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押し活日記#14 頑張れ日本・サムライブルー編

ワールドカップが始まった。

この言葉だけで、
少し胸の奥が騒ぐ。

普段サッカーを細かく追っている人も、
そうでない人も、
この時期だけは少し時計の見方が変わる。

次の試合はいつだ。
何時キックオフだ。
相手はどこだ。
勝てばどうなる。
引き分けならどうなる。

日本代表が戦っているだけで、
日常のカレンダーに、
少しだけ青い線が引かれる。

サムライブルー。

この言葉も、
いつの間にか日本の中に根づいた。

最初から強豪国だったわけではない。

むしろ、
日本サッカーのワールドカップ史は、
悔しさの記憶から始まっている。



ドーハの悲劇。

1993年。

あと少しで、
日本は初めてワールドカップへ行けるはずだった。

勝っていれば、
届いていた。

でも、
最後の最後で追いつかれた。

あの時の映像は、
サッカーを詳しく知らなくても、
どこかで見たことがある。

ピッチに倒れ込む選手たち。

時間が止まったような空気。

ワールドカップは、
近いようで遠かった。

あれはただの敗戦ではなく、
日本サッカーが世界の扉の前で、
一度膝をついた夜だったのだと思う。

でも、
その夜があったからこそ、
物語は始まった。

悲劇というのは、
そこで終わった時だけ悲劇になる。

そのあとも歩き続ければ、
それは始まりの痛みになる。

過言ではない。



2002年。

日韓ワールドカップ。

日本でワールドカップが開催された。

これは、
かなり大きかった。

テレビの向こうの世界だったものが、
急にこちら側へ来た。

スタジアムがあり、
各国の選手が来て、
街にユニフォーム姿の人が増えた。

あの時、
日本サッカーは一気に生活の中へ入ってきた気がする。

日本代表は、
グループリーグを突破した。

初めて、
ワールドカップの決勝トーナメントへ進んだ。

あの時の空気を、
なんとなく覚えている。

日本が、
世界大会でちゃんと戦っている。

それだけで、
胸を張れるような感じがあった。

まだ優勝候補ではない。

でも、
参加して終わりではなくなった。

日本サッカーは、
「出る」から、
「勝ちにいく」へ、
少しずつ段階を変えた。

RPGで言えば、
ようやく最初の大陸を出て、
船を手に入れたくらいの感じである。

過言ではある。ハイ。

でも、
世界地図が広がった感覚は、
たしかにあった。



そして、
前回のカタールワールドカップ。

ドイツ撃破。

スペイン撃破。

これは本当にすごかった。

ドイツとスペイン。

サッカーの文脈でこの二つに勝つというのは、
ただ一試合勝ちました、では済まない。

名前が重い。

歴史が重い。

ユニフォームの圧がある。

それでも日本は勝った。

しかも、
グループリーグで二つとも倒した。

日本サッカーは、
もう「惜しかった」で褒められる段階ではなくなったのだと思った。

勝つことが、
ちゃんと期待される場所へ来ている。

これは、
うれしいことでもあり、
怖いことでもある。

期待は、
重い。

でも、
その重さを背負えるところまで来たということでもある。

ドーハで膝をついた国が、
ドーハで世界を驚かせる。

この回収は、
物語として出来すぎている。

いや、
現実だからこそ震える。



そして今、
またワールドカップが始まった。

サムライブルーは、
また世界へ向かっている。

初戦から簡単ではない。

相手は強い。

暑さもある。
移動もある。
相手の個の力もある。
世界大会独特の圧もある。

でも、
日本代表にはもう、
「世界に挑むだけ」の顔ではなく、
「世界で勝ちにいく」顔がある。

これは大きい。

強豪国に勝った経験がある。

苦しい試合で耐えた経験がある。

そして、
悔しい敗退もある。

ベスト16の壁。
あと少しの壁。
PK戦の壁。

ワールドカップには、
いつも壁がある。

でも、
日本はその壁の前で、
毎回少しずつ姿を変えてきた。

ドーハで泣いた。
日韓で進んだ。
カタールで驚かせた。

なら、
次は何を見るのか。



僕には、
死ぬまでに見たい日本スポーツの景色がある。

野球では、
大谷翔平選手の二刀流を見た。

投げて、打つ。

漫画みたいなことを、
現実でやっている。

もはや、
野球の中に置かれたパルプンテである。

ゴルフでは、
松山英樹選手が
オーガスタでグリーンジャケットを着た。

あれもすごかった。

日本人が、
マスターズを勝つ。

世界のゴルフ史の扉に、
日本の名前が刻まれた瞬間だった。

テニスでは、
車いすテニスの国枝慎吾さんがいる。

強い、
という言葉だけでは足りない。

あの人は、
競技そのものの見え方を変えた。

日本スポーツ史には、
もういくつもの
「拝ませてもらった景色」がある。

でも、
まだ見たい景色がある。

サッカーワールドカップで、
日本代表が本当に頂点へ近づく景色。

そして競馬で、
日本馬が凱旋門賞を勝つ景色。

この二つは、
死ぬまでに一度、
拝みたい。

ワールドカップ制覇と凱旋門賞制覇。

どちらも、
日本スポーツ界にとって、
長く続く巨大な祈願みたいなものだ。

神社で言えば、
絵馬が何万枚もかかっている。

過言ではある?
いや、ない!



サッカーのワールドカップは、
国の物語を背負いやすい。

だからこそ、
扱いが難しい。

愛国だ、
ナショナリズムだ、
熱狂だ、
いろいろな言い方がある。

でも、
僕はもう少し素朴に見たい。

頑張れ日本。

この言葉は、
単純だけれど、
悪くない。

誰かを下げるためではなく、
自分たちの代表を応援する。

青いユニフォームを見て、
胸が少し熱くなる。

ゴールが決まれば叫ぶ。
失点すれば黙る。
試合終了の笛まで祈る。

それでいいと思う。

スポーツには、
普段は言えないほどまっすぐな感情を、
一時的に出しても許される場所がある。

頑張れ。

行け。

まだ終わるな。

もう一本。

この言葉たちは、
日常で使うと少し熱すぎる。

でも、
ワールドカップではちょうどいい。



サムライブルーの魅力を分解すると、
たぶん三つある。

一つ目は、
積み重ねの物語。

突然強くなったわけではない。

ドーハがあり、
初出場があり、
日韓があり、
何度も跳ね返されたベスト16があり、
ドイツとスペインを倒した夜がある。

その全部が、
今の日本代表の背中に入っている。

二つ目は、
期待の重さに耐える段階へ来たこと。

昔は、
善戦すればよかった。

今は違う。

勝ってほしい。
突破してほしい。
もっと先へ行ってほしい。

見る側の期待も、
確実に上がっている。

それは選手には重いかもしれない。

でも、
その重さこそ、
強くなった証拠でもある。

三つ目は、
まだ見ぬ景色が残っていること。

ワールドカップには、
まだ日本が見ていない場所がある。

ベスト8。
ベスト4。
決勝。
優勝。

言葉にすると大きすぎる。

でも、
誰かが言わないと、
いつまでも遠いままだ。

夢は、
最初に口にした時だけ、
少し恥ずかしい。

でも、
言い続けているうちに、
目標に変わる。



推しは、
気づいたら好きになっている。

サムライブルーも、
たぶんそうだった。

最初は、
日本代表だから応援していた。

でも、
ドーハの痛みを知り、
日韓の熱を見て、
ドイツとスペインを倒す夜に震え、
またワールドカップが始まるたびに、
気づけば予定を確認している。

これはもう、
推しである。

国を背負うとか、
大げさなことを言いたいわけではない。

ただ、
青いユニフォームの選手たちが、
世界のピッチに立つ。

それを見て、
日本のスポーツ史に、
まだ空いているページがあると思う。

大谷の二刀流。
松山くんのグリーンジャケット。
国枝さんの車いすテニス。
そして、
いつかサムライブルーのワールドカップ。

できれば、
競馬の凱旋門賞も。

生きているうちに、
その景色を拝みたい。

だから今年も言う。

頑張れ日本。

頑張れ、サムライブルー。

まだ見ぬ景色へ、
走っていけ。



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