「死にたい」と願った僕を救ったのは、毎日変わる空の色だった。ー作業療法士の卵が実践する、心を再生させる視覚の魔法
私は、中高と中々体調が安定しなかった。
日々生きていくだけでもとても辛く、しんどかった。
「あ〜、俺1人死んだって誰も困らない」
そんなことを思っていた時に私の母が手を差し伸べてくれました。
「死んで楽になろう」
そんなことを思っていた私は母の言葉で気持ちが変わったのです。
「辛くて、しんどくても人間そう簡単には死ねないよ。もし、死んで楽になりたいと思って自ら命を経とうなんてしたらお母さんは悲しい。」
これを言われた時に私は自分がやろうとしていたことの重大さに気づいたのです。
母は、私のことを帝王切開までして産んでくれた。
「命をかけて産んでくれたのに簡単に命を捨てるなんて何を考えていたんだ。」
私は、咄嗟にまだまだ母親に恩返しもできていない。しかも、私が障害者になっても1番近くで寄り添ってくれた。
それなのになんてことをしようとしたのか。
時の流れはあっという間のようにも感じつつ私の体調の波は毎年大きい。
気温が下がれば体が敏感に反応してしまい、胸が締め付けられて苦しくなってしまったり、過呼吸になったり。
体調が改善したと思ったら、いきなり躁状態になってべらぼう元気な自分。
「自分なりに何か体調の波を抑えるきっかけになることがあるのではないか?」
私は、1人で考えた。
ある日のこと。私は、高校を家から自転車で通っていた。
片道40分の道のりを一生懸命毎日漕いでいた。
冬の時期によく体調を崩し、部活動をお休みしていた。
この日は、1日学校には行けたもののほとんどの時間を保健室で過ごしていた。
落ち込んでいた私は暗い気持ちで家に向かって自転車を漕いでいる。
「今日も学校には行けたけど全然授業受けられなかったな」
マイナス思考ばかりが脳裏に浮かび上がってくる。
信号待ちをしていた時に、ふと見上げた空は雲ひとつない晴天だった。
「これだ!!!」
そこでみた景色は建物もなく、一面に広がる景色を一望できるものだった。
もしもあの時死んでいたら眺めることのできなかった景色が今見ることができている。
そんなことを思いながら日々の景色を写真に残していた。
すると、「綺麗な青空が僕の生き甲斐となった」
綺麗な景色を見ると心も晴れ、なにしろ毎日必ず雲の入り方が変わってその瞬間にしかみられないものを私の目に焼き付けることができるのだから。
そんなことを思っていると次第に、気分は晴れ部活動に少しずつだが参加できるようになった。
満足いくほどの活動はできなかったけど生きている意味を感じた瞬間でもあったかもしれない。
でも、なぜただの『空』が、死にたかった私をここまで変えたのでしょうか。そこには、私が専門学校で学び、日々実践の中で確信した**『心を再生させる視覚の魔法』**がありました。
ここから先は、私が命を繋いだ具体的な『空との向き合い方』と、今苦しんでいるあなたに贈りたい。最後のアドバイスを3つ画像も添えてお伝えします。
1.私が救われた「あの日の空」

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