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山と温泉の物語 #03|【登山 スマホバッテリー】山で覚えた、スマホ温存管理

九州で暮らす、28歳のサエ。平日は工事現場でCADオペレーターをやっている。週末になると、山を歩いて、温泉に入って、コーヒーを飲む。それが、いちばん好きな過ごし方。

週末が近づくと、こんどの山行きを考えてしまう。

うまくいかない日もある。
なぜか、そういう日のほうが、あとで人に話したくなるんですよね。


その日は、いつもより寒かった。

この日歩いたのは、久住山。牧ノ戸登山口から往復する、何度か歩いたことのあるルート。空は晴れていた。でも、風が違う。肌をなでるんじゃなくて、刺してくる感じ。

登山口を出たのは、朝の7時すぎ。予定通りだった。
山アプリを開いて、今日のルートを見てみる。だいたい5時間のコース。標高差は600mちょっと。天気も問題ない。

スマホをポケットにしまって、一歩を踏み出した。
——こういう日、なぜか、“普段通り”にいかないことがある。

最初は快調だった。
落ち葉を踏む音が心地よくて、少し汗ばんできたころ、尾根道に差し掛かった。
そのあたりで、ふとスマホを取り出した。
通知ランプが光っていた気がした。

ここでアンテナが、1、2本だけ立ったり立たなかったり。

あ、電波はあるじゃん。

画面を見た瞬間、アンテナがスッと消えた。
 ……また消えた。

気にしないようにポケットに戻す。でも、なんとなく落ち着かない。
また見てみる。今度はアンテナが二本。でも、アプリを開こうとした瞬間に、また消えた。

 これ、電波を探してるやつだ。

電波の入りが不安定な場所でスマホが圏内・圏外を繰り返すとき、バッテリーはじわじわと削られていく。電波を探しているとき、スマホは想像以上に電気を使う。

カメラのプレビュー画面も意外にくう。

さらに、その日は寒かった。電池は寒さに弱い。たぶん、アプリが裏で動いてた。バックグラウンド更新とか、地図の読み込みとか。普段通りの"裏の通信"が、山の中だと急に気になる。

まだ山の上から景色を見ていたいのに、スマホはそのとき、妙にせわしない。


5%の通知

バッテリーの通知が出たのは、稜線に乗る手前だった。
🔋 残量 5% ——気づいたら、もうここまで減ってた。

しばらく、画面を見つめた。
 ……え。もう?

朝、家を出るときに確認した。100%だった。それは間違いない。でも、あのあとケーブルを抜いて、ザックに放り込んで……。
(あ。モバイルバッテリー、どこやった)

慌ててザックを下ろす。ポケットを全部さぐる。出てくるのは行動食と手袋だけ。……ない。

頭に浮かんだのは、テーブルの上に置いたまま出てきたモバイルバッテリーの姿だった。
「あ、忘れてきた。」

スマホを持つ手が、少しだけ固くなった。
焦りじゃなくて、これはなんだろう。

スマホの電池、最近ほんとに良くなって、普段は「一日余裕」で使えちゃう。でも山だと、寒さと、電波が入ったり切れたりと、裏で動くアプリの更新で、"知らんところ"で電池が削られていく。

——5%。もう落ち着かないくらい、心がザワついてしまう。
ここで変にいじるのが、一番まずい。
サエは、スマホを機内モードにして、ポケットに戻した。


それでも、景色はきれいだった

稜線に出ると、景色が良い。その分、風が駈け抜けて一段と冷たい。「あ、今日はこっちか」と思うような冷たさだった。

遠くにそびえる阿蘇山や祖母山の山並みが、薄い影みたいになっている。雲が流れていくのが見える。さっきまで見えなかった青が、空に広がっている。

きれいだ、と思った。
景色を見たいのに、どうしてもバッテリーが気になる。

見なければいいのに、見てしまう。見たら見たで、今度はそれが頭に残る。小さい数字なのに、気持ちを持っていく力だけはしっかりある。落ち着きたくても、落ち着かないやつ。

下山のルートを、もう一度頭の中でなぞる。分岐の標識は、覚えてある。今日のルートは何度か来たことがある道だ。

風で冷えた指で、スマホを機内モードにした。画面の光が少し遠のくと、散っていた気持ちが少しまとまる感じがした。次の分岐だけは見落とさない。今日はそこをちゃんとやる。

稜線の風の中で、サエはしばらく立ったまま、山並みを見ていた。バッテリーは気になる。でも、この景色は、ちゃんと目に焼き付けておきたかった。


夜と星と、コーヒーの湯気

下山は、思ったより順調だった。

機内モードにしてからは、バッテリーの減りがゆっくりになった。分岐では標識を頼りに進んで、登山口には夕方前に戻れた。

夜、山小屋の庭先でランタンを出した。スマホの画面を消すと、暗さが戻ってくる。その暗さで、星がきれいに出ていた。

普段、スマホの画面、けっこう光ってる、と思った。画面を消すと、こんなに夜の空が変わる。

コーヒーを淹れる。湯気が、冷えた空気の中で白くなる。

スマホを見る回数が減ったぶん、耳に入ってくる音が増えた。風の音。焚き火の爆ぜる音。遠くの沢の水音。

これは、余裕がある静けさじゃない。すこし焦りのある静けさだ。その違いがわかる日って、だいたい失敗した日なんですよね。


温泉で、完全チャージ

下山してから、なんとなくザックをひっくり返した。
温泉のまえに、なんとなく。

……いた。 モバイルバッテリー、
  ザックの奥底に、ちゃんといた。

「忘れてきた」と思ってた。でも、いた。
5%で焦ってたときも、ずっとそこにいた。

——ボタンを押してみる。
沈黙。LEDひとつ、光らない。

そうか。 充電、してなかったんだ。
持ってきてた。けど、死んでた。
ただの重りになって、一緒に山を歩いてた。

サエ「……一緒に登っとったんか、お前さん」

☺️のれんの前で、深呼吸。

くぐった瞬間、硫黄……じゃなくて、
木と湯気が混ざったような、やわらかい匂い。
鼻の奥が、すこしゆるむ感じ。

脱衣所で靴下を脱いだら、足の指が赤くなってた。今日、けっこう冷えてたんだな。

かけ湯をして、つま先から、そっと。
ふぁ……って、自分でもびっくりするくらい低い声が出た。

湯が、足の指のあいだに入りこんでくる。
ふくらはぎの疲れが、じんわり溶ける。

湯に入った瞬間、肩がストンと落ちる。
あ、今日ずっと、肩に力入ってたんだな、と気づく。
身体の芯から、ゆっくり温まっていく。

露天の縁に肘を乗せて、山の輪郭を眺める。
”さっきまで、あそこにいた”

疲れたけど、来てよかった。あせったけど、ちゃんと帰れた。稜線の景色は、目に焼き付いてる。今、温泉に入っている。それだけで、今日が充実した気分になる。

サエ「湯とバッテリーは正義。だから予備は持ってこ。」✨


🛡️サエのひとこと

バッテリーが減った、というより。
気持ちの余裕のほうが、足りなかったかもしれない。
予備バッテリーを持つのは、景色をちゃんと見るためにもなる。

充電して、持ってくる。
それで、山の時間は充実する。

🎨4コマ「スマホバッテリーあるある」

💡サエの実感メモ

やらかしてわかった、基本の4つ。

1. 予備バッテリーは、充電してから持っていく
持ってきてたのに、充電されてなかった。それだけ😇

2. 省電力モードは、最初からONでいい
「減ってから切り替えよう」は、たいてい手遅れになる

3. 地図アプリは、家でダウンロードしておく
山の中でやろうとすると、たいてい電波がない

4. バッテリーが気になっても、分岐の確認は優先する
節電より、道を間違えないほうが大事

📖 #03増補版も
バッテリーの選び方・オフライン地図のダウンロード手順・出発前チェックリストは、増補版でまとめています。あわせてどう1枚目の配置なんですけど、バッテリー残量5%の通知のタイトルの直後がいいでしょうか。それともその後に続く文章の後がいいでしょうか。ぞ。


次号予告

次は、ちゃんと備えて行こう、って決めたのに。
山の稜線に出たとたん、風が別世界みたいに強くなる——

続きは第4話。♨️😂
(公開後、リンク貼ります)


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