オトンとオカン、時々フィリピンママ(お疲れカツカレー先生1周年記念)
うちのオカンは、
オトンが浮気しているという
ありもしない幻想に取り憑かれている。
ここ30年、ずっと。
ヒラヒラの、赤いパンティーの亡霊。
それはある意味、幸せなことなのかもしれない。と、娘の私は思うのだ。
(99文字)
私には、子どもたち以外に
披露していない特技がある。
フィリピンママのモノマネである。
「HA!?ドウスrrrル!?」
「アナタモットモットSEXYナルヨ!
ドウスrrrル!?HA!?」
私は、ブラック部署の社畜として
生きてきた歴が長い。
それ故、一発芸を求められた時のために
ストックを用意しておくのが
無意識の習慣と化してしまっている。
我ながら、実に哀しき性である。
もう若手でもなく、中堅どころか、
立派にOBAちゃんの私。
飲み会に参加したとて、
芸を求められる年次ではない。
さらに、会社から遠く離れた地に住む、
フルリモートの私。
会社の飲み会行くことすら無いのだ。
誰にも求められることのないこの一発芸は、
きっと日の目を見ることはないだろう。
巻き舌、結構上手くなったのに。
完成度には自信があるのに。
子どもたちはもう何百回と聞いているのに
それでも爆笑してくれるから
まぁいっか、と、
私は今日も偽物のフィリピンママになる。
これは、うちのオトンとオカンの話である。
うちのオトンは、決してモテるタイプではない。
…ごめんなさい、盛りました。
確実に、モテないタイプである。
令和のこのご時世、
こんなことを言っちゃいけない。
でも、あえて表現させてほしい。
ハゲ、デブ、チビの三重奏。
性格が良いわけでもない。
資産家なわけでもない。
ぐうたら。自分のことすら自分でできない。
そりゃあもう、誰がどうみても、
モテないのである。
しかし、だ。
うちのオカンは、オトンと喧嘩をすると
いつも持ち出す話がある。
「そんなに私のことが嫌なんだったら、
愛人に家に入ってもらったらいいのよ!
私は出て行くんだから。
家に連れてきなさい!」と。
私はその話が出るたびに、
深いため息をついて母を諭すのだ。
「いやいや、アナタ。
ご自分の旦那がいかほどのものと
思っていらっしゃるの。
ちゃんと見て?
愛人をつくれるほどの甲斐性もなければ、
目を見開いてみてごらん?
この人に誰が惚れるというのよ」
(オトン本人には言わないけれど)
したらば。
「いやいや、それがもの好きもいるものなの!
だって、私見たもん!
絶対あれは愛人だった!」
母の目は本気だ。
語るのは、毎回同じ話である。
父がまだ、30代の働き盛りの頃。
父は飲み会。
母が車で迎えに行き、
父と一緒に家に向かっていた。
横断歩道の前で、信号待ちで止まる。
ふと横に目を遣ると、2階のベランダで、
何かを手に持ってヒラヒラ振っている、
セクシーな格好の女性。
手に持っているのは、赤いパンティー。
母は言う。
「パンツじゃなくて、パンティー。
いや、あれはティーバックだったね」と。
ちょうどそれが、フィリピンパブの真上の部屋。
父を見て、ヒラヒラ赤パンティーを
振っていたのだという。
私が中学生の頃から、
何度この話を聞いただろう。
思春期の私ですら、
「それ、ただの客じゃないの?
何かの付き合いで行ってただけじゃない?
そもそもオトンに向けて振ってたかも
わからなくない?」
と何度も言った。
その度に母は言うのだ。
「いや、あれは違うね。
絶対本気だったわ。うちのオトンに。
私にはわかった」
「アナタの旦那様、そんなに需要ないと思います」のくだりを何万遍も繰り返した私。
否定することに疲れ果てて、
「お、おう…、そうか…。
奥さんが言うなら、そうかもしれないね…」
と流すしかなくなった。
私は30年もの間、
同じ話を片耳で聞き続けてきた。
父と母が喧嘩をするたびに。
30年の間、浮気疑惑がパンティーを
満面の笑みで振る、フィリピンママだけ。
もしかしたら、父と母は意外とまっとうに、
平和な夫婦をしていたのかもしれないな、
と思う。
「ねぇ。最近の夫婦って、
全く話さない人が多いんだって!
私の友達のお家も、もうかれこれ
1年はまともに喋ってないんだって。
同じ家にいるのになんで喋らないんだろうね。」
いやいや、アナタ。
目の前の、昼逃げしてきたあなたの娘。
かれこれ3年、ほぼ家庭内会話ゼロでしたって、
何度も言ってますやん。
こういうところ、天然なんだよなぁ。
「うちは喧嘩ばっかりだけど、
喋り相手がいるだけマシなのかしら」
と首を傾げるオカン。
「うん。そうだよ。
フィリピンママを30年も喧嘩のネタに
出来るなんて、結構いい夫婦だよ」
と適当に返す私。
私の新たな持ちネタを母に披露したら
どんな反応をするだろうか。
また赤いパンティーを思い出して
闘牛のごとく興奮し出すだろうな。
やっぱり私のフィリピンママのモノマネは、
子ども以外に見せる機会は無さそうだ。
お疲れカツカレー先生の企画に参加しています。
