【ノンケだけどフェラしたい】男嫌い・既婚者が理想の男性器を求めた結末
僕は四十歳になり、いくつかのものを手に入れ、いくつかのものを永遠に失った。
手に入れたのは、世間並みのささやかな社会的地位と、品の良いホンダのセダン、そして結婚して十年になる静かな妻だ。失ったのは、二十代の頃に持っていた、世界に対するある種の無条件の信頼のようなものだった。僕の日常は、完璧に調律されたアップライト・ピアノのように規則正しく、そして清潔に保たれていた。僕は不潔なものが嫌いだった。たとえば、近所のスーパーマーケットで、爪の間に薄汚れた何かが挟まった若い男のレジ係が、僕の選んだ無脂肪乳のパックやチコリーの入った袋に触れるのを見るだけで、僕の胃の奥は冷たいバネのように収縮した。他人の生活臭や、他人の分泌する雑多な分泌物が、僕の平穏な領域に侵入してくることに、僕は耐えられなかった。学生時代から二十代にかけて、僕はただ女性のことだけを考えていた。彼女たちの滑らかな肌や、微かにシトラスの香りのする髪、そういったものだけが僕の世界のすべてだったし、男性の肉体なんて、街角に転がっている無骨なコンクリートの塊と同じくらい、僕にとっては無価値で、むしろ不快なものでしかなかった。
しかし、人間の一生というのは、ある日突然、予期せぬ拍子に奇妙な地下室への扉が開いてしまうようにできている。
それはある激しい夕立の午後、僕が古典的なジャズのレコードを聴きながら、スコット・フィッツジェラルドの古い翻訳を読み返していたときに始まった。何の前触れもなく、僕の脳裏に一つの具体的なイメージが浮かび上がったのだ。それは、日焼けして、一切の無駄な体毛を削ぎ落とされた、筋肉隆々の肉体だった。まるでニスを塗ったばかりの高級なチーク材のように、ツヤツヤとスベスベとした輝きを放つ皮膚。 shadow(影)を持たないその滑らかな表面。そして、その逞しく、完璧に無臭の太い脚の付け根から、まるで一本のギリシャ彫刻のように毅然と生え出ている、綺麗で大きく、猛々しいペニス。
僕はその「それ」を、自分の口に含んでみたい、と激しく思った。
誤解しないでほしいのだが、僕はゲイではないし、バイセクシャルでもない。僕は男性という存在には一ミリの興味もなかった。男とキスをするなんて、想像するだけでカフカの小説に出てくる巨大な虫に這い回られるような嫌悪感を覚えるし、アナルセックスの類にいたっては、それがするものであれされるものであれ、便という決定的な排泄物が通過する回路である以上、もってのほかだった。僕が求めていたのは、男性という「人間」ではなかった。僕が求めていたのは、徹底的に管理され、脱色され、無菌室に置かれた「究極の造形美」としてのオブジェクト、ただそれだけだったのだ。
僕は自分の内なる矛盾に深く混乱した。手のレベルの不衛生さすら許せない僕が、なぜ、他人の肉体の最も濃厚な一部を口に含もうとしているのか? それはまるで、完璧なベジタリアンが、ある日突然、特定の血まみれの生肉だけを貪り食いたくなるような、理不尽な反転だった。日常の秩序を愛する僕の半分が、そのおぞましいまでの飛躍に悲鳴を上げていた。だが、もう半分の僕は、そのイメージの持つ圧倒的な幾何学的正しさに、深く魅了されていた。それは美学的なバグであり、同時に、僕の退屈な精神が送り出してきた切実な救難信号のようでもあった。
僕は一度、その衝動に突き動かされて、新宿にある大手の発展場の重いドアを叩いたことがある。それは平日の深夜で、街には冷たい霧雨が降っていた。僕はコートの襟を立て、まるで戦場に赴くスパイのような緊張感でその建物の階段を上った。
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