み物を飲み終えたタイミングで三橋から加藤に声を書けた。
「加藤さん」
「どうしたの?」
「えっと・・・・」
 視線を逸らし、頬を書きながら三橋は続けた。
「この1年、大事な物を交換して過ごしてきたよね」
「うん」
 加藤はこの時、薄々であるがこの後言われるであろう言葉が分かった。
「それで、この1年でスコールが大好きってことが再確認できたし、自分が思っていたよりもみんなと違っても良いんだって考えも変わって。大袈裟だけど生きやすくなったんだよね。それでね、それと同時にもう2つ自分の中で大好きなものが出来て」
「大好きな物?」
「うん。一つはドクターペッパー。こんなに美味しいなんて思っていなかった。スコールと並ぶくらい大好き」
「そっかー三橋くんもドクターペッパーの美味しさに気が付いてくれたのね」
「うん。それでもう一つって言うのがね」
「何?」
 三橋は一呼吸おいた。
「加藤さん、僕は加藤さんの事が大好きです」
 予測していたとは言え、自分も好きな人から好きと言われたことで加藤は大きく目を見開いて、固まってしまった。
「僕は大学進学を機に東京で一人暮らしをするので、ちょっと遠距離になるかもしれないんだけど、お付き合いしてください」
 加藤は固まりながらちょっと笑ってしまった。三橋は加藤が同じ大学に進学することを知らない。おそらく田中や高田は意図して三橋に伝えなかったんだろう。
「三橋くん。本当は私から言おうと思っていたけど。私も三橋くんが大好きです。とっても大好きだし大事です。一匹狼を装うちょっと変わり者だけどこんな私で良ければお付き合いしてください」
 加藤の返事に今度は三橋が固まった。
「え・・・」
「あとね、実は私の進学先三橋くんと同じ大学なの。だから、遠距離にはならないよ!」
「ええ!!」
「あはは、誰も三橋くんには話さなかったんだね」
「そりゃないよ・・・無茶苦茶緊張したのに」
 そう言って三橋はスコールを飲もうとしたが既に全部飲み切っていた。
「あ、もう飲み切っちゃった」
「私も飲み終えているよ」
 二人は顔を見合わせて、それから笑って手を繋いで公園の自販機に歩いて行った。

「鳴海くん、今日の授業何限から?」
「僕は1限からあるなぁ。有子は?」
「私は今日3限からだからちょっとゆっくりしていく」
「そっかー羨ましいなぁ」
 三橋と加藤の二人は大学進学後も付き合っている。お互い一人暮らしをするにあたって、両親に付き合っていること、家賃等を鑑みてルームシェアをしたいという事を伝えた。ルームシェアと言いながら実質同棲だが、二人の両親は申し出を快く受け入れた。
 特に、加藤の家は姉の茉莉が凄くニヤニヤしていた。
『まさか、初っ端から同棲なんてねえ。有子もやるねぇ』
『もう!お姉ちゃん止めてよ!!』
『鳴海くんだっけ?有子のこと頼むね。知っての通り、無駄に格好つけようとするくせにうさぎみたいに寂しがり屋だから』
『はい、任せてください』
 茉莉に言われた通りという訳でもないが、鳴海と有子の同棲はもう3年目になる。
「今年は就活もあるからなぁ。なるべく前期のうちに単位取っておきたい」
「鳴海くん偉いなあ。私はちょっと楽しちゃった。でも就活はちゃんと頑張る!」
 二人の間には高校の時には感じられなかった信頼のような雰囲気が出ている。
「あ、行く前に飲み物飲んでいくでしょ?」
「もちろん!これはもうすっかり日課だねぇ」
 二人で一緒に冷蔵庫の前に行き扉を開けると、深紅の缶と新緑の缶がしっかりと入っていた。二人は仲良く一つずつ手に取り静かに乾杯をして、プルタブを開けた。

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