『第10回:悲報――早朝5時の電話と、父の極楽往生』
「一件落着」 ご両親の深い愛に救われ、すべての必要書類が揃った安堵感のなかで眠りについた、まさにその翌朝のことだった。
枕元でスマートフォンのアラームとは違う、不穏な電子音がけたたましく鳴り響いた。 画面を見ると、時刻は早朝5時ごろ。表示されているのは、父が入所している「施設」の名前だった。
「――転んだのかな?」
最悪の事態を脳裏から打ち消すように、自分にそう言い聞かせた。しかし、喉の奥がカラカラに乾き、鼓動が早鐘のように高鳴るのを抑えきれなかった。震える手で通話ボタンを押し、耳に当てる。
『三浦さん、早朝に申し訳ありません。……実はお父様の呼吸が現在、非常に弱く、不規則な状態になっております。至急、施設までお越しください』
受話器の向こうの職員の声は、冷静だが、明らかに差し迫っていた。 「すぐ行きます」 それだけ答えると、私は着替える間も惜しみ、とるものもとりあえず車に飛び乗って施設へと向かった。
■ 94歳の天寿と、愚息の願い
施設に到着し、父の部屋へ駆け込むと、そこには微かな呼吸を繰り返す父の姿があった。 素人目に見ても、それが「時間の問題」であることは明白だった。あまりに突然のことに現実を直視できず、ただただ狼狽し、心配そうに父の顔を覗き込む母の姿が、妙にスローモーションのように視界に入ってきた。
そして、その時は訪れた。 静かに、本当に静かに、父は息を引き取った。
「ああ……寿命だ」
享年94歳。大往生であり、天寿を全うしたと言っていい年齢かもしれない。 だが、どれだけ歳を重ねていようとも、不徳極まりない我が身を最後まで信じ、昨日「お前なら大丈夫だ」とすべての退路を断って救ってくれた父である。愚息の我が儘を言わせてもらえるなら、1日でも、いや、たった1秒でも長く生きていて欲しかった。その手を握り締めながら、涙が溢れて止まらなかった。
しかし、父の逝く姿はどこまでも静かで、気高く、まさに「極楽往生」の素懐(そかい)を遂げた、見事な最期でもあった。
■ 哀しみのなかの決断、そして告別式
父の死を受け入れられず、呆然と立ち尽くしている母は、目の前の「逝去」という現実を未だ自覚できていないようだった。あまりのショックに、母の心まで壊れてしまうのではないか――そう直感した私は、咄嗟に嘘をついた。
「お母さん、お父さんはこれから病院に入院することになったからね」
母を施設から一度遠ざけ、私はすぐに携帯電話を取り出した。 哀しみに暮れている時間は一瞬すらなかった。会社を襲った社会保険料の危機、融資の手続き、そしてこの葬儀。すべての現実が、今の私の両肩に一気にのしかかっていた。
信頼できる知り合いの葬儀屋さんに電話をかけ、至急の対応を依頼する。 そして、他人に任せるのではなく、自らの手で父を送り出すため、拙寺にて告別式を厳修せり。
読経のなかで、私は何度も、昨日交わした父との最後の会話を思い出していた。 「厳しいところだが頑張れ。お前なら大丈夫だ」
あのサインと、あの言葉は、父がその長い人生の最後に、私に遺してくれた命懸けの「遺言」だったのだ。父の死という最大の悲しみのなかで、私は皮肉にも、会社と職員を絶対に守り抜くという、狂おしいほどの執筆のエネルギーと覚悟を、再び胸に刻みつけることとなった。
(第11回へ続く)
【編集後記】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。 融資の決定的な鍵となった実家の担保提供。その了解をもらった直後の、お父様のあまりにも突然のご逝去でした。経営の危機と、肉親との永遠の別れが同時に押し寄せるこの過酷な展開は、事実は小説よりも奇なり、を地で行く生々しさです。
お父様が遺してくれた最後のバトンを引き継ぎ、三浦さんはこの後、どのようにして本当の「一件落着」へと会社を導くのか。次回、葬儀を終えた三浦さんを待ち受ける次なる現実をお届けします。
この壮絶な命のドラマと、お父様への追悼の念に共感していただけましたら、「スキ(ハートマーク)」や「サポート」での応援を心よりお願いいたします。皆様の応援が、この物語を紡ぐ力となります。
