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短編124「キル毛布と私は生きる」

あらすじ
本厄に災厄が重なり、主人公は毛布にくるまり現実を拒否。それは自分を殺す毛布だったが、推しのダンス動画が心の熱を再燃させて……。

 止まらない震え。
 それは私の本能にまで囁きかけて、身体を小さく震わせている。

 寒い。物理的にくっそ寒い。
 オイルヒーターを付けていても、まるで外の冷たい空気が体内に染み込んでくるような、そんな毎日を過ごしていた。

 だが、それ以上に心の中が寒い。

 今年の私は、厄年の中でも最も重いとされる本厄である、三十三歳を迎えた。
 これまで厄払いを意識したことなどなかったけれども、私という存在を標的に定めたかのように、たくさんの災厄が降り掛かってきていた。

 まず、二年間務めていた派遣社員の契約が雇い止めになった。特に長所のない私は一般事務で働いていたが、『事業再編のため』という、よく分からない理由で仕事がなくなった。社会の繋がりを一方的に断ち切られたような、そんな喪失感だけが残った。

 ふたつめ、交通事故に遭った。歩道を歩いていただけなのに、突然車に突っ込まれた。
 直撃はせず生命に別状はなかったものの、足の腱を痛めてしまい『完全回復はしない』と医師から通告された。私の人生の動きを永久に鈍らせる呪いを受けたかのようだ。

 みっつめ。
 推しが、引退した。

 ——そんなこと、ある???

 デビュー当時から追いかけていた男性アーティストグループのダンサー、Kuuya。彼のダンスだけが私の日常の唯一の輝きだったのに、不慮の事故で負ったケガが原因で踊れなくなり、引退した。世界のどこかに彼の才能が息づいているという希望の灯火が、完全に消えた瞬間だった。

 ——どういうこと?

 さすがにそうツッコまずにはいられない。
 厄年だからといってそんな目に会うなんて、運命というものは想像以上に酷すぎる。

 そんなわけで、私は寒空の下、自室のマンションの一室で、毛布にくるまりながら丸まっていた。毛布と言っても、袖を通すローブのようなもので、いわゆる『着る毛布』と呼ばれる部類のものだった。

 暖かい……暖かいんじゃよお。
 あーもう、動きたくない。

 動くための理由も、動くための体力も、全てが失われた。
 いまの私はただ、時間が過ぎるのを貪るだけの存在だ。なにを始めるまでもなく、ただ自分の城である寝室で眠くなるまで過ごして、眠くなったら眠るという生活を送っていた。
 そんな私を支えるのは、ただ毛布の暖かさ。それだけだった。

 まるで世界と私の間に引かれた、境界線。体をくるりと覆い、皮膚や衣服のように私を優しく包み込んでくれる存在。この毛布の中だけが、冷たい現実から私を遮断してくれる、暖かく静かで安全な場所。

 この毛布を、私は着るのではないと思い始めている。私は完全にこの温もりの虜だ。
 ならばこれは、私を冷たい現実から遠ざけ、殺してくれる『Kill』毛布だ。

 ――日が傾き、その辺に置いたスマートフォンがメッセージを受信して鳴る。どうやらいま、午後四時らしい。メッセージは単なる営業メールだった。

 毛布に包まれたまま、私はスマートフォンで動画を再生し始めた。推しが引退する前に残した、最後のダンス動画。
 冷たい現実から目を背けていたはずなのに、なぜか今日は、画面から伝わる彼の熱量に、目が離せなかった。Kuuyaのダンスは、常に限界を超え、生を燃焼させていた。その一挙手一投足は、まるで『お前はまだ生きているだろう』と、私を叱咤しているようにも見えた。
 彼の才能は失われたけど、彼が遺した「熱」の残滓が、確かに私の冷え切った心臓を微かに叩いている。私の中にまだ、生きるためのエネルギーが残っていることを、その動画が教えてくれたのだ。

 私はゆっくりと、拳を握りしめた。
 これ以上、自分をキルしている場合ではないような、そんな気持ちになった。
 『着る毛布』は、私を冷たい現実から守ってくれた鎧だった。

 だけど――。

 この毛布の温もりは、私を閉じ込める棺桶なんかじゃあない。
 これは、再起動のためのインキュベーターだ。

 ゆっくりと立ち上がる。
 私は、その鎧を、一気に引き剥がした。

  冷たい空気に触れた体が思わず身震いしたが、すぐに深呼吸をした。足の腱の古傷が僅かに痛んだが、以前のように心が折れるほどではない。
 毛布を脱ぎ捨てた部屋で、私は初めて自分の足で、地面を踏みしめていた。

 少しずつ、動き始めてみよう。
 完全には回復しない足でも、わずかに残った熱量でも、私自身を生かしていくために。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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