『無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーブン』
■概要
『無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーブン』ラリイ・ニーヴン(著)、小隅黎(翻訳)、伊藤典夫(翻訳)、ハヤカワ文庫SF、2018/3/15
<収録作品>
帝国の遺物中性子星/太陽系辺境空域/無常の月/ホール・マン/終末も遠くない/馬を生け捕れ!
1960~70年代に書かれたラリー・ニーヴンの代表的な短編を、日本独自にまとめた短編集。純粋なファンタジーからハードSFまで、バラエティ豊かな6篇を収録している。SF翻訳界のレジェンドである小隅黎(柴野拓美)・伊藤典夫による訳文も楽しめる。
■内容
◆帝国の遺物 (1966) 小隅黎(訳)
ノウンスペース・シリーズの一篇。
異星生物学者のマン博士は、鯨座ミラ星系で古代にスレイヴァー種族が設計・繁殖させた植物の調査を行っていた。そこへ突如、宇宙海賊が現れ、博士を拘束するが...
◆中性子星 (1966) 小隅黎(訳)
ノウンスペースシリーズの一篇で、屈指の人気キャラクターであるベーオウルフ・シェイファーが主人公。
ベーオウルフは腕のいいパイロットだが、多額の借金を抱えていた。そこにつけこまれ、宇宙船で中性子星への危険な接近飛行を引き受けることになる。以前この任務に挑んだ研究者たちは、原因不明の力によって無惨に引き裂かれて死んでおり、さらに逃亡を試みれば宇宙船ごと爆破されるという脅迫付きだった。果たしてベーオウルフは謎を解いて生還できるのか?
物語はベーオウルフの一人称視点で語られ、皮肉混じりで飄々とした語り口が実に魅力的だ。翻訳もリズムよく、軽妙な会話が心地よい。
たとえば
「いかがでしょう、高報酬の仕事に興味をお持ちと思いますが」「高報酬と聞くと目がない方でね」
「いかがでしょう、報酬の件を――」「百万スターに? いやあ、ありがたい。」
とか。
◆太陽系辺境空域 (1975) 小隅黎(訳)
これもノウンスペースシリーズでベーオウルフ・シェイファーの一人称視点。
ベーオウルフは地球にいる妻子と会うため、太陽系行きの船を待っていた。しかし、シリウスで長期間足止めを食らっていた。太陽系近辺で宇宙船の失踪事件が相次ぎ、航路が封鎖されていたのだ。その謎を突き止めるべく、ベーオウルフは親友で天才物理学者のカルロス・ウー、そして政府役人のシグムンド・アウスファラーと共に、太陽系の辺境に広がる彗星の巣、オールトの雲へと向かう。
・このとき生まれたばかりのベーオウルフの息子が『リングワールド』の主人公であるルイス・ウー。
・重力を研究をしているジュリアン・フォワードの名前は物理学者で後にSF作家となるロバート・L・フォワードから取られている。
◆無常の月 1971 小隅黎(訳)
ある真夜中、ふと外を見ると、月が異様なまでに明るく輝いていた。主人公は恋人のレスリーに電話をかけ、この特別な夜を一緒に過ごそうと誘い出す。しかし、デートを楽しむうちに、月の輝きに次第に違和感を覚える。月がこれほどまでに明るいのは、太陽の光度が異常に増大したせいではないのか。もしそうなら、今まさに太陽の方を向いている地球の半球では、破滅的な終末が進行しているのではないか。それなら最後の夜を楽しむべきなのか?
この作品が発表された1971年は、東西冷戦の真っ只中であり、ベトナム戦争も依然続いていた。そうした背景のもとで、世界の終末が奇妙な静けさ、明るさや詩的な響きを帯びて語られる。

・タイトルは『ロミオとジュリエット』のバルコニーのシーンから
O, swear not by the moon, the inconstant moon,
That monthly changes in her circled orb,
Lest that thy love prove likewise variable.
◆ホール・マン (1974)小隅黎(訳)
火星で異星人の施設が発見される。その中には異様な物体があり、調査中に起こった事故はやがて大惨事につながる。
◆終末も遠くない (1969) 伊藤典夫(訳)

<ウォーロック>シリーズの第一作ファンタジーであり魔法が土地に特有の天然資源であるという世界観で、複数の作家が同じ世界を舞台とした作品を執筆している。
発表された1960年代には天然資源の枯渇はそれほど問題視されていなかったが、ニーヴンは石油王Edward L. Doheny(1856-1935)の孫にあたり、資産の一部を受け継いだ家庭に生まれ育ったため、天然資源には関心があったのかもしれない。
◆馬を生け捕れ! (1969) 伊藤典夫(訳)
ハンヴィル・スヴェッツは上司のラー・チェンに命じられてタイムマシンで「馬」という動物を生け捕りに行くが...
ハンヴィル・スヴェッツが活躍する<タイムハンター・スヴェッツ>シリーズ。
タイトルの“Get a Horse!”は、自動車が普及しつつあったが故障が多くて満足に動かなかった時代に、
「そんな壊れやすい車はやめて、今まで通り馬に乗れよ!」という意味もあったらしい。ミッキーマウスが主人公の1920年代のディズニーの短編映画の題名でもある。
■トリビア
1979年に発行された同タイトルの短篇集『無常の月』は現在では入手困難になっているが、ニーヴンの奇想の宝庫であり、非常に興味深い。
<収録作品>
時は分かれて果てもなく/路傍の神/霧ふかい夜のために/待ちぼうけ/ジグソー・マン/ 終末も遠くない/未完成短篇1番/ 未完成短篇2番/ スーパーマンの子孫存続に関する考察/脳細胞の体操/タイム・トラベルの理論と実際/無常の月/マンホールのふたに塗られたチョコレートについてきみには何が言えるか? /地獄で立往生
◆帝国の遺物 1966
寺沢武一『コブラ』7巻 異次元レース後編に、ロケットになる樹木が出てくる。コブラはこれを「ロングショット号」と名付けている。この名前は「銀河の核へ」でベーオウルフ・シェイファーが乗っていた宇宙船の名前と同一であり、ニーヴンへのオマージュと考えられる。

◆太陽系辺境空域(1975)
・マイクロブラックホールは1966年にヤーコフ・ゼルドビッチとイゴール・ノヴィコフによって初めて提唱され、1971年にホーキングが理論的に検討。なお、1974年にはホーキングはブラックホール蒸発の理論を出した。
・樹木が彗星の上で育つように改良する、というのはフリーマン・ダイソン『宇宙をかき乱すべきか』から。ニーヴンは1984年の『インテグラル・ツリー』で違った方向からこのアイデアを追求している。
・映画『2001年宇宙の旅』には口を閉じたまま真空を移動するという有名なミスがあるが、本作では真空中では口を開けるように、という記述がある。
・冥王星は海王星の月ではないが、冥王星が太陽を2周する間に海王星が3周するという軌道共鳴がある。
・ベーオウルフの妻シャロンと子供たち、タニアとルイスは トゥィン・ピークスの田舎のアパートいる。ツイン・ピークスというのは比較的よくある地名でカリフォルニアにもある。TVシリーズで有名になった架空の町ツイン・ピークスはワシントン州の設定。
◆無常の月
・大規模なフレアがあれば電力や電子機器への被害は致命的。発表された1971年は世界最初のマイクロプロセッサ4004が発表された時期だが、現代であれば被害はさらに甚大になるだろう。
たとえば伊藤瑞彦『赤いオーロラの街で』はフレアによる全世界停電が起こった状況が詳細に語られている。
・ホット・ファッジ・サンデーはニーヴン&パーネル『悪魔のハンマー』でも例えとして使われている。
◆ホール・マン
フォワード式質量探知機と言うのが出てくる。これもロバート・L・フォワード
■おわりに向かって
本書が刊行されたのは、「無常の月」の映画化が決まったというニュースを受けてのことだったという。残念ながら2025年現在そのプロジェクトは止まっているようだが、こうしてニーヴンの短編が改めて手に取れるのは喜ばしい限りだ。
ニーヴン作品の魅力の一つは、SF的なビジュアルイメージの鮮烈さにある。適切な予算さえ確保できれば、映像化にはうってつけの素材なのだがなあ…
最後まで読んでいただきありがとうございました。

