成仏していない父、迷ってますか?
ある方から相談をいただきました。
お父様を亡くされ、葬儀も納骨も済ませた後のことです。
ある人から、
「お父さんがあなたに執着している」
「成仏していない」
「一生ついてくる」
と言われたそうです。
ご相談者さまは大変苦しまれました。
実は幼少期にお父様からハラスメントを受けた経験がありました。
忘れようとしてきた記憶。
蓋をしてきた心の傷。
それらが一気によみがえり、
「本当に父は成仏していないのだろうか」
「私に取り憑いているのだろうか」
と、不安でたまらなくなったそうです。
ご相談を拝読して、私は驚きました。
まず申し上げたい。
成仏しているとか、していないとか。
それを一体誰が判断するのでしょうか。
人の死後の世界は誰にも見えません。
聞こえません。
証明することもできません。
それなのに、
「成仏していない」
「一生ついてくる」
と言われたら、不安になるのは当然です。
しかし、その不安は本当にお父様が作っているのでしょうか。
私はそうは思いません。
仏教では、迷いとは他人が作るものではなく、自らの心に生じるものだと考えます。
「本当に成仏していないのではないか」
「もっと供養しなければならないのではないか」
そう考えれば考えるほど、不安は大きくなります。
愚僧は浄土真宗の僧侶です。
阿弥陀如来のお救いによって、人は必ず極楽浄土に往生すると信じています。
だから私は、ご縁のあった方々が亡くなられた時、
必ず極楽浄土へ往生されると信じてお勤めしています。
お父様も同じです。
ご相談者さまは、葬儀を行い、納骨を済ませ、手を合わせてこられました。
それで十分です。
もし今も苦しいのであれば、
「ありがとうございました」
そう静かに手を合わせてみてください。
供養とは、高額なお祓いや特別な儀式ではありません。
亡き人を想い、
感謝し、
静かに手を合わせることです。
私は、ご相談者さまのお父様は必ず極楽浄土に往生されていると信じています。
どうか安心してください。
そして、お父様ではなく、
今ここにいるご主人様やお子様との穏やかな日々を大切になさってください。
迷いの中に救いを探すのではなく、
いま与えられている幸せを見つめること。
それもまた仏さまの教えではないでしょうか。
合掌
浄光寺 釋康昭
