「アフター・ザ・ヒーローズ・アタック」第3話
「アキラァ!」
突然、アキラを呼ぶ声が響いた。アキラはハッと我に帰って声の聞こえた方向を探すと、アキラのいる場所からもっとも近い瓦礫の山の中腹あたりに人影を見つけた。
そこにいたのはハリルだった。聞き覚えのある声も手伝って、その人影が彼であることはすぐに分かった。
「ハ、ハリルさん!」
ハリルがいつのまに来たのかわからなかったが、その姿を見た瞬間、アキラは涙がこぼれそうになった。
「そいつらは俺がなんとかする! ここから早く逃げろ!」
そう言うやいなやハリルは、アキラと怪人たちとの間にギュンっと割って入ってきた。
(は、速い!?)
ダン、タタタン!
ハリルは二人の怪人を相手に、パンチとキックによる連続攻撃を繰り出した。
(す、すごい)
その素早い動きは、いつものハリルの動作からはとても想像できないものだった。
ダダダン!
片腕のない方の怪人が、ハリルのパンチを顔面に受けてふっとび、瓦礫の中から突き出していた壁に激突した。
キューンンン・・・
怪人の眼光が消失し、壁にもたれながら腰がゆっくりと沈み落ちてそのまま二度と動かなかった。
キキキ、キー!
しかしもう一方の怪人は、これにひるむことなくハリルに攻撃をしかけてきた。このとき、ハリルの動きが徐々に鈍くなっていった。二人の怪人を相手にした戦いは、ハリルが予想した以上に激しい体力の消耗を強いられていた。
ガン、ガン、ガキン!
怪人のパンチがハリルをとらえ始め、ハリルは防戦一方になりつつあった。
「ああ、ハリルさん!」
「アキラ、まだいたのか!? 早く逃げろと言っただろ!」
「で、でも、あっ、あぶない!」
ハリルがアキラの方にほんの少しだけ眼をそらした瞬間、怪人の右足がハリルの脇腹に入った。うずくまるような格好となったハリルに、怪人が容赦ない攻撃を加えた。
「うああああ!」
ハリルのガードが下がったところに、怪人のパンチがハリルの顔面をとらえた。
バキイ!
苦痛の表情を浮かべながら、ハリルの片膝が地面に落ちた。と同時に、ハリルの腕や足から妙な物体が飛び出してきた。それは、ソフトボールくらいの大きさの真っ白な球体だった。
「くそっ、もうギグボールが」
ハリルのつぶやきが何を意味するのかアキラは分からなかったが、ハリルがかなり追いつめられた状況にあることは確かだった。ハリルはすでに肩で息をしており、尋常でない汗が顔から吹き出していた。
「こうなったらやるしかない!」
ハリルを助けるため、アキラは躊躇することなく走り戻った。
「バカ、やめろアキラ! そいつには勝てない!」
やってみなけりゃ分からない。そう自分に言い聞かせながら、アキラは怪人の前に立った。
キキキ?
再びのアキラの登場に首を傾げた怪人だったが、何かを悟ったのか、すぐに薄笑いの表情を浮かべた。
(こいつ、俺のことを笑っているのか)
「アキラァ! 逃げろ!」
ハリルが突然立ち上がってアキラの後ろから飛び出し、怪人のみぞおちにタックルをして、そのまま両腕を怪人の胴部にまわして力の限り締め付けた。最後の力を振り絞って、ハリルはなんとか怪人の動きを止めようとしていた。
「ハリルさん!!」
怪人は両手を前で組んで大きく振りかぶると、組んだ両手をハリルの背中におもいきり振り下ろした。
「ぐあっ!」
ハリルの背中を突き抜けるような鈍い音が、ハリルの叫び声にかき消された。痛みに顔を歪めながら、ハリルは力尽きたように地面に崩れ落ちた。
「ハリルさん!」
怪人は地面にうずくまるハリルの頭に右足をのせて、ぐりぐりと踏みつけた。
キキキキキーキキ! キッ♪ キッ♪ キッ♪ ギャッ!!
アキラは怪人の顔面を躊躇なく右脚で振りぬいた。怪人は後ろの方に吹っ飛んだ。
キ、キキ!?
怪人は何が起きたのか理解できず、まだ激痛の残る顔をおさえてハリルの方を向いた瞬間、
ドン!
今度はアキラの右拳が怪人の脇腹に入った。怪人は、腹部をおさえながらうずくまり、痛みにあおられたその表情にあせりの色を滲ませた。
アキラは、さきほどのハリルと怪人との戦いをよく見ていた。そのときの怪人の動きやスピードそして癖までもが、アキラの頭の中に整然とインプットされていた。
キー、キキキキィィィィ!!
怪人は、いっそう声高の、怨とした奇声をあげると、立ち上がってアキラに向かって猛ダッシュしてきた。
「フンッ」
アキラは、次々と繰り出される怪人のパンチとキックをことごとくかわした。動きがよく見えていて、攻撃のパターンが手に取るように分かった。
ガガン! ガン!
今のアキラにとって、怪人のパンチにあわせてカウンターを決めるのは簡単だった。その拳が何度かまともに怪人の顔面をとらえ、怪人はそのたびに地面に転がった。
しかし怪人は、アキラの攻撃が効いているようなそぶりをみせつつも、なぜかすぐに立ち上がって再び攻撃を仕掛けてきた。
(どういうことだ? 普通の人間ならもうとっくにのびているはずだろ)
怪人には勝てないと言っていたハリルの言葉が、ようやく飲み込めるようになった。次第に重くなる疲労の蓄積が、体力の限界が近いことをアキラに告げていた。
(くそっ、やばい)
軽くかわしていたはずの怪人の攻撃が、アキラをとらえ始めていた。ラッシュのスピードが増してきて、いつのまにかアキラはガード一辺倒になっていた。
アキラはじりじりと後退を余儀なくされ、その背後に瓦礫の山が迫っていた。その瓦礫の山は、二人目の怪人が出現した場所に近いところにあった。
(だめだ、このままじゃやられる!)
何かないのか? 奴を倒す方法は? アキラは必死に考えをめぐらせていたが、瓦礫の山が、すでにアキラのすぐ後ろにせまっていた。もはや逃げることさえできなくなっていた。
(くそおっ、もう後がない。ん? あれは)
アキラを追いつめた、勝ったという確信を誇示するようなシンプルな笑みが、怪人の顔面にぴたりと張り付いてた。
キエー!!
怪人はこれが最後の一撃とでもいわんばかりに、アキラにむかって突進してきた。
「こうなりゃもう、いちかばちかだ!」
アキラは、後ろの瓦礫の山の斜面から突き出ていた円錐形の物体をつかむと、その鋭利な矛先を怪人の方に向けておもいきり突き出した。
ズガン!
怪人の動きが止まった。アキラが突き出した円錐形の物体は、怪人の脇腹を貫通していた。
ウギィイ!
怪人は白目をむいて地面に倒れ、うずくまるようして身体をびくびくと痙攣させていた。
アキラが突き出したそれは、ヒーローが使ったと思われる武器の破片だった。その武器を使用しているヒーローのことを、アキラはテレビで見て知っていたのである。
怪人はもう立ち上がれそうにはなかった。身体のビクつきが次第に弱くなっていることがみてとれた。その様子をみたアキラは、急に腰がぬけたようになり、地面に座り込んだ。
「ハア、ハア、ハア、そ、そうだ、ハリルさんだ、ハリルさんを助けないと、えっ?」
ハリルを助けようと立ち上がり、その方を見ようとして振り向いたとき、何かがアキラの視界を遮った。思わず腕をあげて顔をガードしようとしたが、何も起こる気配がなかったため、少しづつ両腕を下げて見ると、黒づくめの人物がすぐそばに立っていた。
(誰だ? 新手か? いや・・・女?)
黒のタイトスーツで身を固めたその人物は、線の細い長身の黒人女性だった。その女性は、倒れている怪人に近づいてその様子を見た後、アキラの方に振り向いた。
「お前が倒したのか?」
見ず知らずの女性に「お前」呼ばわりされることに少しだけ抵抗を覚えたが、疲れ切っていたアキラは素直にコクリとうなずいた。
ギョギョ、ギョ
瀕死の状態にある怪人が突如大きく目を見開き、何かをつぶやき始めた。それは、戦うという気力を示すものではなく、なにかを必死に懇願しているような感じだった。
「ゴミめ」
そう言い放った女性は、右手に軽く力を入れて握り拳をつくり、怪人に向けてその握った拳をぱっと広げた。
ボボンッ!
「なっ!?」
怪人の上半身が跡形もなく吹き飛んでいた。残った腰の辺りから、緑色の液体がどくどくと吹き出ていた。
(こ、こいつ、今何をした?)
ふらつきながらも、アキラはなんとか立ち上がって身構えた。
「ふっ、心配しなくていい。私は味方だ」
「味方?」
女性はすっと目を閉じて、そのままじっと立っていた。何かに意識を集中させているようだった。
「・・・この辺りにはもういないようだな」
女性は目を開けると、再びアキラの前に立った。
「お前、ケガは?」
「いや、大丈夫です。たいしたことはありません。それよりハリルさんを」
「体力を消耗しただけで、ほぼ無傷か・・・」
女性は、ハリルのことなどほとんど気にかけていないようだった。
「お願いします。俺のことはいいから、あそこに倒れているハリルさんを助けて下さい」
女性はちらりとハリルの方を見た後、軽くため息をついた。
その様子を見ていたアキラは刹那の怒りを覚えた。
(さっきからなんなんだこいつは? 味方なら早く助けてくれればいいのに)
「おい」
「えっ?」
ドスン!
女性の声に反応したその瞬間、女性の右拳がアキラの脇腹を深くえぐった。
「ぐふっ!」
ビキビキときしむ肋骨の強烈な痛みが、アキラの意識を根こそぎ奪おうとしていた。そのとき、女性のつぶやくような声が響いてきた。
「感謝しろ。この後のお前の処分を軽くしておいてやる」
アキラは意識を失い、その場に倒れた。
