【短編】あの日の背中
ノラ・ジョーンズの歌声が流れる、秋。カップを両手で持つ。息を吹きかけると、揺れる紅茶の湯気の向こうに、浮かぶ背中。
:::
まだ私が新入社員で、地元のショッピングセンターに勤めていた頃。
地元民は『何か買うならココ』といった感じ。私も誕生日やクリスマスだけでなく、ことあるごとに家族で買い物に来ていた思い出深い場所だ。
ただ老朽化が進み、ライバル店も増えたため、大幅なリニューアルをすることになった。
店を半年閉め、骨組み以外は全部建て直す。地元ではちょっとしたお祭り騒ぎだ。
閉店まで2週間を切っても、通路に溢れる商品の山。他店で売れ残った品物がぞくぞく集まってくる。
セールが続いて1ヶ月…値段にも見慣れたのか、ここ数日の売り上げは低迷していた。
こうなったら気合いで売り切るしかない。
店内アナウンスを入れる。売り場で声を張り上げる。タイムセールを実施する。
拡声器を使うのに、躊躇いすらなくなった。
「全部売り切れよ」
バイヤーの圧が心臓に重くのしかかる。若さと元気が取り柄の新入社員でも、日に日に、笑顔も余裕も消えていく。
その日の夕礼でのこと。主任から「売り場でかけるBGMを用意して欲しい」とお達しがあった。
半年後の開店に間に合わせるため、売り場の影響がない場所から徐々に工事が始まっていた。そしてついに、放送がストップするところまで進んだのだ。
『愛しのCDコレクションの出番だ!』
口角が上がっていることに気づく。
ええっと、落ち着いて買い物を楽しんでもらえるようなラインナップは…ノラ・ジョーンズ、ジャック・ジョンソン、エルヴィス・コステロ、エイミー・マン、タヒチ80・・・など、他にも数枚CDを見繕って持って行った。
出社して売り場に向かうと、一直線にラジカセの元へ。洋服をたたみ直す作業中、メロディーに重なる鼻歌。
レジ当番に入ったとき、ちょうどノラ・ジョーンズのアルバムを掛けていた。
『フィールズ・ライク・ホーム』
我が家のように、くつろいで。
お昼時の売り場は、人影がまばらだ。
レジ前のベンチに、男が一人座る。
丸まった背中。項垂れた頭。
スピーカーから流れる歌声が、狭い通路を通り抜けていく。
一曲。また一曲が終わる。
背中も、私も、止まったまま。
アルバムが終わる頃、ようやく腰を上げ、振り返らずに通路の奥へ消えていった。
と、突然流れ出すゴリゴリのユーロビート。
『これはきっと、竹内さんの趣味だな・・・』
私より一回りぐらい年上の竹内さん。制服のスカート、他の人よりなんか短い。
『これはこれで、アリか…』
男が消えていった方をちらっと見やる。うーんと背伸びをすると、拡声器を片手に歩き出す。
:::
あの日の背中のあの人は、今、どうしているだろう。
ついでに竹内さんは・・・元気だろうな。
もう20年近く前の話
