『昔取締役、今は用務員さん』
中高年世代であれば「用務員さん」という名称になじみがあると思うけど、現代ではすっかり聞かなくなった名称ですな。
試しにAIに聞いてみたら、その昔用務員さんがやっていた仕事は現代では大半がアウトソーシングに置き換えられているので、名称もそれぞれ個別になっているそう。
まして私世代になじみのあった「住み込みで学校の雑事一切を任されていた用務員さん」なんて完全に消滅している状況。
しかし私は定年後、住み込みではないがそんな絶滅危惧種の用務員さんをやっている変わり者。
25年前、東京から何の縁故も無い地方の過疎の町に移住し、地元の食品製造中小企業に就職した。
会社そのものは、時代とともに業態を変更しながら脈々と続く100年以上の歴史のある企業。
ほぼ100%大手企業の下請け業務が仕事の製造業で、いわゆるブランドは大手の一流で、製造所は地方の町工場というパターン。
何の営業力も不要で、毎日元請け大手企業の発注書通りにモノを製造し出荷していれば経営は安泰というぬるま湯企業だった。
この地元企業に40代で就職した際「私は社内の様々な分野で貢献し、少なからず自分の力で会社を大きくしたいので、全ての部署を経験させてください」と、全くの未経験業種に中途入社したよそ者が偉そうなセリフを吐いたものだと、今考えると可笑しくなります。
しかし会社はそんな私の希望を聞き入れてくれて、製造から出荷まで全ての部門を2~3週間スパンで経験させてくれた。
自分で言うのもなんだが私は各業務をそこそこ器用にこなしたので、その後も各部署から請われ、日々人手が必要な部署で応援のような形で従事したものです。
そして間もなく入社1年になろうかという頃、私の中に一つの確信が生まれていました。
「工場のクオリティは元請けの大手と同等。もちろん製造される商品も」
「全国に通用する自社ブランドを確立できれば、下請けに甘んじることなく一人前にやっていけるのでは?」
「足らないのは営業力」
この私の確信はその後も大きく膨らみ、どうにも我慢ができなくなってきました。
「我社のクオリティなら大手ブランドと同等のものが作れます。営業部を立ち上げ全国に打って出ませんか?」
経営陣にこのような進言をしたかったのですが、ただ進言したところで却下されるであろうことは明白。
そこで私は事前に水面下で個人的な営業活動を行いました。
ブランドがありませんので、そのクライアント企業のブランドにするOEM製品を提案。
あるいはブランドは一切関係ない業務用で時代を先取りした素材供給の提案。
幸い私には前職で培ってきた東京時代の人脈がありましたので、この二つの案を柱にいくつかの企業にプレゼンを行い、ありがたいことに某健康産業でのオリジナル商品OEM製造と、某大手外食チェーンでの素材供給と言う線で仕事がいただける見込みができました。
もし決まれば年商で1億円弱になろうかと思われる話で、私はこれを材料に経営陣へ進言をしたのです。
幸運は続き、大して上手な社内プレゼンではありませんでしたが、営業部を立ち上げたらすぐに1億円の売り上げが見込まれるという話の効き目は抜群だったようで、
「営業部を立ち上げて全国に打って出ましょう」は承認されました。
すぐに営業部誕生、部員は私一人で役職は部長(苦笑)
中古の営業車を与えられ早速営業活動開始。
もちろん最初に手を付けたのは水面下で進めていたOEM案件と素材供給案件。
すぐに案件はまとまり、また製品も人気となり20年近くたった今も続く長寿商品となり取引は続いています。
その後、社内から営業未経験の20代の若手を営業部に引き入れ、一から営業の手ほどき。
二人で全国を飛び回り各種展示会参加や有名企業への飛び込み営業など、僅かな売り上げも大事にする姿勢で臨みました。
この営業努力もあり、1年後の売り上げで2億円超え、2年後は3億円越えと期待以上の売り上げ増を果たしました。
そもそもブル―オーシャンだったジャンルに無名メーカーが飛び込んだ形でしたので、売り上げ拡大のパイは大きく、年商数億円までは行けるだろうと想像はしていました。
そして10年私は50代、営業部は5人になり営業車も5台。売り上げも年商10億円が目前になった頃、それまでの経営陣の引退もあり私が取締役に就任することとなりました。
私は現場が好きで、社内での経営雑事や事務仕事が苦手でしたので、取締役ではありながらも現場に出て名刺の肩書は「営業」。クライアントの若い担当者とも一営業マンとして商談させてもらっていました。
いよいよ迫ってきた定年。
定年後はしばらくのんびりしてその後の事を考えようと思っていましたが、
社長や他の社員たちからも「定年後もぜひ会社にいてください」と慰留され、
「だけど俺のようなオッサンが会社にいても仕事は無いよ」と答えると、
「いや、とにかくいてくれるだけでいいです。どんな事態にも対応できる安心感がありますから」とお世辞満載。
まあこのお世辞にすっかり乗ってしまい、現在に至るわけです。
さて、現在の私の日常はと言うと。
普通に朝出社、出社後は何かと仕事を探す。
・営業車のメンテナンス(オイルの交換やタイヤの交換)
-敷地内の草刈り
・事務所での電話対応
・製造部と外部倉庫の原料運搬作業(トラックやフォークリフト運転)
・現役時代に付き合いのあった取引先お偉いさん接待
・展示会応援出張
・営業応援出張
・社内各所の修繕(建物・水回り修繕から路面修復までなんでも)
・社内人間関係の調整など
こんなことを誰に言われるでもなく、勝手に作業してます。
引退後はのんびりと・・・。
なんて普通のことは私には似合わなそうです。
でもまあこれはこれでありがたいです。
この用務員さんの仕事が無かったとしたら、相当暇ですからね。
暇と言うのが何より怖い私です。
