見出し画像

第6話【法人乗っ取り】狼煙が上がる

まずは、事実関係を把握しなければなりません。

私は担当職員さん、そして利用者さんからヒアリングを行うよう指示しました。

事故が起きたのは昼休み。

その日は雨上がりで、屋外は滑りやすくなっていました。

職員も危険だと認識していたようです。

「滑りやすいから気をつけてください」

「走らないでください」

何度も注意喚起をしていた。

事故に遭った利用者さん本人にも、当時の状況を聞きました。

「走らないように言われましたか?」

はい。

「一度だけですか?」

いえ、何度か言われました。

ここは大切です。

聞いた内容は、きちんと記録に残しました。

もちろん、

「本人が悪い」

などという話にするためではありません。

事故が起きた以上、法人として責任を持って対応する。

そのためには、

誰が、いつ、どこで、何をしていたのか。

職員はどのような注意をしていたのか。

利用者さんは、その注意を認識していたのか。

一つひとつ事実を確認する必要があります。

病院にも連絡しました。

ソーシャルワーカーさんから、病状や今後の治療について説明を受けました。

行政にも一報を入れる。

保険会社にも報告する。

そして何より、ご本人とご家族には真摯にお詫びしました。

すると、ご家族からは、

「本人の不注意もありますから。保険で対応してもらえるだけで結構です」

そう言っていただきました。

もちろん、怪我をさせてしまった事実が消えるわけではありません。

しかし、法人としてやるべきことはやった。

あとは治療経過を見ながら、保険会社と連携して対応していけばいい。

これで、ひとまず落ち着いた。

そう思っていました。

ところが――。

電話が鳴りました。

「○○の叔父です」

ご親族でした。

「この度はこちらの不注意により、大変なお怪我を負わせてしまいました。申し訳ありません」

まずはお詫びしました。

すると、電話の向こうから強い口調で返ってきました。

「○○の手首は変形するかもしれないんですよ」

はい。

「治療費だけで済むと思ってるんですか?」

空気が変わりました。

私が事前に用意したメモ通りに発言したそうです。

「法人として、お時間をいただいて、きちんと対応いたします」

「いつまで?」

「今の段階では申し上げられません。まず事実関係を確認します」

「ふざけんなよ!」

怒鳴り声。

「甥っ子に後遺症が残るかもしれない怪我をさせやがって!」

電話を切ったあと、多田さんを見ると、完全に気が動転していました。

「三浦さん……どうしたらいいですか?」

私は答えました。

「慌てない、慌てない」

「でも……」

「大丈夫!」

多田さんは不思議そうな顔をしました。

「何で、そんなこと言えるんですか?」

私は多田さんに聞きました。

「私が昔、調査に来たとき、どんな書類を出しました?」

「え?」

「補助金のお金の流れを見るために、何を出してもらいました?」

「決算報告書……」

「そうですね」

「収支計算書……」

「はい。そして?」

しばらく考えて、

「あっ、事業報告書」

「そうです。事業報告書」

私は、その言葉を繰り返しました。

「多田さん。事業報告書には、何が書いてあります?」

「事業内容……ですか?」

「それだけじゃないですよね?」

多田さんは、まだ意味が分からないという顔をしています。

私は前職時代、公益・福祉関係法人の書類を嫌というほど見てきました。

決算書。

収支計算書。

事業計画書。

事業報告書。

全国の公益・福祉法人が公開している報告書も、ものすごい数を縦覧しました。

だから分かるんです。

数字だけ見ていても、法人の本当の姿は分からない。

事業報告書には、

その法人が一年間、

何をしてきたのか。

その痕跡が残る。

私はもう一度、多田さんに言いました。

「大丈夫!」

「だから、何で大丈夫なんですか?」

私は事業報告書を指さしました。

「ここですよ」

多田さんは、まだ分かっていません。

でも私は、このとき確信していました。

この事故。

ちゃんと調べれば、

法人が何をしてきたのかが見えてくる。



いいなと思ったら応援しよう!