[193]拝啓、「勝負」に明け暮れていた僕へ。~僕はもう降ります~「優しさ」は「弱さ」なのでしょうか?
こぐまパパです。
「競争社会」においては、
「優しさ」は
必要なのでしょうか?
勝ち負けだけで
全てが測られる
評価軸の下では
「優しさ」とは
多くの場合
「致命的な弱点」
にさえなるのでは
と思ったことがあります。
「競争社会」での「勝負」とは
「有限の資源(地位・承認・富)
を奪い合う戦い」
です。
この冷徹な戦いの下で
「優しさ」という行動は
何一つ
プラスのポイントを
生み出しません。
それどころか、
それは
僕の足を引っ張り
敗北へと導く
「ノイズ」
になるのではないでしょうか。
例えば
僕がライバルに
情報を共有するという「優しさ」。
それは相手に塩を送る
「利敵行為」です。
例えば
僕が失敗した同僚を
慰めるという「優しさ」。
それは自分が前に進むための
貴重な時間を浪費する
「非効率」な行為です。
例えば
僕が相手の事情を
思いやるという「優しさ」。
それは非情な決断を下す
その刃を鈍らせる
「感傷」です。
だから、
もし、僕が
「この競争社会の中で
ただ勝ち続けたい」
と本気で願うのなら。
「優しさ」などという
非合理的で非効率な感情は
今すぐ
ゴミ箱に 捨て去るべきです。
「他者を出し抜き
自分が勝つこと」
に集中すべきではないでしょうか?
‥もし僕が
戦場の最前線に立っている
兵士であるならば…
その判断は
正しいのでしょう。
弾丸が飛び交う中で
「優しさ」を見せることは
敵に背中を見せるような
自殺行為です。
目の前の敵(ライバル)を倒し
今日の戦闘(勝負)に勝利し
そして
「今日一日を生き延びる」
でも…
僕はそれで良いのでしょうか?
僕の会社員人生は
まさに「兵士」として
完全に
この勝負の世界に
飲み込まれてしまい
自分を見失いました。
だから僕は
自分自身に
問い直したいのです。
その戦闘(勝負)に勝ったとして
一体何が手に入るのでしょうか?
その勝利の代償として
何を失うのでしょうか?
そもそも
この戦闘(勝負)を続けることが
僕の人生全体を、
本当に豊かにするのでしょうか?
考えてみてください。
僕は
ライバルを出し抜き
同僚を切り捨て
非情な決断を下し
「勝負」に勝利して
もしかしたら
地位や多くの富を
手に入れる
のかもしれません。
しかし
その時
僕の周りには誰がいますか?
僕の勝利を
心から祝福してくれる仲間は
いるでしょうか?
僕が傷ついた時に
背中を預けられる
戦友はいますか?
いいえ。
たぶん いないでしょう。
僕の周りにいるのは
僕に利用され
僕に敗北した
「恨み」と「憎しみ」に満ちた元・敵兵たちと
そして
僕のその地位を、
虎視眈々と狙っている
「次の競争相手」
だけです。
僕は
ある一つの戦闘(勝負)には
勝利できるかもしれないが
その代償として
永遠に終わることのない
「戦争状態」に
自分自身を追い込んだ
だけかもしれません。
だから
この戦闘(勝負)そのものを
疑うことが大切
だと思います。
そもそも
このこの戦闘(勝負)は
僕を不幸にするかもしれない。
自分の人生を俯瞰してみて
より長期的で
より全体的な視点から
最終的な「決断」を下すこと。
そして
必要ならば
このような戦闘(勝負)から『降りる』
という選択肢を持つことが
大切だということに
僕はようやく
気づき始めたのです。
次回は
じゃあ、僕は
この戦闘(勝負)から降りて
何をするのか?
僕の人生の現在地は
どこなのか?
僕が今までの探求で気づいた
心の地図と
その新しい物語について
お話ししたいと思います。
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