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パピコを食べなかった少年

小学3年の夏休み…

セミが耳をつんざくように鳴き、公園の遊具は熱を持って誰も触ろうとしない。

木陰のベンチには三人の男の子が並んで座っていた。

左から、卓也、英二、翔平。

卓也は雪見だいふくを、付属の小さなフォークで大事そうに口へ運んでいる。

翔平はピノの箱を開け、一粒ずつ味わうように食べていた。

真ん中の英二だけは何も持っていない。

右を見て、左を見る。

卓也の雪見だいふくを見て、翔平のピノを見る。

別に欲しいと言ったわけじゃない。

ただ、羨ましかった。

「一個いる?」

その一言を、どこかで期待していた。

しかし、その言葉は最後まで聞こえなかった。

二人は夢中で食べ続ける。

英二は何度も視線を向けるが、誰も気付かない。

いや、気付いていたのかもしれない。

気付かないふりをしていたのかもしれない。

その時だった。

ガリガリ、と砂利を踏む音がした。

二十代後半くらいだろうか。

黒い半袖Tシャツ。

腕には刺青。

左手に、龍と蜘蛛の刺青があった。

子どもなら怖がって逃げても不思議じゃない。

男は英二の前で立ち止まった。

「お前、アイスどうした?」

英二は小さな声で答えた。

「買えない」

「金、ないのか?」

「うん」

男は少しだけ黙り、目の前のコンビニへ目を向けた。

「ちょっと待ってろ」

そう言うと、道路を渡ってコンビニへ入っていった。

卓也と翔平は食べる手を止めた。

「知り合い?」

「知らない…」

二人とも少しだけ不安そうだった。

数分後。

男は小さな袋を持って戻ってきた。

「ほら」

袋から取り出したのはパピコだった。

英二は驚いた顔で受け取る。

「あ…ありがとう」

男は照れくさそうに笑った。

「溶けるぞ」

英二はパピコを見つめたまま
すぐには開けなかった。

「食べないのか?」

男が聞く。

英二は首を横に振った。

「食べないで持って帰ってもいい?」

「なんで?」

少し間を置いて、英二は答えた。

「妹にも食べさせてあげたい」

男の表情が変わった。

さっきまでの優しい笑顔が消え、何かを思い出したような顔になる。

風が吹いた。

セミの声だけが響いている。

男は英二の足元を見た。

運動靴。

親指の辺りだけ布が破れ、小さな穴が空いていた。

歩くたびに指が少し見えるくらいの穴。

その靴は何度も縫われ、何度も洗われ、
それでももう限界だった。

男はゆっくりしゃがみ込む。

「何年生?」

「三年」

「妹は?」

「一年」

「アイス好きか?」

「うん」

「名前は?」

「あずさ」

男は少しだけ空を見上げた。

「そうか」

それだけ言うと立ち上がる。

そして、英二の頭を軽くポンと叩いた。

「兄ちゃん、頑張ってるな」

英二は意味が分からず笑った。

男は振り返らず歩き始める。

卓也が小さな声で言った。

「優しい人だったね」

翔平も頷いた。

男はその言葉を聞こえないふりをしていた。

公園を出たところでタバコを取り出す。

火をつけようとして、やめた。

ライターをポケットへ戻す。

「兄ちゃん……っか」

誰にも聞こえない声だった。

男にも、その昔、妹がいた。

毎日「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と後ろをついて歩いてきた。

けれど、妹が小学1年の時、病気で亡くなった。

助けてやれなかった。

何年経っても、その後悔だけは消えなかった。

だから英二の言葉が胸に刺さった。

「妹にも食べさせてあげたい」

自分なら。

あの頃の自分なら。

きっと同じことを言っていただろう。

男はもう一度だけ公園を振り返る。

英二はまだパピコを握りしめていた。

絶対に落とさないように。

絶対に溶かさないように。

家まで走って帰るつもりなのだろう。

男は少し笑った。

「急げよ」

もちろん、その声は届かない。

夕暮れが近づく。

英二はパピコを胸に抱え、公園を飛び出した。

「あずさ、喜ぶかな」

その一言だけを何度も繰り返しながら。

卓也と翔平は、その後ろ姿を黙って見送っていた。

手にはまだ食べかけのアイスが残っていた。

二人とも、最後の一口がなぜか飲み込みにくかった。

あの日の夏。

パピコを一本も食べなかった少年が、一番幸せそうな顔をしていた。

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