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第50話【倒産寸前】波紋広がる

この職務怠慢は、その店舗だけの問題では終わりませんでした。

調査を進めるうちに、さまざまな不正や不適切な行為が明らかになっていったのです。

非常に繊細な問題なので、詳しい内容を書くことは控えます。

しかし、多くの職員から、正面切って厳しい言葉を向けられました。

「なぜ懲戒解雇にしないのですか」

「社長は甘すぎるのではないですか」

「あの人とは、もう一緒に働きたくありません」

職員たちの怒りは、もっともでした。

会社として守るべき規則がある。
患者さまに対する責任がある。
真面目に働いている職員との公平性もある。

それを破った者が、そのまま勤務を続けている。

職員から見れば、会社が不正を黙認しているように映ったのでしょう。

しかし、私にも事情がありました。

店舗にはテナント契約の期間が残っていました。

こちらの都合で一方的に解約すれば、違約金や損害賠償を求められる可能性がある。

だからといって、他県の店舗に、代わりの人材を急に配置することもできません。

人員に余裕はありませんでした。

そして、私には会社を起こした時から、自分自身に誓っていたことがありました。

誰もクビにしない。

景気が悪くなっても、売上が落ちても、職員を切って会社だけを守るような経営者にはならない。

それは職員に公表した理念というより、自分自身に課した誓約でした。

一度決めたことを、自分の都合で破ることはできない。

私はそう考えていました。

そこで、退店するまでは勤務を継続させることにしました。

店舗を閉めれば、その時点で人員配置も整理できる。

それまで何とか持たせればよい。

当時の私は、それが最も現実的で穏当な判断だと思っていました。

しかし、これがいけませんでした。

「こんなにコンプライアンスを守らない会社では、働いていられない」

そう言い残し、退職者が出てしまったのです。

私にとっては、いきなりの退職でした。

しかし、本人にとっては、いきなりではなかったのでしょう。

会社の対応を見ながら、何度も考え、何度も失望し、自分の信念との間で悩んでいたに違いありません。

その職員にとって、不正を見逃すことは、自らの職業倫理に反する行為だったのです。

私は、建前で綺麗ごとを言っていたわけではありません。

人を処分することは、それほど簡単なことではない。

懲戒処分を行うには、事実関係を確認しなければならない。

本人の言い分も聞かなければならない。

証拠をそろえ、就業規則と照らし合わせ、適正な手続きを踏む必要がある。

感情だけで、

「けしからん。明日から来なくていい」

とはできません。

後から不当解雇だと争われれば、会社側が責任を問われる可能性もあります。

そのために必要な時間、手間、労力。

店舗の残りの契約期間。

代替人員を確保できない現実。

それらを総合して、私は、

「退店まで勤務させ、それで収めるのが妥当だろう」

と判断しました。

しかし、経営者が考える「妥当」と、現場の職員が求める「正義」は、同じではありませんでした。

一人を守ろうとした結果、真面目に働いていた別の職員を失ってしまったのです。

誰もクビにしない。

その考え自体が間違っていたとは、今でも思いません。

ただし、雇用を守ることと、不正を許すことは別です。

処分しない優しさが、周囲にとっては不公平になることもある。

一人との縁を大切にした結果、他の多くの職員との縁を壊すこともある。

採用は、慎重に、慎重を重ねなければなりません。

情に流されてはいけない。

自分にとっての御縁が、会社にとっての御縁とは限らない。

まして、自分が信じたい人物が、職員たちにとっても信頼できる人物とは限りません。

経営者は、自分の情だけで人を採用してはならないのです。

この時に、本当の意味でそれを学んでいたら。

その後の人材採用でも、同じ過ちを繰り返さずに済んだかもしれません。

そして、社会保険料を延納するほど会社を追い詰めることも、なかったのかもしれません。

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