ふたり 2日目
■5月6日(土)
翌朝、何度も鳴るインターフォンの音で目が覚めました。目が覚めた直後に真っ先に頭に浮かんだのは「母は何時に来るか言っていたかな」です。東京行くついでに家に行くからねと。つまり、時間指定をしていないですし、そもそも今日東京に来るとも言っていないのでは。寝起きの頭をフル回転させると何となく腕が重たいです。
『むにゃむにゃ』
京華が私の腕にしがみついてむにゃむにゃ言っています。夢で何か食べているのでしょうか。とりあえず髪の毛を撫でておきます。もちろんこの間もインターフォンが鳴っています。時計を見ると朝8時です。早すぎるわけでもなく、遅すぎるわけでもない。絶妙な時間を突いてくるのが母っぽいです。
のっそりと布団から出て、返事をします。
「はーい、今開けます」
扉を開けるとやはり母でした。
「おはよう京子。もしかして今起きたの?」
「うん。お母さんのインターフォン連続音で目が覚めた」
「そりゃ悪かったわね。今日は昼から夕方まで用事があるのだけど、その前に荷物だけでも置かせて欲しくてね」
なるほど。そういう理由でこの時間だと私は何も反論できない。まだ頭が完全に起きていないがこのまま母を入れないのもおかしな話なので部屋に案内します。
「うん。割と綺麗にしているじゃない」
「そりゃ、汚い部屋は流石に私もいやだもの」
「菜緒ちゃんは元気?」
「うん。元気だよ」
母と菜緒ちゃんは直接会ったことはありませんが、私を通してお互いを認識しています。しかし母は菜緒ちゃんの事を私の”親友”と思っています。彼女であることはまだ伝えていません。いつか伝えないといけないことですが今はまだ伝える必要はないと思っています。
「それにしても、やっぱりちょっと古すぎるわね」
「このアパートが?」
「そうよ。何度も反対したのに結局勝手に契約してきて・・・」
「それは仕方ないじゃない」
『・・・京子?』
まずいです、まだ頭はきちんと起きていない状況では流石に京華と話をしながら母と会話することはできないです。
「どうしたの京子、なんかボーっとしちゃって」
「なんでもない。荷物どうするの」
「あー忘れていたわ。キャリーケースを置いておいて」
母がごそごそとキャリーケースを玄関から運んでくる一瞬の隙をついて京華に話しかけます。
『京華、今母が来ているからちょっとだけ大人しくしていてね』
『ずいぶん早くに来たのね・・・もうちょっと寝ているね』
返事をするなりまたむにゃむにゃ言い出したので本当にすぐに寝たのでしょう。ドラえもんではなくのび太君リスペクトですね。
「はい、これよろしく」
「わかった。夜は何時頃になるの?」
「そうねえ。この部屋はお風呂ないからどこかでお風呂も入ってから来るか21時ってところかな。ご飯とか私は自分で済ませてくるからね」
「じゃあ21時には私もお風呂済ませて部屋に戻っているね」
「よろしくね~その時にこの部屋の事も含めて色々話すからね。じゃあね~」
母は不穏な一言を残して颯爽と部屋を出ていきました。京華に気が付いているのかどうか全く分かりません。何の素振りも見せなかったので余計に怖いです。
とりあえず母は去って行き、京華がまだ寝ているので私も再び布団に入って二度寝することにしました。何となく京華を抱きしめるとやっぱりなんだかいい匂いがしてとても落ち着いて来てすぐに眠りに落ちました。
○
次に目が覚めたのはお昼過ぎでした。どうやら私はしっかり京華を抱きしめて寝ていたようで腕の中に京華がすっぽりと収まっていました。ふーむやっぱり可愛いですね。
「京華、起きているでしょ」
『えへへ、バレてた~』
「寝ている時は京華、ずっとむにゃむにゃ言っているからすぐに分かりますよ」
『えー!むにゃむにゃなんて言っていないよ!』
「言っていましたよ。とても可愛かったです」
『もう、からかわないで!』
そう言うと京華は私から離れていき布団を通り抜けて空中でくるりと一回りしました。今日の服はジーンズに無地グレーのパーカーで髪の毛はベリーショートでした。
「今日はずいぶんとボーイッシュなスタイルですね」
『うん。なんか今日はこういう気分だったの』
「ボーイッシュは分かるのですね」
『何となくね。ボーイだから男の子っぽいってことでしょ?』
「そうです。京華さんがどこまで知っていてどこまで知らないのかも少しずつ調査していく必要がありそうですね」
さて、京華も無事に起きたところで私はとてもお腹が減っていることに気が付きました。朝ごはんも食べずに昼過ぎまで寝ていてはそりゃあお腹減りますね。
「とりあえず、私はご飯を食べますね」
『うんどうぞー。私はテレビ見ていてもいい?』
「どうぞ」
私はテレビをつけてキッチンに向かいました。さて、冷凍ご飯の解凍ですらめんどくさいので簡単な焼うどんを作りました。みそ味です。ちょっと焦がしたにんにくも入れているのでとてもいい香りがして空腹をさらに刺激しています。
「さーて、いただきます」
部屋に持っていき食べようとしたところで京華がじーっと見ているのに気が付きました。
「京華、どうしたの」
『ねえ昨日さ京子に触れている間、フルーツ牛乳飲めたよね』
「そうですね。飲めましたね」
『つまりご飯も食べられるよね』
「・・・そうですね」
『食べたい』
昨日聞いた限りでは特別空腹やのどが渇くということはないそうですがそれでもやっぱり人が食べている所とかを見てしまうと食べたくなりますね。特に昨日飲み物が飲めるし味も感じることが分かったばっかりです。
「仕方ないですね。京華の分もさっと作っちゃうので待っていてください」
『やったー!京子大好き!』
調子のいいことを言いながらまた空中でくるくる踊りだしました。本当に幼児みたいな元気さがありますね。
さっと同じ焼うどんを作って京華に出します。とりあえず京華と私が触れていればいいので、お互いの身体が触れる距離まで寄せ合って食事再開です。
『うーん美味しい!!生きていた時以来の食事だけど本当に美味しい。うどんってこんなに美味しいんだ』
「そこまで言ってもらえるなら作ったかいがありました。ただの味噌を使った焼うどんですが」
『簡単に作れちゃうなんて京子凄いね!』
満面の笑みを向けられてしまいました。邪気が全くない笑顔はちょっと眩しすぎますね。そして普段であれば自炊している私偉いえっへん褒めてって思いますが実際に褒められると流石にだいぶ恥ずかしいですね。顔が熱くなっているのが凄く良く分かります。
「褒めていただきありがとうございます」
『ねえー京子さー』
うどんを器用にすすりながら話しかけてきます。
「なんですか」
『せっかく京華って呼び捨てになったのに、その堅苦しい口調は直らないの?』
「うーんそうですね・・・。ちょっと意識していたので」
『意識?』
「そうです。まだちょっと分からないことが多いですし、そんなすぐにタメ口でもいいものかどうかっていう」
『もう既に呼び捨てなんだし、堅苦しいのは止めて欲しいな~』
「・・・京華がそこまでいうならやめるね」
『やったー!!ありがとう京子!』
「ああもう口の周りが味噌だらけ」
『拭いて~』
本当に、妹がいたらこんな感じなのでしょうね。年齢的にはたぶん同じだと思うのですが。口周りを拭いてあげると凄く嬉しそうでした。
その後一通りの洗い物をした後に少し出かけることにしました。外に出て京華の事をもう少し知っておきたいのです。明るい時間にお墓の所も見ておきたいですし、母がいないうちにもう少し情報を増やしておきたいところですね。
5月の陽気が気持ち良く、散歩をするには良い気温なのですよね。京華がそれを感じられるかは分からないですが。
『あ~この季節って気持ち良いから外に出ていても眠れそうだよね~』
しっかりと季節感じていましたね。私から触れなくても京華が私に触れていればいいので今京華は宙に浮きながら私の身体に触れています。実体化(仮)の状態でも宙に浮いたり服を着替えたりできるみたいなのでそれもそれでちょっと不思議ですよね。
『ところで京子、今からどこに向かうの?』
「まずは例のお墓に向かっています」
『え!あのお墓見に行くの・・・』
「明るいうちに一応見ておこうかなと」
『うーん、京子がそう言うなら良いけど』
少しだけ京華は不機嫌になりました。確かに自分のものと思しきお墓を観に行くと言って気分が良くなることなんてないですもんね。むしろ気分悪くなりますね。
とは言ったものの、私のアパートからあっという間に着くのでそんなに長く無言時間は続きませんでした。
「明るい時間に見るのは初めてですが、墓石の名前が分からないですね」
『え?』
「普通は墓石にその家系の名前が書かれていたり、お墓に眠っている人達の名前が書かれていたりするんだよ。でも、何も書かれていない。これ本当にお墓なのかな」
『そう言われると、お墓の形をした石が土の上に乗っているだけにも見えるかも』
「でも京華はこのお墓から出てくるんですよね?」
『うーん最初に言ったけど、スタート地点は間違いなく京子がいるあのアパートだけど確かに大元がこのお墓なのかどうかは分からないかも。だって、意識がないんだもん』
「そう言われればそうですね」
『でもでも、京子が言っていたみたいにちょっと石がズレてるね』
京華に言われて改めて墓石と思しきものを見てみると、地面から若干ズレている。流石に掘り返したり、もう少し石を動かしたりするという罰当たりなことはするつもりはないです。でも、少し石を触ったりして見ても良いですよね。
『京子何をしているの』
「ちょっと罰当たりかもしれないけど、石を触っているの」
『変なところとかある?』
「何も変なところはない・・・。ごくごく普通の石かな」
『だよねー。ねえそろそろ他のところに行こうよー』
京華の我慢が限界のようですね。明るいうちに見に来ているとは言え、少しジメジメする場所なのできっと嫌なのでしょう。こんなこと言っている私もそんな長い時間ここに居たいとはさすがに思わないので、京華の言う通りここから離れることにしました。
「そうだね。特に何も変わりないし、行こうか」
【京子、よろしく頼むね】
京華に似ているけれども京華とは違う声が聞こえた気がして思わず墓石を振り返ります。
『京子どうしたのー』
「いえ、何でもないです」
『また敬語になっているよー』
「ごめんごめん。何もないよ行こうか」
きっと気のせいだと思いますがどうしても頭から離れませんでした。何か不吉な予感がしなくもないですが、今は気にしてもしょうがないので墓地から離れました。
○
墓地を後にした私たちは普通に街中を歩きました。
『ねえ京子~』
『どうしたの京華』
周りに人が多いのでテレパシー(仮)で会話をすることにしました。
『ただ街を歩いているだけだけどこれでいいの?』
『いいの。本当に京華の事が見えていないのか、声が聞こえていないのかを調べたいから』
『そっかー。昨日の銭湯でだいぶ色々分かったと思うけど京子的にはまだまだなんだね』
『そうよ。でもここまで誰も振り返ったり、気に留める感じもしないから本当に見えてないみたい』
『だねえ。でもさ、この状況で私が何か食べたり飲んだりしたらどうなるのかな』
『それも検証してみたい気がするけど、誰かに突っ込まれたときに言い訳が思いつかないからやめておこう』
『そうだね~。あ!本屋さんだ!』
突然京華の足(足は浮いていますが)が止まりました。私もたまに利用するごくごく普通の街の本屋さんです。
『京華どうしたの』
『ねえ京子、ちょっとだけ本屋さんに寄り道しても良い?』
『いいよ』
『やったー!!ありがとう』
言うだけ言って京華はぴゅーっと自動扉をすり抜けて店内に入っていきました。こうやって客観的に見ると間違いなく幽霊なんですよね。なんと言っても扉をすり抜けていますし。
『京華、私は少し参考書を見たいので後で合流しよう』
『はーい!』
私はいつも通り参考書コーナーに向かいました。確か英語の新しい参考書が出ていたので、それを手に取って見ます。受験の時とは違い大学で使う英語は専門用語が多いのですが基本は同じなのでたまに勉強をやり直さないと大変なことになりがちです。
「うーん。ちょっと期待していたけどこの参考書はちょっと微妙かな」
何となく独り言を呟き、文芸コーナーに移動します。文芸サークルですのでもちろん文芸作品も読みます。でも目当ての作家さんは先月に新刊を出したばかりなので今月は何も出ていないはず。
文芸コーナーには京華がいました。手に取れないことが凄くもどかしそうですが目がきらきらしています。
「京華」
周りに誰もいないのを確認して普通に話しかけました。
『京子、この本ちょっと手に取ってもらっても良い?』
「ええ、これですか」
『うん。それ!』
手に取ったのは新本格ミステリの代表格とも言える作品でした。京華がこのような小説を読むなんて凄く意外です。
「これが好きなのですか?」
『好きってわけじゃないんだけどね。前に実体化した時に、あの部屋に住んでいた人が読んでいたの。私も後ろから読もうとしたんだけど、その人の読むペースが早すぎて』
「なるほど、ほとんど読めなかったんですね」
『うん。でも今なら実体化(仮)できるし、読めるかなって!』
「読めるし、これなら私の家にもあるよ」
『京子の家にあるのは知っているけど、私の物が欲しいなって』
「・・・仕方ないね。特別に買ってあげるよ」
『ええ良いの!!やったー京子大好き!』
京華は私に飛びついてきました。実体化(仮)しても重さは感じないのです。実体化しているなって感じはあるのですが、そこに重さはないので変な感じです。
「じゃあ、会計してくるので待っていてね」
『うん待っているねー』
京華は本屋の前まで移動していきました。移動の際に本棚とか扉とか全部すり抜けるのはちょっとヒヤッとするから止めて欲しいですね。あとで本人にも言わないと。
会計を終えて本屋を出ると京華が少しぼんやりとしていました。
外に出ると流石に人通りが多くなったので、直接話すことを止めました。
『京華、どうかしたの』
『・・・ううん。なんでもない』
『何かあったら何でも言ってね』
『うん、ありがとう京子』
その後、街を一通り散歩して一つ発見がありました。犬や猫といった動物が何となく京華の事を感じているようでした。
動物は人間よりも感覚が鋭いと言いますがまさか幽霊に対する感覚まで鋭いなんてさすがに思ってもみなかったですね。しかし、それも個体差があるようで、気が付いて吠えてきたり威嚇してくる場合もあれば完全にスルー、つまり何も気が付いていないというパターンもありました。急に飼い犬が吠えたりするので、飼い主が驚いていました。なんだかすごく申し訳ない気持ちになりましたけど仕方ないですね。
『うーん!なんだか沢山歩いたね』
『歩いたのは私ですけどね』
『気持ち的には私も沢山歩いたの!』
今は街はずれにある自然公園で休憩しています。ここは広いため人が沢山いても意外にみられていなかったりするのです。そのためここで実験です。
『さて、京華ここで実験です』
『実験?』
『さっきコーヒーとココアを買いましたね私が』
『うん』
『実体化(仮)をして、好きな方を飲んで』
『ええ!!こんなに人がいるのに良いの?』
『いいんです。実験だから』
私が伝えると京華は意外にもコーヒーを手に取り飲みました。
『うげえコーヒーってこんなに苦いんだ』
『ごめんなさい。これブラックです』
『ブラックコーヒーは初めて飲んだよ!』
京華の初めてを奪ってしまったようです。ブラックコーヒーがですが。
さて、京華がコーヒーを飲んでいる間私も何食わぬ顔でココアを飲みながら周囲を確認します。明らかにこっちを見ている人はいませんし、ちらちら見ている人もいません。もちろん通り過ぎるときにちらっと見てくる人はいますが特に変な物を見るような感じもありませんでした。
『うーんこれはもしかして』
『どうしたの京子』
『京華、そのままコーヒー飲んでいてもらっていい?ちょっと写真撮影するから』
『うん、わかった』
写真を取って見るとそこには何も写っていませんでした。これは写真じゃなくて動画にした方がよさそうです。
『京華、そのままコーヒーをベンチに置いてもらっていい?』
『うん置くね』
すると、先ほどまで何も無かったベンチに急にコーヒーが入ったカップが出てきました。
『・・・これは』
『京子?』
『いえ、もう大丈夫です。普通に飲んでください』
『うん!』
実体化(仮)状態の京華が物を持つと、京華が他の人から見えないのと同じで物も見えなくなるみたいです。これは万が一誰かに見られたとしてもマジックの練習中って言い訳が出来なくもないですね。ただ何もない空間から出てくるので上手い言い訳がありませんが。
『京子~ココアと交換して~』
『絶対にそう言うと思ったよ。はいココア』
『ありがと~』
京華から受け取ったコーヒーは少しだけ冷めていて苦味が強かったです。
○
私がコーヒーを飲み終わり、京華もココアを飲み終わったのでぼちぼち帰ろうかというタイミングで声をかけられました。
「あれ?京子ちゃん?」
「ん?あれ、有子ちゃん」
皆さん覚えていますか。かなり最初のほうに一瞬名前を出した同じ大学の有子ちゃんです。学部も同じで授業も割とかぶっているので自然と話すようになりました。
「なんかぼーっとしていたけどどうしたの京子ちゃん」
「今日一日久しぶりに街を散歩したからちょっと疲れて休憩」
『京華、今持っているココアの紙コップは絶対に手放さないでくださいね。あと、私から離れないでください。実体化(仮)が解けないように』
『うん、わかったけど京子って本当に器用だね』
有子ちゃんと話しながら京華に伝えることを伝えました。一瞬の出来事ではありますが、脳が疲れますね。それと同時に疑問が出てきました。
「今日は鳴海君と一緒じゃないの?」
「うん。京子ちゃんと同じで私も今日は一人であちこち散歩してきて疲れたーって休憩しに公園に来たの」
同じ大学で一人暮らしをしている地域も割と近いのでおのずとこの公園にたどり着くのは当たり前ですね。有子ちゃんはそんな私をよそに深紅の缶を取り出してプルタブを開けました。
「相変わらずドクターペッパーが好きなんだね」
「うん。やっぱり世界で一番美味しい飲み物だと思うよ」
「・・・私にはその味は分からないけど」
有子ちゃんと鳴海君カップルは大学でちょっとだけ有名。有子ちゃんはいつもドクターペッパーを飲んでいるし、鳴海君はいつもスコールを飲んでいる。そして1年生の時というより入学した当初から同棲をしている。うん、そりゃ有名になるよね。
「いつか京子ちゃんもこの味が分かる時が来るよ」
「来るのかなあ」
「来なかったら私が意地でも来させるよ」
本気の目をしているので怖いです。おー、怖い。
「怖いよ」
「あはは、冗談冗談」
「冗談で良かった。じゃあ私はそろそろ行くね。今日の夜お母さんが家に来るんだよね」
「そうなんだ!それはある意味大事件だね。頑張ってね」
「うん、有子ちゃんありがとうまた大学でー」
「あ、京子ちゃん」
「うん?」
「直感なんだけど、悪くないけど何かありそうな気がするからお祓い的なの行った方がいいと思うよ」
私が目を見開いて、言葉を出せずにいると有子ちゃんが言葉を続けます。
「霊感ってほどじゃないんだけど、何かを感じることがたまにあるの。今京子ちゃんから何かを感じたんだけど、寒くはないしどちらかと言えば暖かいものだから悪いわけじゃないと思うんだけど・・・っていう念のためね!」
「わかった。実はお母さんが霊感とっても強い人だから今日の夜に聞いてみるありがとう。鳴海君にもよろしくね」
「言っておくよーじゃあ大学で」
私は有子ちゃんから離れながら京華に話しかけます。京華は私のお願いをしっかり守ってくれて今も実体化(仮)が維持できるように私の腕に触れています。
『京華、ごめんね急に友達に会うなんて思わなかった』
『大丈夫。京子の友達に会えてなんか不思議な気分だよ~』
『不思議な気分とはいったい』
『ほらー生きていた頃の記憶なんてほぼないんだけどさ、幽霊になってからの記憶はちゃんとあるの。それで、今まではこうやって誰かの友達とか知り合いに会うっていうことが願っても叶わなかったんだもん。だから初めて友達の友達に会った気分なの!』
急にこういう真面目なことを言ってくるから油断ならないですね。本当にこういう時にどういう顔をしていいか私は分からないんですが、とりあえず目を見開いておきます。
『むう・・・何その顔』
『いえ、ちょっと驚きというか』
『驚いているの?』
『生きている時の記憶がほとんどないって言うのは初めて聞いたような気がしたの』
『うーん、そういえばそうかもね!』
割と重要なことのような気がしますがケラケラ笑いながら話す京華にちょっと私も安心しました。さて、色々と分かりましたしそろそろ家に帰らなければ。
『京華、そろそろ帰ろうか』
『うん!お家に帰ろう!』
『夜ご飯はまた焼うどんで良いですか』
『味噌以外の味がいいなー!』
これから母が戻ってきてどうなるのかは分かりませんが、まあきっと何とかなるでしょう。もしかしたら何も感じていないかもしれないですし。当たって砕けろの精神です。もちろん砕けてはいけないのですが。
○
京華のリクエスト通り夕飯はめんつゆを使った超オーソドックスな焼うどんを作りました。京華は信じられないくらい喜んで美味しい美味しいと食べてくれます。ここまで元気にしかも美味しそうに食べてくれると作り甲斐がありますね。やっぱり口の周りはべたべたになっていましたが。
昨日と同様に二人で銭湯に行き、フルーツ牛乳を2本買って家に戻ってきました。時刻は20時40分。母が戻ってくるちょっと前でちょうどいいですね。
「フルーツ牛乳を飲んじゃおうか」
『うん!』
京華は元気よくフルーツ牛乳の蓋を開けてグビグビと飲んでいきます。もちろん私もそれに続きます。
「あーー美味しい!」
『あーーウマい!』
感想がほぼ同時で二人してゲラゲラと笑いました。念のためにフルーツ牛乳瓶は私のカバンの中に隠して、母の帰りをのんびりと待ちました。
「あーただいまーふー」
21時ピッタリに母が帰ってきました。本当にこの人はきっちりしていると言いますか、言ったことはきっちりと守る人と言いますか、とにかく凄いなと尊敬してしまいますね。
「お母さんおかえりなさい」
「いやー久しぶりに東京の銭湯に入ったけど良いもんね」
「でしょ!」
私が胸を張ると母が笑います。
「あんたが誇ってどうするのよ。ま、青森には敵わないけどね」
「青森は朝からやっているし温泉があるし、料金もちょっと信じられないくらい安いから」
「ま、それはいいのよ。とりあえず私着替えるわね」
「スーツケース出してあるよ」
「ん、ありがと」
そう言って母は着替え始めました。
『ねえ京子―』
『京華どうしたの』
『京子って青森出身なの?』
『うーん、今父と母が住んでいるのは青森だけど生まれたのは東京らしいよ。東京での記憶はほぼないから実質青森生まれだけど』
『そっかー』
『何か引っかかることあるの』
京華が何かを言おうとしたタイミングで着替えが終わった母が部屋に入ってきました。
「いやいや、東京は人が多いから歩くだけで疲れちゃうわね」
「人込みは確かに疲れるよね。そういえば今日は何の用事だったの?」
「内緒よ。本当はお父さんも一緒に来るはずだったんだけどね。どうしても外せない仕事があってね」
「そういえばお父さんとお母さんって毎年この時期になると東京に行っていたよね」
「そうね。毎年この時期にこっちにいる人と用事があるのよ」
「そうだったんだねー」
そんな風に他愛もない会話を続けていると母が急に表情を引き締めました。
「さて、京子に話さないといけないことがあるの」
「え?」
とぼけていますがついに来たかって思いますね。
「話さないといけないことって言うか、今日の朝に気が付いたんだけどね」
「うん」
「この部屋、なんか憑いているでしょ」
「??」
私が全く霊感のようなものがない事は母が一番よく知っているのでここは素直に何を言っているんだろうって反応をしておきます。
『うわー、京子のお母さん本物だ・・・すごーい』
『京華、今は静かにしていて』
「ちょっと京子聞いているの?」
「え?あ、うん聞いているよ」
「はあ・・・この子は本当に霊感って呼ばれるものが何もないんだから。うちの家系でここまで霊感がない子って言うのも珍しいものよ」
「あはは・・・」
「そんなことはどうでも良くってね。この部屋に入った瞬間に感じたわよ。悪い物じゃない。そしていつもならある程度姿が見えるというかぼんやりと分かるんだけど今回は何も分からない。ただ、漠然とそこに”憑いているな”としかいえない。悪いものじゃないと言ったけどだからと言って良いものであるかも分からない。しかも、これは私の直感にすぎないけど、たぶんお祓いが効くタイプでもない」
「お祓いが効くタイプ?」
『幽霊ってそんなタイプがいるの?』
京華と私がほぼ同時に同じ疑問を持ちました。母は私に霊感が全く無いと分かってからそういう霊に関する話を全然しなくなりました。勉強や運動は正直他の人よりもかなり出来たのでそういうところに才能が行ったのだろうと母は私に言ってよく褒めてくれました。
ちょっと話が逸れましたが、霊感というものが全くないのでこうやってきちんと霊の話を聞くのは生まれて初めての事でした。
「そうそう、何となく京子も漫画とかアニメで聞いたことあると思うけどざっくり分けると良い幽霊と悪い幽霊がいるのよ」
「うん、それは分かる」
「実は良い幽霊の方が、お祓いが効かないのよ」
「え?」
『ええ?』
またして京華と私は同時にリアクションをしました。
「これがまた難しい話ではあるんだけど、良い幽霊って現世に未練があるとか、誰かを呪いたいとかそういう気持ちがあるわけじゃないのよ。言ってしまえば”ただ、そこにいる”だけ」
「ただ」
『そこにいるだけかぁ』
「お祓いは読んで字のごとく”祓う”ということ。祓うは悪い物や事を清めるという意味なの」
「あ、そうか」
流石にここまで聞けば霊感が無い私でも簡単に理解できます。そしておそらくですが京華も理解しているはずです。
「霊感が無いにしても、流石私の娘ね。わかったのね」
「うん。良い幽霊はそのままで良いし悪くもないからそもそも”祓う”っていう概念が通用しないってことでしょ」
「そう。まあだから私達の家系のようなイタコが降ろすことで良い幽霊には納得してもらって成仏してもらうの」
「成仏は祓うとまた違うの?」
成仏も祓うも結局のところは幽霊という存在を消してしまうものであるから同じな気がするけれども、母の言い方は含みがありますね。
「成仏は煩悩が消えて、悟りを開いた状態のことなの。煩悩が無いってことは現世に未練がないってこと。祓う場合は未練があろうがなかろうが、強制的に現世から退場してもらうってこと」
「強制退場するかルール通りに退場するかっていう違いねなのね」
『ねえ京子、こうなると私って現世に未練があるってことだよね』
『うんそうだね。でもちょっと待っていてね。もう少し母の話をきちんと聞きたいから』
『わかったー』
京華はふわふわと宙に浮きながら寝始めました。一番関係しているはずの人間(既に死んでしまっていますが)が一番関係なさそうにしているのは何なんでしょうね。
「少し話が逸れたけど、まあ憑いているわね」
「うーん。私は分からないなぁ」
「京子、嘘は止めなさい。霊感がないのは間違いないけどこの霊は京子から感じるの。最初に部屋に憑いているって言ったけど正確には京子に憑いている」
「うっ・・・」
ここまで言われてしまうと嘘をつき続けるのは厳しいです。そして、イタコの母は味方につけた方が絶対に良い気がします。
『京華』
『うーんなあに』
『母に京華の事を話しても良い?』
『えー?なんで』
『もう隠し通せないから』
『仕方ないなぁ。また焼うどん作ってくれるなら話して良いよ』
『分かった、作るよ』
京華の同意も得ることが出来ましたので母に全てを話すことにしました。
「お母さんごめんなさい。全部ちゃんと話すから聞いてください」
そう言って私は京華と出会ったところから今日までに分かったことを全部話しました。
○
「驚いたわ。まさかそんなことになっているなんて」
「お母さんも驚くんだね」
「もちろんこんな話聞いたことすらないからね」
母は一通りの話を聞いて、そんな幽霊は聞いたことがないと言いました。今まで結構な幽霊と対話してきたはずの母ですら分からないなんて。
「そういえばその幽霊は名前とか憶えているの?」
「あ、名前言ってなかったね。京の華って書いて京華って言うんだって」
「・・・・」
京華の名前を伝えた直後に母は急に黙ってしまいました。急に黙ってしまうと怖いのでできれば止めて欲しいですね。というか肝心の京華は何をしているんでしょうか。
『むにゃむにゃむにゃ』
寝ていますね。器用に宙に浮いて寝ています。しかもいつの間にかパジャマに服装を着替えています。熊柄のパジャマが似合っていてキュートですが、せめて母と話しているときくらいは起きていて欲しかったですね。
「京子」
「うん?」
「幽霊は間違いなく”京華”って名乗ったのね」
「うん。年齢とかそういう基本プロフィールはほとんど覚えていないみたいだけど、名前ははっきりと京華って言っていたよ」
「そう・・・」
「どうかしたのお母さん」
「なんでもないわ。とりあえず、色々と聞いた結果今すぐに害があるわけでもなさそうだし、京子の生活に支障が出ないのであればそのままでいいわ」
「え!?」
私が驚くと母は「やれやれ」と聞こえてきそうなくらい頭を抱えて左右に振っています。なんでしょうね、自分の親に対しての言葉ではありませんがイラっとしますね。
「今は何も対応できるもの持ってないからよ。準備が必要なのは京子も良く分かっているでしょう」
「まあ、それは分かっているけど」
「それに、京華さんと一緒に過ごすの少し楽しんでいるでしょ」
母は本当になんでもお見通しですね。凄い短い時間ではありますが、京華と一緒にいるのは楽しいのです。菜緒ちゃんと一緒にいるときとは違う楽しさです。以心伝心出来ているとでも言いますか。大学にいるとき、私はボケたりすることは全くないのですが京華の前であれば不思議と安心してボケることができるのです。
「えへへ。お母さんはなんでも分かっているね」
「なんでもお見通しよ。でも菜緒ちゃんの事もちゃんと大切にしなさいよ」
「もちろんそれはぜったい!」
「それならいいわ。私は明日の午後には帰るから今日は寝ましょうか」
「うん。ちょっと布団を敷くから待っていて」
そうして私達は眠りにつきました。
