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聖なるズレ:ダ・ヴィンチとミケランジェロ、星が語る「天才たちの衝突」

先日、サンピエトロ大聖堂を訪れ、聖ペテロ像の手に持っている「天国の鍵」が気になり、もっと調べてみようと、ローマから2冊の本を買って帰りました。

本や、ネットでバチカンを調べていると、そういえば、現地でやたら出てきていた「ミケランジェロ」の作品。

彫刻や、建築、絵画、いったい彼はどんな天才だったのか?

そっちが先に気になり、
調べてみました。

ミケランジェロは、
幼少期、石工一家と共に暮らし、父親が大理石採石場を経営、鑿と金槌に親しんだのが幸運だったと語っていたそうです。


石工といえば…、
先日から秘密結社「フリーメイソンリー」について書いていますが、彼もそれに関係あるのか?

結論から言うと、
ミケランジェロが生きた15世紀〜16世紀は、まだ現代のような「秘密結社としてのフリーメイソンリー」が成立する前段階、

つまり「実務的な石工ギルド(組合)」が力を持っていた時代だったようで、直接は関係がないようです。

とはいえ、当時のフィレンツェで彫刻家や建築家として活動するには、石工職人のギルドに登録されている必要があったそうで、

ミケランジェロも当然、それら職人組織の伝統的な知識を共有していました。


彼は、大理石の塊を見て

「この中に閉じ込められている天使を自由にするために削るのだ」

と言ったそうです。
なんだか、素敵な言葉ですね。

石工たちが代々守ってきた「石との対話」という職人哲学の究極の形と言えます。


ミケランジェロとよく対で語られるのが、
ルネサンスの二大巨頭であり、
彼よりも23歳年上の
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」。

彼もまた、

今の「イタリア共和国」ができるずっと前の、「イタリア半島の都市国家文化圏の人。

この二人が猛烈に仲が悪かったことは有名な話ですが、その背景を「星」で読み解こうとすると、面白い謎に突き当たります。

「生意気小僧」と「優雅な巨匠」の火花

ダ・ヴィンチがすでに「巨匠」として名を馳せていた頃、ミケランジェロが若き才能として猛追してきました。

1504年、フィレンツェ。

29歳のミケランジェロは、路上で52歳のダ・ヴィンチを公衆の面前で罵倒しました。

「ミラノで馬の像一つ完成させられなかったお前に、何がわかる!」

‼︎
(ビックリです!)

ミケランジェロは、太陽・魚座。
本来は慈愛と救済のサインですが、

彼の月と火星は「牡羊座」にありました。直情径行、戦わずにはいられない。泥にまみれて石を叩き、魂を救い出す「格闘の芸術家」です。

若き日のミケランジェロの「生意気小僧」ぶりは、歴史を知れば知るほど強烈です。


対するダ・ヴィンチは、どこまでも優雅でマイペース。

彼は、私たちが知るカレンダーでは4月15日生まれ。

現代の感覚なら「牡羊座」のはずですが、そこに妙な違和感が生まれます。あの粘り強く、五感の納得を追求し、遅筆なまでの完璧主義……。

これって、どう見ても「牡牛座」ではないでしょうか?

消えた10日間「ユリウス暦とグレゴリオ暦の魔法」

この違和感の正体は、歴史の中に隠された「暦のズレ」にありました。

当時使われていた「ユリウス暦」は、1年が実際の太陽の動きよりわずかに長く、128年で1日のズレが生じていました。

1500年代にはそのズレは約10日にまで膨らんでいたのです。

1582年、ローマ教皇グレゴリウス13世はこのズレを修正するため、「10月4日の翌日を10月15日にする」という強硬手段に出ました。


ダ・ヴィンチの「4月15日」を、今の正確な暦(グレゴリオ暦)に換算すると、実は4月24日頃になります。

そう、彼は名実ともに「牡牛座」だったのです。

牡牛座の「徹底的な物質へのこだわり」と、水瓶座の月の「個性的で革新的な未来を見通す知性」。

あの優雅なダンディズムの正体は、正しく星に刻まれていました。


さて、「古典」といわれる、中世の占星術はどういったものだったのでしょうか?

古典占星術と現代占星術
「何を見つめていたのか」

ダ・ヴィンチの誕生日から、新たな疑問が…。

現代の占星術は、主に「私はどういう性格か?」「どう生きるべきか?」という内面的な自己理解のために星を使います。

だからこそ、自分の星座を知るために「何日生まれか」が非常に重要になります。

では、古典の目的は?
宿命、寿命、病、そして「神の計画」を知ることです。

性格占いでなければ、
出生日と暦のズレは重要視されなかったのでしょうか?

いいえ、暦で見ていなかっただけです。

ここで面白いのは、当時の占星術師たちは「暦のズレ」に困っていなかったという点です。

ルネサンス期の「古典占星術」は、もっとシビアな「宇宙の物理学」でした。


当時の占星術師たちは、そもそも何を見ていたのでしょうか?

占星術師たちは「空」を優先しました。

たとえ地上のカレンダー(ユリウス暦)がズレていても、占星術師たちは独自の「天文計算」によって、正しく星を読むことができていました。


パリの床に刻まれた「子午線」を見てきました。

サンシュルピス教会の子午線

パリのサン=シュルピス教会には、床には南北を貫く真鍮の線(映画では「ローズ・ライン」と言われていました)が刻まれています。

観測と計算:
カレンダーの日付が何日であろうと、彼らはアストロラーベなどの器具を使い、実際の天体の高度から、「今、太陽が牡羊座に入った(真の春分)」を割り出していました。

彼らにとって、星を読むことは「神が書いた宇宙の設計図」を解読すること。

暦のズレは、誕生日が変わる不都合ではなく、「神との約束の日(イースターなど)を間違える恐怖」だったのです。

復活祭は「春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日」と決められていますが、当時の暦では正確な春分の日を特定するのが難しかったので、

太陽の光を利用して正確な節気(春分・秋分・夏至・冬至)を測定するために、教会内に「日時計(グノモン)」を設置しました。

• 仕組み: 南側の窓にある小さな穴から太陽光が差し込み、床に引かれた真鍮の線(子午線)の上を移動します。

• 観測: 春分の日には、光が祭壇近くのオベリスク(石柱)の特定の場所に当たるよう設計されていました。

ダ・ヴィンチ、ミケランジェロと、占星術

彼らにとって、星の動きは「当然そこにある自然の法則」でした。

• ダ・ヴィンチ:
彼は冷徹な観察者だったので、盲目的な迷信としての占星術には批判的でしたが、

「宇宙の幾何学的な秩序」には敬意を払っていました。

彼の描く人体図(ウィトルウィウス的人体図)は、まさに人間が宇宙の縮図であることを示す、神聖幾何学と占星術的思考の結晶です。


• ミケランジェロ:
彼の作品の配置や、教皇に命じられた仕事のタイミングなどには、

おもしろいもので、
当時の宮廷占星術師たちの意向が強く反映されています。

ルネサンス期に盛んになった「魔術的占星術」

彼らはどう見ていたのか?

ダ・ヴィンチたちの時代、占星術はカバラ(生命の樹)や神聖幾何学とさらに深く結びつきます。


ヘルメス主義の再発見:
「下のものは上のもののごとく」という思想が流行し、

ミクロコスモス(人間)とマクロコスモス(宇宙)の照応が研究されました。

タリスマン(護符):
特定の星のエネルギーが最も強くなる時間に、特定の金属に幾何学模様を刻んで「お守り」を作る……といった、魔術的な活用も盛んでした。

カバラ生命の樹的考察

1. 太陽期のミケランジェロ:剥き出しのゲブラー

ミケランジェロは、まさにゲブラーの「破壊と規律」を地で行くような青年でした。

• 「石以外は認めない」という極論: 彼は「彫刻こそが芸術の王道であり、絵画は彫刻に近づこうとする影に過ぎない」と公言していました。多才で優雅なダ・ヴィンチにとって、その頑なさはあまりに野蛮に見えたことでしょう。

• 権威への不遜: 23歳年上の大先輩に対し、「お前は未完成ばかりで、結局何も成し遂げていないじゃないか」と言い放つそのエネルギー。それは、彼の中の強烈な「火」の性質が、既存の調和を焼き尽くそうとしていたのかもしれません。


2. ダ・ヴィンチ:水星的な観察者としての孤高

一方のダ・ヴィンチは、水星的な知性を極め、自然界のすべての法則を解き明かそうとしていました。

• 「知ることは愛することである」: 彼はミケランジェロのような「怒り」ではなく、鏡文字でノートを綴るような「沈黙の探求」の人でした。生意気な若造に罵倒されても、おそらく「これもまた人間という現象の一側面だ」と、どこか冷めた目(ホド的な観察眼)で見ていたのかもしれません。

3. ゲブラーを越えた先にある「同じ景色」

しかし、晩年の二人は驚くほど似た境地へ向かいます。

• ミケランジェロの『ピエタ』: 若い頃の完璧な造形から一転、晩年の作品(ロンダニーニのピエタなど)は、形が崩れ、もはや石の中に魂が溶け込んでいるかのようです。物質の重みを超え、慈悲の領域へと到達しています。

• ダ・ヴィンチの祈り: 解剖学や幾何学を突き詰めた末に、彼は「言葉では言い尽くせない宇宙の神秘」という、より深い闇(あるいは光)を見つめるようになりました。


「自分こそが真実を掴んでいる」と太陽期(自己実現の季節)に火花を散らした天才たちも、

魂が円熟し、ゲブラー(厳格)という「そぎ落とし」の試練を経て、より高次のスフィアーを見つめる頃には、 

結局は同じ「一なるもの」の前に平伏すことになったのでしょう。

まさに、「人間の知性」(ホド)が「宇宙の真理」(スーパーナル・トライアド)天上の神意識の三つ組に歩み寄ろうとした足跡。

「生意気な牡羊座」の火で石を刻んだミケランジェロと、

「優雅な水瓶座」の風で宇宙を測ったダ・ヴィンチ。

そして、宇宙的愛の道へ。


ルネサンスとは、
人間の時代の始まりでありながら、
同時に「神を見失わないための時代」でもあったのかもしれません。

今回は、ここまでにします。
次こそは、最初に気になっていた「聖ペテロ像の鍵」について、調べたことを書いてみたいと思います。

こちらもヨーロッパを旅し、フリーメイソンリー、カバラに触れてた記事になっています。ぜひ合わせて読んでいただきたい内容です。


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