ケトン体とは何か|断食で"エネルギー源"が切り替わる話
「断食するとカラダは何をエネルギーにしているの?」――そんな疑問を抱いたことはないでしょうか。普段、私たちのカラダは食事から得たブドウ糖(グルコース)を主なエネルギー源にしています。しかし断食などで糖が不足すると、カラダは別のエネルギー源を作り出します。それが「ケトン体」です。本記事では、ケトン体が生まれる仕組みと、断食との関係についてわかりやすく整理します。

「空腹が続くとフラフラする」は"切り替え途中"のサイン?
ファスティングに挑戦したとき、こんな経験はないでしょうか。
断食を始めて半日ほどで頭がぼんやりし、集中力が落ちた
空腹感がピークに達して「自分には向いていない」と思った
なんとなくだるくなり、途中でやめてしまった
こうした不調は、実はカラダのエネルギー供給システムが「ブドウ糖モード」から「ケトン体モード」に切り替わる過渡期に起こりやすいと考えられています。仕組みを知っておくと、断食中の体調変化に対して必要以上に不安を感じにくくなるかもしれません。
ケトン体とは何か?──3つの物質の総称
ケトン体とは、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸(BHB)、アセトンという3種類の物質の総称です。いずれも肝臓で脂肪酸を原料に作られ、血液に乗って脳や筋肉などの組織に届けられます。
通常、カラダは食事から得たブドウ糖を優先的にエネルギーとして使っています。しかし、断食や極端な糖質制限によってブドウ糖の供給が途絶えると、カラダは蓄えてある脂肪を分解し始めます。この脂肪分解の過程で、肝臓がケトン体を合成するのです。
米国国立衛生研究所(NIH)のStatPearlsによれば、ケトン体はヒトの全エネルギー消費量のうち5〜20%を担うことがあり、特にブドウ糖が枯渇した状態では脳にとって重要な代替燃料になるとされています。
エネルギーが"切り替わる"メカニズム
ここでは、断食開始からケトン体が利用されるまでの流れを時系列で整理します。

ステップ1:グリコーゲンの消費(断食開始〜約10時間)
食事を止めると、まず肝臓や筋肉に蓄えられた「グリコーゲン」(ブドウ糖の貯蔵形態)が分解され、エネルギーとして使われます。肝臓のグリコーゲンは量が限られているため、一般的には絶食後10時間前後で大部分が消費されるといわれています。
ステップ2:脂肪の動員とケトン体の産生(約10〜16時間以降)
グリコーゲンが減少すると、ホルモン感受性リパーゼ(HSL)と呼ばれる酵素が活性化し、体脂肪(中性脂肪)を脂肪酸とグリセロールに分解します。この反応はインスリン濃度が低く、グルカゴン濃度が高い状態で促進されます。脂肪酸は肝臓のミトコンドリアに運ばれ、β酸化という過程を経てアセチルCoAに変換されます。アセチルCoAが過剰になると、肝臓内のHMG-CoA合成酵素の働きによってケトン体(アセト酢酸やβ-ヒドロキシ酪酸)が作られます。
軽度な血中ケトン体の上昇(ケトーシス)は、絶食後12〜14時間ごろから認められるとされています。ブドウ糖代謝からケトン体代謝への移行は「メタボリックスイッチ」と呼ばれ、16時間断食が注目される理由のひとつにもなっています。
ステップ3:ケトン体の利用(全身の組織で)
肝臓で作られたケトン体は血流に乗り、脳・心筋・骨格筋などに届けられます。各組織のミトコンドリア内で、ケトン体はアセチルCoAに戻され、クエン酸回路に入ってATP(エネルギー通貨)を産生します。脳はブドウ糖以外のエネルギー源をほとんど利用できない器官ですが、ケトン体は血液脳関門を通過できるため、飢餓時の脳の重要なエネルギー源となります。
東京農工大学の木村郁夫教授らの研究(2019年、米国科学アカデミー紀要に掲載)では、ケトン体の一種であるアセト酢酸がGPR43という受容体を介してリポタンパク質リパーゼの活性を高め、脂質代謝を促進することが明らかにされました。つまりケトン体は単なるエネルギー源というだけでなく、代謝を調節するシグナル分子としての役割も持っている可能性があります。
断食中にケトン体代謝を意識するための実践ポイント
ケトン体の仕組みを理解したうえで、日常のファスティングに活かせるポイントを整理します。

1. まずは12〜16時間の空腹時間を目安にする
メタボリックスイッチが起こるのは一般的に最後の食事から12時間前後とされています。16時間断食であれば、睡眠時間を含めることで無理なくこの切り替えを体験しやすくなります。例えば「20時までに夕食を終え、翌日12時に昼食をとる」というスケジュールは取り入れやすいパターンのひとつです。
2. 断食中の水分補給を十分に行う
ケトン体は水溶性の有機酸であり、代謝の過程で水分が必要になります。また、ケトン体が尿中に排出される際にも水分が使われるため、断食中はこまめな水分摂取を心がけることが大切です。水、白湯、無糖の炭酸水などが適しています。
3. 断食明けの食事は急激に糖質を摂りすぎない
長い空腹時間のあとに糖質を大量に摂ると、血糖値が急上昇しやすくなります。断食明けの食事では、野菜やたんぱく質を先に食べ、糖質は適量に抑えるよう意識すると、血糖値の急激な変動を和らげやすいでしょう。
4. 体調の変化に注意し、無理をしない
断食の過渡期にだるさや頭痛を感じることがありますが、症状が強い場合や長引く場合は無理に続けず、少量の食事を摂るか、医療専門職に相談することをおすすめします。とくに糖尿病の治療中の方は、ケトアシドーシスという危険な状態に陥るリスクがあるため、自己判断でのファスティングは避けてください。
5. 軽い運動を組み合わせる
軽度の有酸素運動(ウォーキングなど)は、グリコーゲンの消費を早め、ケトン体代謝への移行をサポートする可能性があるとされています。ただし、断食中の激しい運動は低血糖のリスクがあるため、体調と相談しながら取り入れるのがよいでしょう。
よくある質問 Q&A
Q1. ケトン体が出ている状態は危険ではないのですか?
健康な方が断食や糖質制限によって軽度のケトーシス(血中ケトン体の上昇)に入ることは、通常の生理的反応と考えられています。一方、糖尿病(特に1型糖尿病)の方がインスリン不足の状態でケトン体が過剰に産生されると、血液が酸性に傾く「ケトアシドーシス」という危険な状態に至ることがあります。吐き気、腹痛、呼吸困難などの症状が見られた場合は直ちに医療機関を受診してください(参考:NIH StatPearls “Biochemistry, Ketone Metabolism”)。
Q2. ケトン体はいつごろから作られ始めるのですか?
個人差はありますが、一般的には最後の食事から12〜14時間ほどで血中ケトン体の軽度な上昇が認められるとされています。さらに48時間前後になると、ケトン体濃度は通常の数十倍〜100倍近くに上昇するという報告もあります。16時間断食であれば、メタボリックスイッチが始まるタイミングをカバーできる計算になります(参考:Metabolism誌 “Kinetics of ketone body metabolism in fasting humans”)。
Q3. ケトン体が増えると口臭が気になると聞きましたが本当ですか?
ケトン体の一種であるアセトンは揮発性が高く、呼気から排出されるため、甘酸っぱい果実のような独特の口臭(ケトン臭)を感じることがあるとされています。これはケトン体が産生されているサインともいえますが、不快に感じる場合は水分を多めに摂る、こまめに歯磨きをするなどの対策が考えられます。長期間続く場合やにおいが強い場合は、医療専門職への相談をおすすめします。
Q4. 断食しなくてもケトン体は作られますか?
はい。ケトン体は断食以外にも、糖質を大幅に制限する食事法(いわゆるケトジェニックダイエット)や、長時間の激しい運動などでも産生が増加するとされています。いずれも体内のブドウ糖が不足し、脂肪酸の分解が進むことが共通の条件です(参考:東京農工大学プレスリリース 2019年11月1日)。
まとめ
ケトン体は、断食などでブドウ糖が不足したとき、肝臓が脂肪酸から作り出す代替エネルギー源です。アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸、アセトンの3種類があり、血流に乗って脳や筋肉にエネルギーを届けます。断食開始後12〜16時間ほどでこの「メタボリックスイッチ」が起こり始めるとされており、16時間断食が注目される背景にもなっています。
ただし、ケトン体代謝はあくまで生理的な仕組みのひとつであり、すべての人に同じ反応が起こるわけではありません。糖尿病などの持病がある方にとっては注意が必要な領域でもあります。自分のカラダの仕組みを正しく理解し、無理のない範囲でファスティングと向き合っていくことが大切です。
参考文献
東京農工大学 プレスリリース「低炭水化物食や断続的断食による減量メカニズムの解明―ケトン体の新たな受容体を発見―」(2019年11月1日)
Metabolism誌 “Kinetics of ketone body metabolism in fasting humans”
Frontiers in Molecular Neuroscience “Ketone Bodies in the Brain Beyond Fuel Metabolism”(2021年)
本記事は公開情報をもとに作成した一般的な情報提供です。医療・診断・治療を目的とするものではありません。体質や健康状態により適切な方法は異なるため、不安がある方は医療専門職へご相談ください。
