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Revenant Doll 第11話

第2部

4 陰陽師

 捜査一課が殺人や傷害事件を担当する部署だというのは俺でも知っている。なぜ神奈川県警なのかはともかく、これは嬉野小学校の解体をめぐる一連の異変に対し、警察が捜査に乗り出したということなのだろうか。夜陰に紛れて校舎内に侵入したのも秘密保持のためかもしれない。
 桐谷警部補は近くの椅子を引いて座ると「あなた方もそう立っていられたんじゃ気詰まりだから、どうぞ形だけでも座ってください」と促した。俺とエドが近くの椅子に形だけ・・・腰を下ろすのを見計らって「尋問なんかしませんので」と冗談めかして付け加えた。

「実は私は陰陽師でもありましてね。ここへ来たのは捜査というより、陰陽師として除霊を頼まれたのが主なんです」

 俺とエドの姿が見えるのも道理だった。陰陽師の顔を持つ刑事というのも随分と異色ではある。
 座光寺家の滅霊師が副業でしかないように、陰陽師を専業にしている者など日本にはいない。中には警察官と兼業しているようなケースもあるのだろう。
 それはそれとして、除霊が行われることを、しかもよりによって刑事と兼業の陰陽師が担当することを、俺はまったく知らされていない。水際佳恵はこれを知らなかったのか。あるいは知っていながら俺に伝えなかったのか。
 疑念は腹のうちに抑え込んで、この場はエドと刑事とのやり取りを見守ることにした。

「しかし、ここでなさってたのは捜査の一環では?」
「ですから、除霊を済ませたついでです。昨晩この校舎の屋上でやりましたが、正直言って効果のほどは……」
「ほう昨晩ですか? どうりで霊の影も形もないわけだ。お見事ですな」
「ご冗談を!」

 わざとらしくも露骨な吸血鬼の「お上手」に、警部補は困惑気味の苦笑で応じた。

「式を始める前と同じですよ。ここへ来て遭遇した霊はあなた方が最初です。でもまあ、この学校に関しては個人的に気になってることがあったもので、除霊のことは渡りに船ってわけでしてね」
「お目当ての物は見つかりましたか?」
「いや、さっぱりです」
「捜査上の秘密でしょうな」
「いえいえ!」
「『個人的』とおっしゃられても、まさか本業と無縁ではありますまい。神奈川県警の刑事さんが、管轄外の県で活動なさるにはそれなりの理由がおありでしょう」

 桐谷警部補は「敵いませんな」と苦笑しながら再びライトを点灯すると、首の後ろを拳で二、三度叩いた。エドもそれ以上は追及せず、彼が元の席から書類を戸棚の中に戻すのを見守った。

「もう十二時だ。お二人はこれからどうするの?」

 エドと顔を見合わせ、今夜の調査は切り上げる旨を伝えると、警部補は「それがいいでしょう。私も疲れた」と言い、俺の方へ歩み寄って右手を差し出した。

「とにかく、皆さんとお近づきになっただけでも無駄足にならなかった。今後ともよろしく」
「よろしくお願いします」

 机や椅子が透けて見える霊の右手を、差し出されたその手に添える。彼は握り返す動作で応えた。


・・・・・・・・・・・・・・


 よりによって、陰陽師を兼ねる刑事など思いもよらなかった。しかも殺人専門の捜査一課だ。
 「後で情報交換を」──。桐谷警部補はこちらの背筋が冷やりとするような笑顔で申し出、半ば無理矢理俺の了解を取り付けた。この嬉野小で本当は何が起きているのか知らないが、いよいよ本格的に深みにはまる予感がする。その場は彼といったん別れ、俺とエドは簡易テントに戻った。
 結跏趺坐したまま帰りを待っていた俺のかわいい肉体の左腕で、ウロボロスは「三日月」にセットされたまま時を刻んでいた。霊的状態の時計を操作しても、実体の方に影響はないということだ。エドに指示され、スライドボタンは「太陽」の位置に戻した。

「そのままだと電池の消耗が早まりますので」

 後でエドから説明されたのだが、霊的状態のスライドボタンを「太陽」に戻しても視認条件を一段アップさせるだけで、常人じょうにんの前に姿を現すには至らない。特殊な能力を持つ相手とだけ意思疎通を図るための機能ということだった。
 こういうプロフェッショナルなアイテムは、俺が知らないだけで他にもあるのだろうか。エドに尋ねると「いずれまた」と笑って誤魔化された。

 桐谷警部補は正門を出たところで待っていた。俺の足音に驚いたように顔をこちらに向けたので、歩きながら頭を下げた。

「座光寺さん……だよね?」
「はい。お待たせしました」
「ちょっといいかな」

 恐る恐るという様子で手を伸ばした刑事は、Tシャツを着た俺の肩を二回叩いて「確かに生身の体だ。体温もある」と目を丸くした。それでも半信半疑なのか、「ちょっとこれ、やってみて」と自分の手で柏手かしわでを打つ。俺がその通りにやって見せたところで「OK、ありがとう」とようやく納得した。

「さっきのが手品ってわけはないよな。自分の肉体から霊だけを分離して歩き回れるってことだよね。すっげえ! ……俺も一応霊能者だし、習得したいのはやまやまだが、やっぱり門外不出なんだろうね?」
「はい。それに危険です。下手をすれば肉体に戻れなくなって命にかかわります」
「だよねえ。しかし驚いたな。俺らみたいな底辺の陰陽師なんか子供騙しもいいところだわ。……え? ああ、もちろん口外しないし上司にも報告しない。口が固くなきゃ刑事はやってられないよ。ところでさっきの執事さんは?」
「ここにいますよ。彼はもともと霊体なんで今は見えません」
「確かにそこにいらっしゃいますな。失礼しました」

 エドは俺の顔を見て「それでいい」と言うように頷いた。正確に言うと吸血鬼の本体はほとんど外を出歩かないだけなのだが、今は便宜的な理解ということで差し支えないだろう。

「あの、いいですか?」
「何?」
「執事が言ってます。『先ほど見せてもらった名刺を頂戴したい』と」

 刑事は苦笑しながら名刺を差し出した。代わりにこちらの携帯番号とメールアドレスを求めてきたのはさすがに抜かりがない。

 桐谷警部補が車を止めてある近くの有料駐車場まで一緒に歩いた。
 彼はヒカリヶ丘市中心部のビジネスホテルを予約していた。どこに泊まるのかと聞かれ、上り電車の始発まで適当に時間を潰すつもりだと答えると、「そのへんの無計画さはやっぱり高校生だな」とあきれられた。お互いの情報交換は明朝回しにして、同じホテルに宿泊することを持ちかけられた。

「観光地でもない地方のホテルだからシングル一室ぐらい余裕だろう」

 そう言って刑事は携帯でホテルに電話し、その場で追加予約を取ってしまった。簡易テントで夜明かしすることを考えれば、ベッドで寝られる誘惑にそうそう抗えるものではない。そして当然ながらこうと決めた刑事の手から逃れるのも難しい。エドは「あくまで当方の負担でまいりましょう」と、半ば諦め顔で認めた。

 桐谷警部補の運転するワンボックスカーに同乗し、駅前のビジネスホテルへ。案の定フロントでは宿泊費をめぐってひと悶着が起きた。
 「経費じゃなくてポケットマネーだから。頼むからここは俺の顔を立ててくれ」と言い張って聞かない幹部警察官に、純朴な高校生が抵抗するのは至難の業だった。結局、「チェックアウトの際にスマホで領収書の写真を撮っておくように」というエドの指示を呑んでもらうことで、その場はどうにか収まった。

「執事さんでしたっけ? 気苦労が絶えませんな」

 エレベーターの中で、回数表示に視線を置いたまま刑事は言った。「『私の生国しょうごくである英国では税金の使い道にいささかうるそうございまして』」というエドの返事を、俺がそのまま口伝えしている間にエレベーターが止まり、刑事は鼻で笑うように「了解しました」と小さく頭を下げて停止階のフロアへ出て行った。
 「調子のいい男ですな」──。ドアが閉まり切らぬうちに吸血鬼が発した呟きには、憐れみとも蔑みともつかない響きが感じられたが、もちろん刑事に聞こえたはずもない。