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FCUKERS ── パーティーは終わらない、ただし場所は変わった

ローワー・イースト・サイドの酔いと汗と偶然が生んだこのデュオは、2020年代のダンスミュージックが忘れかけていた「肉体の歓喜」を、誰よりも素直に鳴らしている。

なぜ今、FCUKERSについて読む必要があるのか。それは彼らが「懐古」でも「リバイバル」でもないからだ。90年代のハウス、ダブ、ビッグビート、トリップホップ——それらを「参照」するのではなく、生きた材料として現在の体に流し込む。FCUKERSを聴くことは、音楽が本来どのような用途のために存在するかを、あらためて確認する行為である。


バイオグラフィー ── インディーの残骸から生まれたパーティー

物語は2022年、二つの挫折から始まる。

ジャクソン・ウォーカー・ルイスは幼少期のロサンゼルスでDevo、Madness、Adam and the Ants、Lush、The Verve、Brian Jonestown Massacreといった父親世代の音楽に育てられた。ニューヨークのヴァッサー大学で経済学を学びながら、仲間とインディーバンド、Spud Cannonを結成。三枚のアルバムを出したが、2022年に解散した。バンドが沈みゆくその夜、ルイスとドラマーのベン・シャーフはスタジオでハウスのビートを叩き始めた。

一方のシャニー・ワイズは、サイケデリックなインディーポップバンド、The Shacksのフロントウーマンとして音楽業界に入ったのは17歳のときだった。ローワー・イースト・サイドで育ったシャニーは15歳からフェイクIDで1 Oakのようなクラブに入り浸っていたと言う。インディーシーンの閉塞感にうんざりしていた彼女は、ダブステップとビーツの世界に傾いていた。

二人は共通の友人を通じて出会い、シャニーがバーテンダーとして働いている最中に紹介された。ルイスは「フレンチ・コネクションのパーカーを持っていたとき、FCUKERSという名前が自分たちのやりたいことを完璧に言い表していると思った。俺たちは『どうでもいい、音楽キャリアなんてない、好きなことをやる』という態度でいた」と語る。

二人は「Mothers」と「Devils Cut」という二曲を仕上げ、ウィリアムズバーグのBaby's All Rightに初ライブをブッキングした。会場が満員になっていることを見て、ルイスは「俺たちには何かある、という確信が初めて生まれた瞬間だった」と振り返る。

最初の10本のライブが4大陸にまたがるという、音楽史上ほとんど前例のない展開が続く。パリ・ファッションウィークでエディ・スリマンに招かれてセリーヌのパーティーでDJをし、シドニーとロンドンとトウキョウを回り、ニューヨークのMarket HotelのショウにはBeck、Julian Casablancas、Yves Tumor、Clairoが集まった。

2024年、彼らはCharli XCXのブッキング・エージェントと契約し、Ninja TuneのTechnicolourインプリントと签名した。デビューEP「Baggy$$」が9月にリリースされ、その年中にツアーは5大陸へと拡大した。しかし過密なスケジュールはやがてバンドの構造を変える。ベン・シャーフは医師を目指してバンドを去った。FCUKERSはデュオとなり、その状態のままデビューアルバムへと向かった。

2026年3月27日、デビューアルバム『Ö』がNinja Tuneからリリースされた。プロデュースはKenneth Blume(旧名Kenny Beats)、ミックスは多数のグラミーを持つTom Norris(Lady Gaga、Charli XCX)、さらに4曲で100 GecsのDylan Bradyが追加プロデュースを担当した。たった2週間のセッションで録音されたこのアルバムが、FCUKERSの現在地を決定づけた。


音楽的アイデンティティと構造分析

サウンドの解剖

FCUKERSのサウンドは、ルイスの作るトラックとシャニーのヴォーカルの「質感の衝突」を基本原理としている。

ルイスのベースラインは楽曲全体を貫く骨格として機能し、その上にシャニーのエアリーで軽やかな声が乗る。このコントラストは技巧的な計算ではなく、二人のバックグラウンドの差異から自然に生まれたものだ。バンドの歴史を持ちギター・ベースの触感を体得したルイスの重心と、インディーポップの繊細さを通過したシャニーの浮力。その相互作用がFCUKERSの独特の「重さと軽さの同居」を生む。

制作面では、90年代・2000年代のハウス、トリップホップ、ビッグビート、インディーロックを出発点とした折衷的なアプローチを取る。「Bon Bon」ではレイヤーを積み上げながら徐々に沸騰点に向かうハウスの構造美が機能し、「Heart Dub」ではダブ特有の空間操作——エコーとリバーブを「楽器」として使う手法——が楽曲の輪郭を柔軟に溶かしていく。「I Don't Wanna」に漂うPortisheadへの接近は、シャニーのヴォーカルのもつ内省性とトリップホップの親和性を示している。

アルバム『Ö』においてルイスは「コラージュ」という概念を提示する。「2000年代のヒップホップに聞こえるけど、それがUKガラージのビートの上にある。R&Bをやっているように聞こえて、そこからハウスに転じる」。これは再現ではなく「合成」であり、ノスタルジアの消費ではなく素材の再編集だ。

歌詞の世界観

FCUKERSの歌詞は、ポストパンデミックのニューヨークに生きる20代の「体験の生々しさ」を短い断片で切り取る。「Say you'll DJ at my wake(俺の葬式でDJやってくれよ)」「Champagne in my cornflakes(コーンフレークにシャンパン)」「Tell your boss I need a raise(上司に昇給を伝えてくれ)」——これらは詩として過剰に磨かれることを拒否している。

シャニーはこれらの歌詞について「ブラックアウトして、遅刻して現れる、そういうときの自分に正確だった」と語る。思想的背景や文学的な参照点を意図的に隠蔽するのではなく、そもそも存在しない。あるのは現在形の感覚だけだ。それがFCUKERSの歌詞の強さであり限界でもあるが、ダンスミュージックのテキストとして評価するなら、この「意味の軽さ」は欠点ではなく設計だ。人は踊るとき、歌詞を解読しない。音として、律動として受け取る。

系譜

Saint Etienne、Daft Punk、Chemical Brothers、Coldcut、Todd Terryといった先達への敬意は、FCUKERSが自分たちのルーツとして明確に認識しているものだ。そこにルイスが個人的に崇拝するArmand Van Helden——NYCハウスの伝道師——が加わり、シャニーのダブ・レゲエへの傾倒が化学反応を起こす。

Daft Punkが90年代のフランスからシカゴ・ハウスを再解釈したように、FCUKERSはニューヨークのインディーシーンを通過した身体で同じハウスを再解釈する。Chemical Brothersがリンクさせたロックとビッグビートのグルーヴを、彼らはダブとヴォーカルポップの回路で組み替える。

影響を与えた側については現在進行中だが、ニューヨークのDimes Squareを中心とした同世代のバンド群——The Dare、Frost Children、Chanel Beads——との共鳴は明らかだ。ポストパンデミックのNYCが生んだ「快楽への衝動」を共有する一群として、FCUKERSはその中で最もフロア直結の磁力を持つ。


作品を聴く

「Mothers」/「Devils Cut」(2023年 デビューシングル)

これはFCUKERSの「宣言」である。二曲同時リリースというフォーマット自体が、このバンドの「俺たちはこれだ」という確信の強さを示していた。「Mothers」は複数のリズムトラックを重ねながらシャニーのヴォーカルが乗り込んでいく構成で、ハウスの4つ打ちとダブの残響が同居する。「Devils Cut」はBeckの「Devil's Haircut」のカバーだが、Beckは本人がMarket Hotelのショウに現れ、このカバーをInstagramのストーリーに投稿した。その事実一つで、このバンドがすでに「認証」を受けていたことがわかる。インディーとクラブの両方に足を置く聴衆に、二曲で二方向のシグナルを送った。


EP『Baggy$$』(2024年)

「Bon Bon」の一曲目が始まった瞬間から、あなたはサングラスをかけて早朝のクラブに入ろうとしている自分を想像している。これはEPのオープナーとして完璧な機能を持つ。層を重ねながら沸点に向かう構造はシカゴ・ハウスのクラシックスから直接取り出されており、しかしシャニーのヴォーカルが全体を「バンドの音楽」として引き留める。

「Homie Don't Shake」はBeckのギターリフのサンプルを核に据えながら、DFA初期とSoulwaxの残像を漂わせるトラック構成になっている。テンションとリリースの操作が精密で、爆発の直前に何度も引き戻す設計が功を奏している。「UMPA」は繰り返す男性バッキングヴォーカルが推進力となり、ルイスのベースがそれを地面に固定する。「Tommy」はワープしたバッキングヴォーカルが中低音域を支配し、夜の最後に向けて速度を落とすクロージング・ナンバーとして機能する。

6曲・約20分という尺は意図的だ。長すぎず、でも一つのパーティーの時間軸として完結している。


アルバム『Ö』(2026年)

FCUKERSがデビューアルバムのプレッシャーを前に一時停滞したのは事実だ。「Baggy$$」があまりに大きく見えてしまった。そのプレッシャーを打ち破ったのは、Kenneth Blumeとの最初の顔合わせの夜だった。その場でL.U.C.K.Yが生まれ、二人はその日自分たちのパーティーを抜け出してセッションを続けた。

「Beatback」で90年代ハウスの空気感が展開し、「if you wanna party, come over to my house」はクラブのために作られ、「Play Me」はドラムンベースへの愛を示す。「L.U.C.K.Y」ではルイスのシャープなピアノスタブの上にシャニーの声が浮かぶ。「TTYGF」ではモントリオールのラッパー、Skiifallを迎えてジャマイカ音楽への傾倒を隠さない。「Feel The Real」はクラブではなく日没のサンセット・バーでかかるバレアリック・ハウスの質感を持つ。

この振れ幅こそがアルバムの強みだ。一枚の中に酩酊した夜の複数の位相が刻まれている。Dylan BradyとKenneth Blumeのプロデュース上の化学反応は、FCUKERSのエネルギーを増幅させながら散漫にはしない。Tom Norrisのミックスが全体を一本の軸に通している。


ライブという現場

FCUKERSのライブを論じるとき、まず押さえるべき事実がある。ファーストショウに200人が集まり、「会場に明らかに何か違うものを見ているという顔があった」とルイスは語る。

シャニーのヴォーカルは浮遊し、サイケデリックにトランス状態へ引き込む。その隣でルイスがベースとキーボードを同時に操り、シャーフ(在籍時)が再構成されたドラムキットを叩く。客は「飛べ」と言われると飛び、最後には舞台ではなく互いの方を向いて踊っている。

最も象徴的な瞬間の一つは2023年9月のMarket Hotelだ。Beck本人がFCUKERSの「Devil's Cut」カバーに気づいてショウに現れ、Julian Casablancas、Yves Tumor、Clairoも客席にいた。しかし重要なのはその「セレブの目撃」ではなく、まだ2曲しか持っていないバンドがその段階でBabyAlrightから満員を作れていたという事実の方だ。それはDimes Squareのシーンが求めていた何かを、FCUKERSがすでに持っていたことを示している。


バンド名について

バンド名の語源として、ルイスはフレンチ・コネクション(FCUK)のパーカーを挙げる。「FCUKERSという名前は、俺たちが目指していた空気感を完璧に言い表していた。俺たちは音楽キャリアなんて気にしない、好きなことをやる、という態度だ」。このネーミングはラジオでそのままは読めないという実用的な問題を最初から孕んでいたが、FCUKERSはそれを問題だと思わなかった。

パリ・ファッションウィークでエディ・スリマンに呼ばれてCelineのパーティーでDJをすることになったとき、ルイスは「俺たちはこのイベントに一番合わない存在だ」と笑った。「俺たちはバギーパンツをはいてロックンロールをやらない。」しかしCelineのゲストたちはFCUKERSのセットで踊り続けた。そのとき彼らは、自分たちが特定のシーンや美学に属さない存在であることを確認した。

NYC house legendのJunior Sanchezが自らDMを送ってきてリミックスを申し出た話も、先達から「承認」されたというより、同じフロアの記憶を共有する者同士の邂逅として機能した。


どこから入るか

まず最初に聴くべき1曲:「Bon Bon」

最初のアタックから終わりまで、FCUKERSが何者であるかを過不足なく教えてくれる。ハウスの4つ打ちとシャニーの声が衝突し、ベースラインが体を動かす前に思考を停止させる。


沼ったら聴くべき1曲:「Feel The Real」

アルバム『Ö』の最終曲であり、バレアリック・ハウスの夕暮れに向かうこの曲はFCUKERSの「もう一つの顔」を見せる。クラブではなく、パーティーの後の朝に向かうような余韻。シャニーの声が最も呼吸している瞬間がここにある。FCUKERSがパーティーバンド以上の存在であることを、静かに証明する。


なぜFCUKERSか

2020年代の中盤、音楽は過剰に「語る」ことを求められていた。コンセプト、メッセージ、ポリティクス、ストリーミング時代の文脈——そのすべてが正当だが、それらの重みのために体が動かなくなる瞬間がある。

FCUKERSはその反動の産物ではない。彼らは「パーティーだから何も考えない」とは言わない。「人はいつもパーティーをしたいと思っている。それは人間の本性だ。発散して、はじけて、その解放を求める——それは私たちみんなに内在するものだ」とシャニーは言う。

ロウアー・イースト・サイドのナイトライフが培ってきた雑食性——ハウス、ダブ、レゲエ、インディー、トリップホップ——をゾーマーの身体で引き受け、恥ずかしげもなくフロアに持ち出す。それが今のFCUKERSの立ち位置だ。「Baggy$$」から「Ö」へと移行する中で、彼らはパーティーバンドという枠を広げ、夜の感情の複数の位相を一枚に収めることに成功した。

音楽が重くなりすぎたと感じているなら、あるいは軽すぎると感じているなら、FCUKERSはどちらにも答えを持っている。かつて誰かのアパートで生まれた「どうせ誰にも聴かれない」という二曲が、今や五大陸で踊られている。

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