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依存症は現代病か?

依存症と現代を生きる我々の関係


依存症との出会い

筆者が依存症の事を詳しく学んだのは、まだ刑務所勤務をしていた時。

依存症専門の研究をされている医師のもと、2週間に及ぶ研修を受けました。

その時の研修が大変興味深く、それ以降、筆者の中で学びを深めたいテーマの一つとなりました。

だれもが依存しながら生きている

依存というと、「心が弱い」や「自立できていない」といった、非難の言葉で使われます。

しかし、誰しもが何かを頼りに生きているものです。

ある人は、仕事や作業の合間にタバコを吸ったり、コーヒーを飲むのがやめられない、と言います。

また、ある人は寸暇を惜しんでスマホを握りしめ、SNSや動画視聴、ゲームをしていないと落ち着かない、と言います。

筆者は、週に2日だけ飲酒をするようにしているのですが、お酒を飲む瞬間のために日々を過ごしていると感じることがあります。

いずれも依存的な行動ですが、気持ちの切り替えや、仕事や勉強のモチベーションを保つために役立つのなら、依存は依存でも「よい依存」と言えるでしょう。

一点集中の依存

「これがあるから頑張れる」と心のよりどころにしてきたものでも、頼り過ぎは良くありません。

一点に集中してしまうことで弊害が生じ、その弊害が大きすぎれば、もはや「よい依存」とは言えず、「悪い依存」と捉えなおす必要があります。

適切な範囲を明らかに超え没頭することで、気分の変化が大きくなったり、繰り返す中で程度がエスカレートしたりすると、楽しみや息抜きという範囲を超えやすくなります。

また、生活に明らかなマイナスの影響が生じるまで、ある行為をすることが最優先の生活になると、本来自分が果たすべき仕事に支障をきたしたり、周囲の人を巻き込むトラブルが生じたりしやすくなります。

そして、やがて「それをしたい」という強い欲求を自分ではコントロールできなくなってしまいます

ここまでくると「悪い依存」は心身共に変化をもたらします。

からだの依存、こころの依存

依存症は身体依存精神依存に分けて捉えることができますが、依存症の本質は、精神依存だと言えます。

身体依存とは、脳の働きを担う中枢神経系に直接作用を及ぼす物質(薬物など)の使用を繰り返していると生じる身体的な変化の事。

正常な反応ですが、耐性や離脱を生じると常用しているモノを減量したり中止するのが難しくなります。

耐性⇒中枢神経系は、その働きを一定に保とうとするため、特定の薬物の使用が続くと、それが’ある’状態に適応していく。
その結果、十分な効果を得るためにより多くの、あるいはより作用の強いものを求めるようになる。

離脱⇒それが’ある’状態に適応しているため、いきなりなくなると、その薬物がもたらす作用と反対の状態となり、様々な症状が生じる。

精神依存は、脳の働きが変化することで生じる心の依存の事です。
依存対象となっているモノを手に入れたい、それをしたくてたまらない渇望が生じ、コントロールが効かなくなっている状態です。

依存症の脳に起こっていること
https://tarzanweb.jp/post-312984

我々の脳は報酬を欲しがる

スキナー箱という実験装置を使った心理学の有名な実験で、「オペラント条件付け」というものがあります。

実験の詳細は上記のリンクが詳しいのですが、要するに、ある種の生き物は、ある行動(オペラント行動)の直後に報酬が与えられると、その行動が将来再び起こりやすくなるという事。

このような行動をするように、我々の脳はプログラムされています。

通常、このプログラムはほどほどのところでとどめる様になっています。

しかし、そのような制御ができず、特定のものの使用や行為ばかりに集中し、コントロールできなくなっているのが依存症というわけです。

依存を招きやすいモノ、行為

精神疾患の診断基準の「DSM-5」や「ICD-11」では、以下のようなものや行為が取り上げられています。

モノへの依存として、アルコール違法薬物(覚せい剤・大麻・麻薬等)オピオイド(狭義の麻薬)有機溶剤(トルエン・シンナー等)ニコチンカフェイン鎮痛剤・睡眠薬・抗不安薬

行為への依存として、ギャンブルインターネットゲームゲーム

また、上記の診断基準には記載はありませんが、以下のような行為の繰り返しも依存症と共通する面があると考えられます。

買い物による浪費・借金過食・拒食・ダイエット自傷行為恋愛・性行為仕事・運動等

人とつながる喜びが依存症の入り口

上記のような物質や行為は、いずれも脳の報酬系の強化に繋がります

しかし、直接的な薬理作用を持つある薬物などでも、最初の体験の時点で、誰もがその効力のとりこになり、必ずしも依存症となっていくというものではありません。

例えば初めてお酒を飲んで、すぐに依存状態に陥ってしまった人はほとんどいないと思います。

最初に得られる報酬は、実は多くの人の場合、人とのつながりを実感できる、という社会的な喜びなのです。

そして、つながりを求める気持ちの強い人や、一人でなんでも抱え込みやすい人ほど、「あの時(初めて社会的な喜びを味わった時)は楽しかった」と思い、回数を重ねて行きます。

そのうち、アルコールや薬物そのものの薬理作用に依存を生じる様になり、その作用を得ることを目的に使うことで、依存が進んでいくのです。

こころの依存の行く先

依存状態が進み、精神依存が強まると、「これさえあれば」「これだけでいい」と自分にとってのデメリットが見えなくなってきます

家族や仕事、勉強や健康は二の次。

どうしても依存対象を手にしようと探索行動がみられるようになり、大切なものの優先順位が大きく変わってきます

そのような姿を周囲から指摘されても「まだ大丈夫」と否認し、病的な状態である自覚を持てずにもいる。

最初の頃に感じていた人とのつながりでさえ、意味を失ってきます。

このような状態になると、仕事や勉学の不振や、借金、身体状態の悪化など、二次的な問題が表面化するようになり、徐々に周囲の人たちとの関係も悪化しやすくなります。

そして、徐々に孤立を招き、ますます「これしかない」「これさえあれば」と、のめりこんでいってしまうのです。

特に、違法薬物などの場合、身内や近しい人には隠したい、とやかく言われたくない、との思いから、自ら関係を断ち切る場合もあります。

入り口は人とのつながりを持つ喜びであったのに、それを続けることによって、自ら進んで孤立していくようになるのが、依存症の実態です。

依存症と犯罪

依存症だからと言って罰せられるわけではありませんが、一部の依存性薬物を手に入れたり使ったりすることは犯罪です。

覚せい剤や大麻など、いわゆるドラッグは持っているだけで違法とされ、実刑となることもあります。
実際に受刑者全体の3割近くは覚せい剤取締法事犯者です。

以下、違法薬物に関する法令と刑罰について引用します。

いずれも非常に重い処罰の対象となります。

軽い気持ちでも、絶対に使用・所持はしてはいけません。

筆者は、幾人もの違法薬物取締法事犯者をみてきました。

彼らは、刑期を終え、社会へ復帰しても、またすぐに戻ってくる。

何度も逮捕される累犯が非常に多く、依存状態から抜け出すことは困難を極めます。

繰り返しますが、軽い気持ちでも絶対に使用・所持はしてはいけません。

気軽な気持ちで最初の一歩を踏み出した瞬間、あなたの人生は違法薬物が支配するようになり、一生を棒に振ると断言します。

脳に支配されることなく生きる

依存のメカニズムは脳に支配されている部分があり、生き物としてはある程度仕方がないのかもしれません。

現代は非常に刺激に満ちた世界で、脳に快感を与えるのに十分すぎる環境です。

特に、スマホを利用したSNSやゲーム、フードデリバリーや通販など、どれも依存の可能性をはらんでいます。

SNSがある種、自己顕示欲や承認欲求のための場となり、フォロワーからの「いいね」の増減で一喜一憂する。

これはまさに、依存が形成されるうえで第一歩とされる、社会や人とのつながりと捉えることができます。

フォロワーや「いいね」の獲得のために過激な行為や触法行為も厭わない状況も生まれています。

筆者が属するLGBTQ+(特にLesbianやGay、Transgenderに多い)は以前からルッキズム至上主義の風潮があります。

これもまた依存へのリスクがあり、いわゆる「モテる」体型や外見へ自分を変え、弊害を来す場合がある(Gayだと、身体をムリに大きくするために敢えて太って糖尿病になったり、筋トレの効果を向上させるためにサプリメントを多剤服用したことで内臓に負担をかけたり、日焼けのしすぎで皮膚癌など皮膚疾患を生じたり)。

近年の「推し活」ブームも、ある程度の部分までは「よい依存」の範疇かと思います。

今やだれもが「推し」を持ち、「推し」がいるから頑張れる、と自分を鼓舞できる。

次第にファン同士で、「推し」のグッズのレア度や参加したライブ等の回数、費やした金額等を競うようになる。

これもまた、繋がりが生まれた喜びに始まり、徐々に抜け出せない渦に巻き込まれることになります。

どれも行き過ぎれば「悪い依存」になりうる危険性が潜んでいる。

筆者には、こんな世の中がどうにも、いびつで歪んだもののように見えてしまいます

一方で、このような行動をしなければ、この世界をサバイブできないほどに、生きるだけでも難しい世の中なのかもしれません。

心のなかでは、何か、自分を助けてくれたり、励ましてくれるようなモノやコトを求めているのです。

しかし、それは脳が生み出している、ある意味での幻影であることを自覚と理解しなければいけません。

脳に支配され、快感だけを求めて行動をするのは自分の人生を生きているとは言えないと、筆者は考えます。

「人間は考える葦である」とのパスカルの言葉が示す通り、考える理性を持つのが人間。

欲望のままに、時間やお金、そして大事な物や人を消費する行為は人間らしい行いとは到底思えません。

最悪の事態にならないよう、依存に関してのメカニズムや成り行きを知って欲しいと思い、この記事を書きました。

もしかすると自分は依存かもしれない、少しだけでも依存を生じる行為や物質から離れてみよう、と思ってもらえると幸いです。


おわり

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