あの頃の背脂と、今の僕
特に理由はなかった。ただ、無性に食べたくなった。
大学生の頃、講義終わりに吸い込まれるように通っていたラーメン屋がある。大崎駅から少し歩いたところ。財布が軽くても、胃袋だけはやけに強かったあの頃の僕を支えていた店だ。
7年ぶりくらいだろうか。
母校見学なんて、いかにも「大人の余裕」みたいな口実をつけて、平日の午後に降り立った。
駅前は少しだけ整っていた。無機質なビルが増えて、ベンチは減った。でも街の空気はあまり変わっていない。大崎は、ちゃんと大崎のままだった。
驚いたのは母校のほうだ。
ガラス張りの校舎、整備された中庭。あの頃、夜までレポートを書いていた古びた教室は、もうない。きれいになった校舎を歩きながら、なぜか少しだけ寂しくなった。
そして、今日の本命へ。
『らーめん平太周』
暖簾も、店内の空気も、ほとんど変わっていない。カウンターの距離感も、厨房から聞こえる中華鍋の音も、そのままだ。ちょっと安心する。
頼むものは決まっている。
「特製ラーメン」。

丼の表面を覆う背脂。あの頃はこれが「正義」だった。こってりは若さの象徴だと、本気で思っていた。
一口すする。
うまい。ちゃんとうまい。
スープのパンチも、麺の存在感も、何ひとつブレていない。
ただひとつ変わったのは、僕のほうだ。
「あれ、こんなに脂って重かったっけ?」
昔は大盛も余裕だったのに、今日は少しだけ箸がゆっくりになる。背脂が悪いんじゃない。むしろ誠実なくらい、あの頃のままだ。
変わるのはいつも、食べる側だ。
ラーメン屋は7年分の時間をきちんと守っていた。
僕だけが、7年分ちゃんと歳を取っていた。
それでも最後の一口まで食べきった。
少しだけ苦しくて、でも満足感はあの頃と同じだった。

帰り道、ふと思う。
昔の味を確かめに行くって、案外、自分の現在地を確認する行為なのかもしれない。
背脂は変わらない。
僕は少し変わった。
それでいい。
