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Revenant Doll 第14話

第2部

7 砕け散った善意の亡骸

 
「俺は卒配の時からほとんど横浜でね。交番詰めの時にこの事件のことを知って、一課の刑事になるって決めた。だから、通常業務とは関係ないが、ある意味ライフワークだと言えなくもない」
 
 小さなきっかけで決定的に背中を押されることは確かにあるだろう。俺にとっては今回の事件と桐谷刑事との出会いが、そういうきっかけになるのかどうか。

 「一応俺も陰陽師で霊能者だが、そっちの能力は君らに比べりゃお話にならんレベルだ。使ったところでどうにもならんし、警察官である以上使いたいとも思わん。ところが君なら、たぶん実効を上げられるんじゃないかと思ってる。……おっと、もうこんな時間か」
 
 時刻は十一時になろうとしていた。桐谷警部補は「俺ばかり勝手にしゃべってすまない」と自嘲気味に笑った。
 
「君らが扱うのは校舎の解体をめぐっての異変だから、少しお門違いだったかもな。まあ関連情報だと思ってくれ。調査の方はもういいのか?」
「今回はこの程度で十分だと思ってます。今後どうするかは帰ってから考えます」
「そうか。とにかく、俺の考えていることは分かっただろう。無理にとは言えないが、もし協力してくれる気持ちがあるなら、連絡をくれ」
「……承知しました」
「君らも神奈川だろう? 良かったら俺の車でどうだ」
 
 ここまでずっと黙り通しだったエドが、渋い顔で首を横に振っている。俺も気が引けたので、「お気持ちはありがたいですが……」と辞退した。どのみち交通費は生徒会予算から支給されるのだ。
 
 ホテルを立ち去り際、桐谷警部補は「一課の刑事に言われるのもぞっとしないだろうが、気軽に連絡してくれ。できることなら力になる」と言って車に乗り込んだ。彼の車が交差点で右折し見えなくなった時、急に肩から力が抜けていくように感じた。
 
「これじゃあ、引くに引けないかな」
 
 俺と並んで刑事の車を見送ったエドは「そんなことはございませんよ」と言下に否定した。
 
「そう?」
「そうですとも。あの男は自分が話したくて仕方なかったのです。我々は長話に付き合わされただけなのですから、負担に感じる理由などありません。それとも、ご興味が湧いたのですか?」
 
 俺の顔色を見て、エドは先行きを危ぶんでいるらしかった。
 
「湧いたかもしれません」
「およしになった方がよろしい。これは警察の扱う分野であって当家がかかわる筋合いはございません」
「でもあの人は、俺が何か役に立てると思ってるみたいです」
「よくお考えになることです。若君様に何を期待していようと、単に個人的な思い入れではありませんかな。私にはそう思えますが」
 
 エドの懸念は分かる。俺は口車に乗せられているだけなのかもしれない。いずれにしても、校内の探索はまだ終わっていない。夏休みが終わるまでに俺は再びこの地を訪れることになるだろう。
 
 
・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 いったん桐谷警部補と別れて以降も、「鬼の首」の事件について引き続きLINEで意見交換をした。彼は犯行動機を怨恨と断定していた。これには俺も異論はなかった。
 簡単には抜けないように被害者の頭部に角を植え込む執拗さに加え、よりによってそれを被害者の職場である学校の朝礼台に遺棄していることは、それだけで底知れぬ恨みの深さを感じさせる。単なる殺害目的でそこまでする理由は想像もつかない。
 強いて言えば犯行の残虐性や周到さを誇示しようとする承認欲求の介在だが、当時の社会状況や刑事司法の峻烈さを考えれば、動機としては副次的要素の域を出ないというのが桐谷氏の見方だった。
 では、主たる犯行動機が怨恨だったとして、なぜ津川俊助はそこまでの恨みを買うことになったのか。
 
 そして嬉野小の解体工事をめぐる幾多のトラブルは、むごい殺され方をした津川俊助の怨霊の仕業なのか。そうなってくると、俺は座光寺家の人間として、津川の霊を滅することを期待される立場に立たされる。そして俺がそれを実行した場合、看過してはならない多くの事柄がなおざりにされた上で、彼は二重に殺されることになる。彼は誰も殺していないのにだ。
 
「……ってことになりますよね」
 
 俺は自室でベッドに腰かけ、正面にはエドが椅子に脚を組んで座る姿勢を取っている。ヒカリヶ丘市から戻って三日経ったが、俺は今後どう対処すべきかを決めかねていた。
 
「だから深入りせぬのが上策です」
「それは分かります。でも、このままでいいのかどうか」
「当家への正式な依頼としては既にお断りした話です 。生徒会長さんへの義理を果たしたのであれば、若君様はこれ以上何一つなさる必要はないと存じますが、それではご不満なのですか?」
「不満というより、何か中途半端な気がするんです」

 エドは少し間を置いて、考え込む様子で言った。
 
「桐谷警部補を失望させたくないとお考えなら、さほどお気に掛ける必要はございませんよ」
「というと?」
「仮に若君様が津川の霊を滅し、その結果、諸々もろもろの怪現象が沈静化して工事が再開されたといたしましょう。それで得をするのは市や県の当局であり受注業者ですが、二次的にはあの警部補が所属している警察組織にとってもありがたい話となります。つまり、大昔の自分たちの不手際のせいで開きかけた地獄の釜の蓋を、若君様は元通りに塞いであげたわけです。しかも無償で。彼は盛んに公務とは一線を画すと強調しておりましたが、まあ、こういう事情は承知しておるでしょう」
 「でも怪現象が収まるなら、結果オーライでは?」

 俺の脳裏には水際佳恵の顔が浮かんでいた。事件が解決し、「よくやった」と笑顔で迎えてくれる彼女。「カノジョ」ではなく一人の上級生、生徒会長として。ようやく躾が行き届き始めたのか、俺はそれがどんなご褒美にも増して喜ばしく、幸福なように感じていた。
 
「収まればよいですが、収まらない可能性もございますね。その場合、若君様のお立場はどうなります?」
「それは……完全に見込み違いってことに」
「あの刑事や警察に責任を問うことができますかな? まあ収まらなかったとしても、津川の怨霊を滅したことをもって若君様としてはベストを尽くしたと評価されるでしょう。そこで結果はどうあれ、当局が工事再開の判断を下す可能性もあります」
「そんなことできるんですか?」

 エドはことも無げに「いざとなれば造作もないでしょう」と答えた。

「何よりも優先されるのは起承転結のはっきりした、分かりやすいストーリーなのです。本件の場合は、『津川の怨霊が原因だった』という筋書きですな」
「確かに、分かりやすいですね」
「分かりやす過ぎるのですよ。私どもが頼みもしないのに、あの男はなぜペラペラしゃべったのでしょう? そうは思われませんか?」

 つまり、桐谷警部補は俺たちがミスリードするように仕向けている。そう言いたいのだろうか。エドはいったん間を置いてから話を続けた。

「往々にして『真相の解明』こそ、彼らが真に恐れる事態だったりいたします。そんなことをするくらいなら、本当の災厄を何十年か先送りする方が彼らにとってはよほどマシなのです。今の担当者に火の粉が飛んで来さえしなければ、万事めでたしというわけで」 
「でも桐谷さんはそんなことを望んでないでしょう」
「そうかもしれません。本人は至って大真面目というのも確かにあり得るでしょう。ところがそういう手合いに限って」
 
 吸血鬼は手のひらを上に向け、不快そうに眉間に皺を寄せた。
 
「組織にとっての災いの芽を摘み取るために、いいように使われるものです」
「どういうことです?」
「社会正義に目覚めたつもりの当人が善を実現しようと意気込むのは勝手ですが、しくじればどうなります? 善は悪の前に無力を証明し、悪は砕け散った善意の亡骸で自らの玉座を飾り立て、さらに不動のものとするでしょう。そういう一種の政治的な役回りがこの種の連中には期待されているのです。そして大きい組織であればあるほど、そうした適任者には事欠かぬもので、自分が利用されていることに何一つ気付かぬ阿呆もおれば、気付かぬふりをする世渡り上手もいる。大抵は両方が程よい具合に配合されております。あの男もそうでしょう」
「じゃあ、俺を嵌めるのが桐谷さんの魂胆だってことですか?」
 
 自分でも語気が荒くなっているのが分かったが、エドは顔色一つ変えず「嵌めるなどとは、あの男は毛頭考えておりませんよ」と否定した。
 
「下っ端役人の習い性で、自分の責任外であれば無闇に調子が良くなるというだけです。そしてこれは、外部の者に対する警察組織の姿勢でもあるのです。『踊ったのはお前の勝手、手錠を掛けるのが我らの職務』。若君様が今後どのような選択をなさるにせよ、このことは銘記しておかれるべきでしょう。……まあ、そう難しい顔をなさらずに。もう夜も更けましたし、おやすみなさいませ」
 
 吸血鬼は姿を消し、俺もベッドに入った。ここ数日来の疲れがあれやこれやの煩悶を一気に押し流したのか、意外にもすんなりと眠りに落ちた。