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[166]僕が荒川静香の『イナバウアー』に、たまらなく「かっこいい」と感じる理由~結果が全ての世界で、『こだわり』を貫くということ~

こぐまパパです。
今から19年前、
2006年のトリノオリンピック。
フィギュアスケートの荒川静香さんが
金メダルを獲った、
あの演技を、
僕は今も鮮明に覚えています。

金メダルという輝かしい結果以上に、
僕の心を捉えて離さないものがあります。
それは、
彼女が世界に見せた、
あの静かで美しい
『イナバウアー』
です。

「イナバウアーは、得点にならない技」

この事実を当時のニュースで知った時から、
僕の中で、
この出来事は
特別な意味を持つようになりました。

フィギュアスケートのルールでは、
『イナバウアー』
は直接的な得点対象にはならない
のだそうです。

なぜ、人生を賭けた大一番で、
彼女は得点にならない技を
選んだのでしょうか?

勝利だけを求めるなら、
『イナバウアー』は
「やらなくてもいい」選択肢だったはずです。
もっと効率的に点数になる技に、
貴重な時間と体力を使うこともできたはずです。

それでも、彼女は滑りました。

今、僕は、
この出来事をこのように解釈しています。

彼女は、
評価されるか、されないかという
結果が全ての
厳しい土俵の上で、
自分の表現と「こだわり」を貫き通した
のだ、と。

もちろん、
結果を出すための様々な戦略や、
心の葛藤もあったと思います。
その中で、
彼女は自分自身と深く向き合い、
「自分がどこまで納得できる
パフォーマンス をしたいのか」
を、
何度も自問自答したのではないでしょうか。

そして、
「私が本当にやりたいことは、何なんだ。
私がここで届けたいものは、何なんだ?」
という問いの果てに、
彼女は自分自身で選択したのだと思います。

『私は、イナバウアーをやりたい!』
と。

その姿勢が、
僕にはたまらなく
「かっこいい」と映った

のです。

なぜなら、
その姿は、
僕が当時もできなかった、
そして今も憧れ続けている
生き様そのものだからです。

僕は、
他人の評価や期待の中で、
何度も自分を見失ってきました。
僕の社会人人生は、
評価されるため、
承認されるための、
徹底的な「加点行為」の積み重ねでした。
ミスをすれば減点されるという恐怖の中で、
僕は、がんじがらめになっていたのです。

そんな僕に、
彼女の『イナバウアー』は、
19年経った今でも、
鋭く問いかけてきます。

あなたは
「採点されないかもしれないが、本当にやりたいこと」
「非効率かもしれないが、譲れない心の動き」
を、今、貫いていますか?
と。

僕が目指している生き方の一つは、
きっとこれなのです。

他人の評価に振り回されず、
自分自身が納得できるか、
自分が美しいと思うことを信じれるか、
という内なる羅針盤に従って、
自分を貫くこと。

もし、
荒川静香さんが
メダルを逃していたとしても、
僕にとって、
あの『イナバウアー』の価値が
色褪せたとは思いません。
なぜなら、
結果以上に、
そこに至るまでの選択と姿勢、
そのプロセスにこそ
「本物」の輝きを感じる
からです。

僕も、そんな生き方をしたい。

その決意を新たにさせてくれる、
忘れられない演技なのです。

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